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あやみ、囲われる 12

お読みいただき、ありがとうございます。


 佐倉は私に体を寄せ、「今から挙げるのは、実例を脚色した、いくつかだけど」と前置きし──その事例を語り始めた。


「……!」


 それは、脚色された内容と言えど、やはり人に聞かれるのは良くないと思えるようなものばかりだった。


『当家の邸宅の敷地内に、百年前の当主が、かなわぬ恋の相手と一時を過ごしたらしい思い出の離れが残っている。偲びたいが、先代の管理が甘く、残念ながら傷んでしまっている。復元してくれないか』

『祖母の推しであるワーグナー歌いの彼を、祖母の誕生日にサプライズでお招きしたいがツテがない。謝礼は積むので繋いでほしい』

『遺産相続の条件があろうことか「謎解き」だった。人海戦術で知恵をカバーしたい』

『息子が女性にモテるための指南をしてやってくれないだろうか』──。


 聞き終えた私は、声のトーンが上がらないようにするのに苦労した。


「す、すごいですね。予想以上だし、予想外でした」 

「……うちの外商部は日本全国はもとより、世界各地に合わせて約10万人のお客様を抱えている。中にはこういったご用命をされる方もおられる。そして、こういった特殊なご用命への対応は──」


 佐倉は言葉を切り、真っすぐに私を見つめた。


「誰にでも任せられるのものじゃない」


 穏やかだけど、真剣さが感じられる低い声色に、私はゴクリと唾を飲みながら頷いた。


「家系に長い歴史を持つお客様や、プライベートでの顔を公にしたくないお客様というのは、他には明かせない繊細な問題を抱えることがままある。「虎澤百貨店の外商にしか相談できないような悩み」だ。それを担当者と相談し、解決に向けて尽力出来る姿勢がアシスタントには求められる」


 これを聞いて、私は思わず「なるほど……」と呟いてしまった。

 話に出てきた例は、いずれも下手なところへ依頼すれば、名誉が傷つけられたり、変な人たちに目をつけられたり……そういう、困ったことになりそうな話ばかりだ。

 老舗で信用があって、しかも実績がある虎澤百貨店外商部へそういった相談事が持ち込まれるのは、理にかなっていると思った。

 いやはや。もうすっかり自分は大人になって、世間のことをわかったつもりでいたのに、そんな世界があるなんて、まったく知らなかった。


「こういったご用命は、頻繁にあるわけじゃない。でも、ある時にはあるし、急な場合も多い。その際の対応には、予備的体力とフットワークの軽さが求められる。だから、俺たちのような学生アシスタントは重宝される」


 予備的体力。フットワークの軽さ。

 洞察力。記憶力。お客様への関心──。

 どうやら、求められるものはたくさんあるらしい。


「ぷ、プレッシャーを感じる……」


 にわかに緊張して、身震いした私の背中に、佐倉の手が触れた。


「行こう」


 そっと押されて、私たちはまた、茜色に染まった道を歩き出した。

 気が付けば、大手町駅はすぐそばだった。


「じゃあ、また」

「はい。送ってくださって、ありがとうございます」


 来た時には人気が少なかったのに、帰宅ラッシュで人が多い。でも、他の大きな駅にあるようなギッシリ感はない。

 歩き出し、人の流れに乗ってから、会釈くらいしようかと思いついて、後ろを振り返る。

 佐倉の姿はもうなかったので、拍子抜けしてため息が出る。

 自宅のある板橋駅へ帰るには、二番ホームへ向かわなければならない。


 歩いていると、なんだか無性に美宇ちゃんと話をしたくなってくる。

 あの時美宇ちゃんは、私の話を聞いてくれようとしていた。それを勝手に「美宇ちゃんに引かれたくない」なんて考えて、ごまかした自分が恥ずかしい。

 大学の入学式のことを、私は思い出していた。


 まだ入学式なのに、周囲の学生はなぜか既に仲良しになっていて。

 どうやら三月の合格発表の直後からSNSを通じて知り合い、つながっていたらしく──そんなことはつゆ知らずだった私は、同級生たちのコミュニケーション能力の高さに、すっかり恐れおののいてしまったのだ。

 オリエンテーションが終わり、授業がはじまってしばらくしても、友人と呼べる同級生がいなかった私に挨拶をしてくれたのが、いつも一人で行動していた美宇ちゃんだった。

 私も勇気を出して隣に座って良いかを聞いたら、にっこり笑っていろいろ話しかけてくれて。連絡先を交換しようと、美宇ちゃんは言ってくれた。それからの付き合いだ。


 そんな美宇ちゃんが、私の悩みを聞いて引くわけがない。あの時の私は、なんでそんなこともわからなかったんだろう?

 いや、なんでかはわかっている。いろいろと、余裕がなかったのだ。

 今は、違う。変わったお仕事に囲い込まれて、戸惑いも混乱もあるけれど、でも、新しい道が見えたことで、胸がすいている。

 うん。 小さく頷いてから、私はスマホを取り出した。SNSのチャット機能から、美宇ちゃんの画面を開く。


 どんなメッセージを送ればいいかちょっと迷って、結局はシンプルに「美宇ちゃんと話したいよー」と、泣き笑いの絵文字つきで送信した。

 すぐに既読が付いて、「OK! これからごはんとかいっちゃう?」と、返ってくる。

 思わず笑ってしまった。明日美宇ちゃんはヨットサークルの活動で早朝から江ノ島に行くはずだ。

 それなのに、なんてフットワークの軽い。頼もしい。


 こんなふうに、話を聞いて味方になってくれる人がいることは、救いでしかない。

 救い。そう、その言葉だ。


 虎澤百貨店の外商部が担当するお客様は、国内外に十万人もいるらしい。

 その十万人のお客様の中に、事情を抱えて、助けが必要な人がいる。

 その人達の事情がどんなものなのかは、私なんかには想像もつかないけれど

 助けることが出来るのなら、むしろ自分から。

 虎澤百貨店の外商部に囲われたいと、私はそう考えていた。



次回もお楽しみいただけますように!

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