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失われた魔法を求めて 4

 板花さんは指の長い大きな手で口を塞ぎつつ「いやわかんない。何を言っているのかぜんぜんわかんない」と首を振っている。

 何かピンと来たらしい佐倉が、ビジネスチェアのキャスターを使って板花さんの背後に回り込んだ。


「『ガチでつらい。助けてくれ……俺の魔法、行方不明、見つけて欲しい……礼はいくらでもするから──』?」


 佐倉が淡々と読み上げたのは、どうやらお客様からのメッセージだ。

 板花さんが言う通り、なんかすごい──というか、意味がわからない。


「……意味が分かりません」


 佐倉が困惑気味につぶやく。


「ねー。アタシも全然わかんなくて困ったわよ」


 板花さんはスマートフォンを操作すると、さっそく件のお客様へ電話をかけはじめる。

 しかし相手はなかなか出ないようだ。

「なんなのよもうっ」とため息をつく板花さんに、宮ヶ丘さんがたずねた。


「どなたのご依頼?」


 板花さんはスマートフォンに目線を落したまま、眉間のしわをもみもみしながら答える。


「蟹田様よ」

「蟹田様ってどんな方だっけ」

「二年前に外商の口座を開設した方で、会社経営とインフルエンサーをされている蟹田様よ」


 宮ヶ丘さんは思い出したようにああ、と言った。


「社長でインフルエンサーの蟹田様か」

「そう。社長でインフルエンサーの蟹田様よ」 


 どうやら「魔法が消えた」と言っている方は、社長業のかたわらインフルエンサーをしているらしい。

 インフルエンサーというと、ブログやSNSなどで多くの読者やファン──フォロワーを獲得している人を指して呼ぶ言葉だ。


 そういう人たちは多大な影響力と宣伝力を持ち、得てしてプロモーションが上手だから、いろんな企業から商品紹介の仕事が来るのだと、ニュースで見たことがある。


 そういう人も外商部の顧客だとは、思いもよらなかった。


「インフルエンサー……の方も、お客様にいらっしゃるんですね」

「まぁ数としてはすごくたくさんではないけど。ここ何年かでけっこうな数、お客様になっていただいているわね。経営の仕事と兼業されてる方が多いかしら」


 その蟹田様が、行方不明の魔法を見つけて欲しいとは一体どういうことなのだろう。

 これはもしかして、と思って、私はおそるおそる聞いてみた。


「あの……これが『虎澤の外商ならではの案件』というやつですか」


 板花さんは難しい顔をして、深く頷く。


「まぁそういうことになるわね。他店にはこんな依頼、来ないだろうし」


 私はそれを聞いて、ゴクリと唾を飲んだ。

 百戦錬磨の本職外商部員がこんな風に言うなんて、きっと相当に厄介な依頼なのだ。


「それで具体的には、どうして欲しいとおっしゃってるんですか?」


 聞くと、板花さんは何故か笑いながら私の方を見た。


「そのまんまよ。〝魔法を取り戻して欲しい〟っていうこと」

「えええ?」


 てっきり、佐倉が読んだメッセージには続きがあって、もっと手がかりというか細かい指示がなされているのだと思っていたら、違うらしい。

 魔法を取り戻して欲しい──とは、どういうことなのだろう?


