あやみ、囲われる 11
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「僕と佐倉くんは、椿さんと一緒に働きたい。いかがでしょうか」
「……!」
正直なところ、買いかぶられているのでは? という思いはまだ、私の中にあった。
でもそれよりも今、私の心を支配しているものがある。
それは、私の力を必要としてくれている、目の前の二人と一緒に働いてみたいという気持ちだった。
だから、背すじを伸ばして覚悟を決め、真っすぐに前を見て頷く。
「ぜひ、やらせていただきたいです」
まだ仕事が残っているという及川部長とは別れて、私は佐倉と、駅までの帰り道を一緒に歩いていた。
見上げると、燃えるような夕日が、立ち並ぶガラス張りの高層ビルを照らして、茜色に染め上げている。
この時間帯の大手町を歩くのは初めてだった。都会の真ん中としか言いようのない場所で見た夕暮れの景色は、独特の切なさを私の胸に刻み付けた。
こんな空の下、おたがいに無言で歩いているのは何か心細い気持ちになって、私は左隣を歩く佐倉の気配を感じながら、口を開いていた。
「佐倉さんも、外商部のアシスタントなんですか」
「そうです」
「学生ですもんね……学校はどこでしたっけ」
訊ねながら見上げると、端正かつ無表情な顔が、私を見下ろして言った。
「東京大学です」
おお……と、私はこっそり感心する。
佐倉はたぶん勉強ができるだろうな、と思っていた。
だから納得しつつも、やっぱり東大はすごい。
「椿さんはどちらですか」
静かな声で訊かれて、私も答える。
「早青大です」
佐倉が「なるほど」と頷き、私も「はい」と頷いたけれど、「なるほど」とはどういう意味なのか、ちょっと気になる。
もう少し佐倉と親しければ突っ込むことも出来たけれど、とてもそういう雰囲気ではない。
というか、と私は思った。
なんかこう、佐倉と私は同い年で同学年なのに、そういう人と一緒にいるとは思えないほどに、すっごく息苦しい。というか気まずい。
佐倉とはジャルダンドゥティガで働いていた時、いろいろと仕事についての話はしていたけれど。
改めて考えてみると、こうして仕事に関係のない時間を一緒に過ごすのは初めだ。だから気まずさのメインは、そこだと思う。
そしてきっと、私たちが敬語で話しているのも息苦しさと気まずさを助長している。
なので私は、ちょっと勇気を出してみることにした。
歩きながら佐倉を覗き込み、
「……あの。これから仕事じゃない時は、敬語をやめてみても良いですか?」
と、提案する。
「……」
佐倉は私を見下ろしながら、黙ってしまった。
あれ。ダメだっただろうか?
口角を上げた表情をキープしながら、私は佐倉の返事を待つ。
「……」
やはり、ダメだったらしい。こういう場合は、とりいそぎ、フォローした方が良い。
そう判断して、私は前に向き直る。
「ダメならダメで、」
全然、大丈夫ですけど。そう、言いかけた時だった。
「いいよ」
「! ……良かったです」
ダメだったか、と諦めてからの「いいよ」に、私は必要以上にホッとして、また敬語でしゃべってしまった。
でも、佐倉は別になんとも思ってなさそうだった。
今はまだまったく打ち解けられていないけれど、とりあえず、とっかかりは作ることが出来た気がする。
なので、気になっていたことを、私は聞いてみることにした。
周囲に人がいないか、確認する。それから少々、声のトーンを落して。
「特殊なご用命って──たとえば、どんなものがあるんですか」
虎澤百貨店の外商部は、お客様からの特殊なご用命に応える。
そのためにアシスタントが必要、と及川部長は言っていた。
その特殊なご用命とは具体的に何なのか、まだ聞いていなかった。聞く前に、及川部長の時間がなくなってしまったのである。
「……」
佐倉がわずかに顔を上げた。その反応に、秘密の保持や社外秘といった部分で、やはり答えにくさがあるのだと私は悟る。
でも、こう言ってはなんだけれど。一応、その仕事に関わる予定の私にだって、さわりのない範囲では、聞く権利があると思う。
「答えられる部分で大丈夫、です」
付け足すように言うと、
「ひゃ⁉」
背中を押され、すぐそばの街路樹の下へと誘導される。
摩天楼と呼ぶにふさわしい、高層ビルが立ち並ぶこの辺りで、この夕方の時間帯だから、人気のない場所というわけでもないけれど、知らない人に話を聞かれる心配のないような場所だ。
佐倉は私に体を寄せ、「今から挙げるのは、実例を脚色した、いくつかだけど」と前置きし──その事例を語り始めた。
「……!」
それは、脚色された内容と言えど、やはり人に聞かれるのは良くないと思えるようなものばかりだった。
次回もお楽しみいただけますように。




