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海と私

作者: 相木あづ

 彼女の目からこぼれる涙。

 嘘つき。

 赤い頬の上を流れる涙。

 嘘つき。

 君の言葉。

 嘘つき・・・


 すっかり日は暮れて、太陽は海の向こうに沈もうとしていた。

 吐き出された人々の群れは、駅に向けて長い混雑を作っている。

 彼女はまだ足りないと言ったのだ。

 興奮と怒りを笑い声に織り交ぜて、人々の群れは歩く。

 やがて駅に着けば散り散りに散っていくのだろうが、その前に息苦しくなって、私は早々に群れを離れた。一人で海を見ている。

 「盛況だったようだね」

 近くで釣りをしていた男が言った。

 渦巻いていたすべての感情を一つの箱に押し込めて、愛想笑いを固めるのは慣れ切ったことだ。

「ええ。まあ」


 今日の悔しさを胸に、来年、私たちは絶対またここに戻ってきます。

 彼女はそう言って泣いたのだ。


 視界の端で釣り竿が揺れた。

 私の珍奇な服装を親しみとも嘲りともとれる笑顔で眺めていた釣りの男は、慌てて竿に飛びついた。張り詰めた糸の先に、少しずつ、黒く大きな影が膨らんでいく。

 影は、もうほとんど見えなくなった静かな水面の上で、私の視界を覆いつくす。心臓の音が痛いくらいに響いている。釣りの男も、ざわめく人々の群れも、もはや存在していない。

 目の前にいるのは、アンコウだった。

 私の視界いっぱいにアンコウだった。

「くだらない」

 アンコウはその裂けたような大きな口を緩慢に動かして、確かにそう言った。

「つまらない」

 黒く濁った重たい波が、私の心まで押し寄せていた。私はそれを追い返そうと必死に口を動かしてもがくのだが、言葉は全て岸壁の波のように砕け散る。

「愛してるのか」

 私の体内であちこちの方向を向いて流れ、互いにぶつかっていた何かが、一斉に同じ方向を向いて共鳴し、大きなうねりとなって今にも溢れそうだった。

「そうだ」

 それは津波だった。何よりも汚く濁り、何よりも一方的で暴力的な流れだった。

 津波は、全てを飲み込んで黒い海へと消えてゆく。

 アンコウは、静かに死を待っていた。釣り上げられたありきたりな魚だった。

 釣りの男は、またつまらなそうに海に糸を垂らしている。

 いつの間にか、私たちの背後に一羽の愛らしいペンギンがいた。

 大きさはせいぜい池にいる鴨くらいだが、顔のあたりに鮮やかな黄色がついていて、ペンギンの愛らしさをより一層引き立てていた。

 ペンギンは、吠えた。

 天に向かって高々と吠えた。

 誰もがペンギンを見ていた。釣り人も、私も、いまだにばらばらと留まっていた人々の群れも、ただの通行人も、皆がペンギンを見ていた。

 ペンギンはその視線を一身に受けていよいよ黄金に輝きだし、黒い海に向かって走り出した。

 ぱたぱたと可愛らしい足取りで、力強く、速く。

 そして小さな翼を目一杯に広げて、暮れかけた大空へ真っ直ぐに飛び立って行った。

 涙で視界がにじむ。繰り返される嘘の結晶。

 私はその涙をたいして美しいと思わなかった。


 暮れてゆく空に愛らしいペンギンの姿を探した。

 みんなかわいいものが好きなんだと思います。

 少なくとも私の周りはみんなそうです。

 好きすぎておかしくなってるけど、それも別に悪くはないとか言ってみます。

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