あやみ、囲われる 10
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「僕たちが提供するサービスにかかる費用を上回る額のお買い物を、お客様はしてくださいます。だから僕たちも、可能な限りのサービスでお応えしています」
なるほど、と思って、私はこくこくと頷いた。
まるで心の中を読み取ったかのような佐倉の説明には驚いたけれど。
何はともあれ、だいぶ、百貨店の外商サービスへのイメージが出来てきたと思う。
出来てきたところで、素朴な、そしてとても根本的な疑問も出てくる。
「そのお仕事って、大学生でも大丈夫なんですか……?」
私の疑問に答えてくれたのは、及川部長だった。
「お客様をおもてなしする気持ちや、そのための能力が見て取れる人材であれば、その人が成人である限り、社会的身分や年齢について、当店は差別も区別もしていません。まぁ大学生だと時間の都合もあるから、アシスタントという立場の方がおたがいにやりやすいのかなと思うけど」
柔らかい笑みを浮かべながら、きっぱりとそう言って、及川部長はテーブルの上に手を組んだ。
「今のは虎澤百貨店が表明した、人材発掘に関する指針なんだけれど。僕たち外商部には事情があって、この人ぞ、という人材を見つけた際には、積極的にお声がけをしていました。今みたいにね」
「事情……ですか」
事情という言葉に、ごくりと唾を飲みながら続きを待っていると、マダムがやってきて、トレーからチーズケーキの載ったお皿を、テーブルへ置く。
マダムを待ってから、及川部長はさらに説明した。
「そう、事情です。当店の外商部では伝統的に──お客様の、特殊なご用命を承るサービスを提供しています。そのご用命にあたるため、正規の外商担当者のほかに、アシスタント的な立ち位置で動いてくれる人材が欲しい。それで、椿さんに声をかけさせてもらったというわけです」
締めくくると、及川部長はチーズケーキのお皿の両側に手をついて、私の方へ身を乗り出した。
「と、いうわけで。どうでしょうか!」
「ど……⁉」
「僕たちの仲間として、働いてくれますか」
いきなり返事を求められたことに面食らって、私は「そ、そうですね」と曖昧に答える。
「あの。ええと」
いろいろとたくさん説明はしてもらったけれど、わからないことは、まだある。
たとえば、「特殊なご用命にあたるためのアシスタントが必要」とのことだけれど、その特殊なご用命とは、なんなのか。
あと、ここまで話を聞いていて、私は自分がすごく買いかぶられている気がしていた。
そもそも、いったいどこでそんなに買いかぶられたのか?
決まっている。アルバイト先の、ジャルダンドゥティガだ。私たちの接点はそこにしかない。
あそこにはお客様として及川部長が来ていたし、そのうえ佐倉は新人で働いていて、だからそのどちらかが──と考えて、
「……んん?」
と、私は唸ってしまった。
何かがおかしい。そんな偶然、あるだろうか?
思わず顔を上げ、私は佐倉の方を見る。
佐倉は奇麗な所作で、お皿の上のチーズケーキを一口分切り崩しながら、
「あのカフェで働いていたのは、ある方の特殊なご用命に沿うためです」
と、こともなげに言った。
その横で、及川部長がにこにこしながら悪戯っぽく小首を傾げる。
「当店は、潜入調査も承っております」
「……」
私は、無言のまま、両手で口を抑えた。
『ええ⁉』と、素っ頓狂な声が出てしまいそうになったからだ。
「いやそうだよね、びっくりするよねぇ」
小首を傾げながら言われて、口をおさえたまま、こくこくと頷く。
及川部長はうんうんと頷いて、事情を説明した。
「佐倉くんが潜入調査に入って、僕も様子を確認がてら、あのカフェには何度か立ち寄らせてもらっていました。そしたら人となりも働きぶりも素晴らしいスタッフがいた。そして佐倉くんの話では、そのスタッフは辞めるらしい。それなら、僕たちの所に来てもらおう。どこかに見つかる前に囲ってしまおうという話になったわけです」
「囲う……ですか」
昨日、帰りがけに佐倉が言われた言葉がよみがえる。
『僕は、あなたを囲いたい』
そうか、なるほど──と、合点する。
頭の中で、パズルのピースがはまったような感覚だった。
あの時佐倉が私に言った「囲う」は、人材確保の意味合いだったらしい。
「あのカフェには、椿さんがいる時には三回くらい行っているかな。僕が飲んだものとか、服装とか、覚えてる?」
私は頷いた。映像として記憶に残っている情報を、日付と共に、そのまま言葉に載せる。
「覚えています。三回とも、カフェラテの砂糖抜きで、服装は──」
及川部長が満足そうに頷く。
「うん。やはり、お客様に対する姿勢と記憶力が良いね、椿さんは。ちゃんと関心を持っているということだからね。あとはそう──洞察力も」
洞察力? と、私は首を傾げそうになった。
接客の姿勢と記憶力に関しては、自分でも捨てたものではない、と思っている。
でも洞察力については、心当たりがなかったから、言われて少々戸惑ったのだ。
「そ、そうでしょうか」
「そうです。だからその力を活かして、ぜひ僕たちと一緒に働いてもらいたい」
言いながら、また及川部長は身を乗り出してきた。
「僕と佐倉くんは、椿さんと一緒に働きたい。いかがでしょうか」
次回もお楽しみいただけますように。




