魔術師団長に命じられて猫の姿で騎士団長の弱味を探ることになった話
「は? 師団長、今なんと?」
「……面倒くさいな。一度で理解してもらえるかい。脳みそ詰まってるの君?」
「いや、理解はしましたが納得はできないというか。どうして私が騎士団長の弱味を探りに行かなくてはならないのでしょうか?」
「君が適任だからだよ。ほら、さっさと猫に変身して」
……だめだ。この師団長は一度言い出したらきかないのだ。 言うことを聞いて偵察に行くしかない。一回行けば満足するだろう。
「わかりましたよ」
私はなげやりに返事をし、獣化の魔法で猫に変身した。 私が獣化できることを知っているのは、家族以外にはこの師団長しかいない。 この力は主に秘密裏に物事を探る時に役立てている。
師団長は私が猫に変身するのを見届けると、私の頭を掴んで何やら魔法をかけた。
「ニャ? ニャニャー?」
(ちょっと? 今何しました?)
「よし。持続の魔法をかけたから、君は二週間は猫のままだよ。弱味を見つけるまで帰ってきたら許さないからね。言いつけを破ったら、君一生そのままだから」
……にゃ、にゃんですとーー!?
* * *
くっそ、あのサイコパスめ。これが日々精神をすり減らしながら自分の仕出かしたことの後始末をしてくれている部下への仕打ちか?
師団長の側近に任命されてから早二年。 師団長が思い付きで魔術を開発し暴発させたことは数知れず。その度に始末書を書かされ(なぜ私が?)上の方々へ頭を下げ(なぜ私が?)後始末をしてきた。
人格に問題はあるが、膨大な魔力量と知識、家柄のおかげで何とか師団長でいられる彼を支え続けてきたというのに。
一生猫のまま……あの男ならやりかねない。
とにかく、私は騎士団長の元へと行くことにし、騎士団の演習場へと向かって歩きだした。
あの人苦手なんだよな。無口で笑顔なんて見たことがない。威圧感のある体格で射殺されそうな鋭い目付きで睨まれると体が強張ってしまう。あんな人に弱味なんてあるのかな……
……とか考えながら歩いていたら、さっそく前から騎士団長が歩いてきた。どうしよう。ひとまず通り過ぎた方が良いよね。自然に 自然に。
……何かめっちゃ見られてるんだけど? 猫にまでそんな威圧的な目するのやめて。
「……おいで」
しゃがんで手を前に差し出して優しい声で話しかけてきたよ。私はどうしたらいい? 偵察するんだから、仲良くなって近くにいられる方がいいよね。
よし、私は猫だ。何とでもなれ。
騎士団長の元へ近づき、差し出された手を受け入れることにした。すると何とも優しい手つきで顎の下と頭を撫でてくれた。
騎士団長は満面の笑みになった。
……かっっ、かわいい!! なにこの人。めっちゃかわいい。
こうして私は一瞬で騎士団長に落ちた。
しかし私は偵察しなければ。とにかく近くで観察し続ける。
そうこうしているうちに夕方になってしまった。
あれ? 私、今日どこで寝たらいいの? 自室のある魔術師棟には専用のパスが無いと入れないのに、師団長に取り上げられてしまった。
「それでは俺は寮に帰るよ。またね」
今日一日、後をつけ回してたまに可愛がってくれていた騎士団長は帰ろうとした。
どうしよう。どうすればいい? こんな寒い日に野宿とか死んじゃう!
「ニャー! ニャニャー!」
(お願い!寮の建物の中に入れて!)
必死で騎士団長の足にすがりついた。プライドなんてものは今は無い。
「どうした? 帰るところが無いのか?」
「ニャー!」
(そうなんです!)
「……うち来るか?」
「ニャー!」
(神様!)
何とか寮の建物の中に入れてもらえることになった。
……というか部屋に入れてもらえたよ。どうしよう。男の人の部屋に入ってしまった。良いのか? だめだよね?
……いや私は今は猫だ。良いということにしよう。
夕食にパンとミルクまでくれたよ。この人やっぱり神様だ。
「……君はあの人と本当に似ているね」
騎士団長は、ポツリと呟いた。あの人って誰だろう。猫の姿の時の私は人間時と同じ毛色で同じ色の瞳をしている。でも私のことな訳ないか。
「さてと、俺は風呂に入ってくるよ」
お風呂!!
私はどうすればいい? 二週間お風呂に入らないとかいくらか猫の姿でも嫌だ。かといってこんな寒い季節に外で水浴びも無理だ。凍死してしまう。
「ニャニャー!」
(せめてシャワーをあびさせて!)