「じゃ、じゃあ私たちはどうしたら良いって言うんですか?」


 板花さんが深くため息をつく。


「──魔法を取り戻して欲しいってのは、初めて言われたわよね。この仕事続けてン十年だけど」

「直接ヒアリングしないとどうにもならないのでは?」


 宮ヶ丘さんが、片手で眼鏡の位置を直しながら言うと、板花さんは頬杖をつきながら頷いた。


「やっぱりねぇ、そうなるわよねぇ。電話には出ないからねぇ」


 なかなかに深刻な雰囲気だ。私は自分の椅子が場違いな音を立てないように、息を殺しながら話のゆくえを見守る。

 直接のヒアリング。ということは、顔を合わせて依頼の内容を詳しく聞き取る、と。

 つまり板花さんはその「魔法が消えた」お客様のもとへ出かけなければならないというわけだ。

 右手に持ったペンをくるりと回しながら、佐倉が言う。


「今日は締めの作業がありますから、明日以降の対応ということになりますよね」


 なるほど、と私は思った。

 今日は大事な事務作業の日。なのでそれが終わってから、万を辞してお客様のもとへ向かい、難しい問題に取りかかる、と。

 しかし板花さんは「はぁん? 何言ってんの」と、甲高い声を出した。


「今からすぐにお伺いするわよ。だってなんか、切羽詰まってそうだし」 


 それを聞いて、宮ヶ丘さんが心配そうに言った。


「でも花ちゃん、締めの作業はどうするの? 全然終わってないでしょ。私は手伝うの無理だよ、ぽんぽこじじいの就寝時間までに連絡しないとだから」


 二人のやり取りを聞いて、私はにわかに緊張してきた。

 ということは、板花さんの通常業務を私が肩代わりする必要もあるのかもしれない。

 まだわからないことだらけだけれど、その時は佐倉に聞きながら、がんばらなければ──!

 拳をにぎりしめ、そんなふうにこっそり覚悟を決めていると、板花さんが「大丈夫よ」と答えてから、とんでもない発言をした。


「椿にこの案件任せるわ」

「って、えええええ⁉」


 私はびっくりし過ぎて立ち上がった。その拍子、椅子がぎぎぃっ! と大きな音を立てた。


「ちょっ、うるさ! うるさすぎるわよ、全体的に」

「花ちゃんもね」


 板花さんが顔をしかめ、宮ヶ丘さんがため息をつく。

 私はいてもたってもいられずに身を乗り出した。


「そ、そんな、出来ません」

「なんでよ」


 何でよと言われても、出来るはずがない。

 だって私はまるきりの新人だ。

 そんな人間が大切なお客様ののっぴきならない案件にいきなり入ってくるなんて、


「し、失礼になりませんか? 私みたいな新人が──それに、もし解決出来なかったら」


 それだけやっと言うと、板花さんは呆れたような顔をして、頬杖をついた。


「あのね椿。じゃあいつになったら出来るようになるの? ってことになっちゃうと思わない?」


 目を覗き込まれ、私はお腹の前で組んだ手をもじもじとさせた。


「で……でも、お客様に不快に思われないでしょうか? 自分は大変なのにどうして新人を寄越すんだって」


 板花さんは背もたれによしかかり、私を見上げる。


「まぁそりゃあね、お客様にご納得いただける結果を出さなければそう思われるでしょうね」

「そ、そんなぁ……」


 なんだかにわかに、大変なことになってしまった。もうもう、頭が真っ白だ。


「なーにビビってんのよ! 任せるって言っても、アンタ一人で対応させるつもりはないわよ」


 そう言うと、板花さんは椅子を移動させて佐倉の後ろに回り、怪訝そうな顔をする佐倉の背中をバン! と強く叩いた。


 不意打ちを食らってむせる佐倉の横から、ウインクが飛んでくる。


「この件のリーダーは佐倉に任せるから! 椿は佐倉の動きをよく見て参考にして」  


 新人ひとりでコトを進めるにはさずがに荷が勝ちすぎるからね──と言われて、私は顔を上げた。

 佐倉が一緒に来てくれるなら、ものすごく心強い。


「佐倉! わかってるわよね? お客様のご依頼に全力で対応してお悩みを解消しつつ、うちの評判と好感度を爆上げして『今後も虎澤さんの顧客で居続けよう』って感じていただいて、あわよくばご友人の紹介へこぎつけ、そのうえで自身の経験値も高めながら椿にいろいろ教えたげて!」

「注文が多いですけど、まぁ了解です」


 佐倉が頷き、私はほっと胸をなでおろした。

 板花さんが立ち上がり、ぱんぱんと手を打ち鳴らす。


「今メッセージに住所とかの情報送ったから、さっさとがんばってきなさいな! もう先方には「ウチの若いのが行く」って伝えてあるんだからね!」

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