「なんだ? 君も洗ってほしいのか?」
「ニャッ!? ニャニャ……」
(洗って!? いや、それはさすがに……)
「しょうがないな」
ひょいっと抱えられお風呂場へと連れていかれた。
どうしよう。どうすればいい? シャワーだけでいいんだけど。今暴れたら、もうシャワー浴びさせてもらえないよね? どうしよう。
そうして私はご丁寧に泡でごしごしときれいに洗ってもらった。どうしよう、もうお嫁に行けない。
恥ずかしさに悶えているうちに、あっという間に就寝時になってしまった。仕方がないので私は硬い床で丸くなって寝ることにする。
「そんなところでは寒いだろう。こっちにおいで」
……ベッドに誘われてしまったよ。どうしよう。でも確かに床すっごく冷たくて寝れそうにないんだよね……
もともと寒さに弱い私は、あっけなく温かな布団を受け入れた。
* * *
私が所属する王立魔術師団と王立騎士団は、とにかく仲が悪い。
筋肉と人情で考え行動する騎士達と違い、効率重視、冷酷無情、自由を愛する変人ばかりの魔術師達。町中に魔獣が出没した際に共闘することが度々あるが、連携がとれるはずもなく、終始グダグダで険悪なのである。
魔術師団長はサイコパスで騎士団長は威圧的な無口ということもあり、仲を取り持つ者もいない。
私は民衆の安全と平穏な暮らしを守るため、両陣営の板挟みになりながら頑張ってきた。
* * *
偵察二日目。演習場にて模擬試合を見学。騎士団長本当に強くて格好いいな。ただただ見惚れていた。
「俺、騎士団長に向いていないんだよね。人を動かすの苦手だし、緊張ですぐ威圧しちゃうし……」
私に弱音をはいてきた。何と、いつも怖い顔をしていたのは緊張からだったとは。かわいすぎか!
これは弱味になるのかな? 報告に行って違うって言われたら人生終わる。よくわからないので偵察を続けた。
偵察三日目。猫って楽で良いな。あの人の尻拭いしなくていいし。
「今日も言いたいことちゃんと言えずに威圧しちゃったよ……」
「ニャー!」
(どんまい!)
偵察四日目。のんびり日向ぼっこを楽しんだ。今日は天気が良くてお日さまが気持ちいい。
今日も一日よく歩いたので疲れて夜はすぐに寝た。
* * *
「……っっ!! これは一体!?」
夜、一足先に猫が布団へと行き寝転がった。しばらくして、すーすーと寝息が聞こえてきた。次の瞬間、猫が人間の女性へと姿を変えた。
俺がよく見知っている女性だ。
どういうことだ? 変身していた? なぜ猫に? 毎日食堂で見かけていたのにここ何日かは姿を見なかったのは猫になっていたからか?
というか俺は彼女と一緒に過ごしていたということか?
とにかく冷静になろうと部屋の中をぐるぐると歩き回っていたら、彼女は起きたようだ。その瞬間、人間から猫の姿へと変わった。
「ニャ?」
(何してるの?)
むくりと起き上がり俺の方を見たが、すぐに睡魔に負けたらしく再び眠ってしまった。そして、人間の姿へと変わった。
「眠ると戻るのか……これは、呪いか?」
動物へと姿を変えられる呪いがあると聞いたことがある。
呪いに詳しい人物は一人しか心当たりがない。俺は師団長の元へと向かった。
「あぁ、それは呪いだね。私が原因と解き方を調べておくよ。その間彼女のことよろしく。あ、もちろん他言無用でね。彼女にも君が気づいていること言ったらだめだよ。自分が人間だということを同じ部屋で過ごしている男が気づいているなんて、知ったら死にたくなると思うから」
バタン
言いたいことだけを言って扉を閉められてしまった。俺はどうすれば……
数日前に出会った一匹の猫。
俺は動物にも怖がられてしまうためいつも逃げられてしまう。前から歩いてくる猫は逃げる様子もなく、ついには触らせてくれた。
俺は歓喜した。猫を触ったのなんて子供の頃以来だったから。
成り行きで部屋に連れて帰り一緒に過ごしていたが、まさか彼女だったなんて……
彼女とは町に出没した魔獣討伐の際によく顔を合わせていた。彼女はいつも民衆に優しく丁寧に接し、俺達騎士団員の無茶な戦い方にも文句を言わずにできるだけ合わせてくれる。俺とも普通に会話をしてくれる数少ない女性だ。
騎士達と魔術師達の間を取り持つこともできない俺に変わって、いつも頑張ってくれていた。
実力と家柄だけで騎士団長になった俺にとって彼女の存在は大きく、憧れの存在になっていた。
そんな彼女とこんな形で一緒に過ごすことになるなんて。でも、彼女に日頃の恩を返せるいい機会だ。猫になってしまって困っているはず。安心して過ごしてもらえるよう精一杯勤めよう。
* * *
偵察七日目。自分の任務を思い出した。猫として過ごすことを楽しみすぎて忘れていた。
よし、気持ちを入れ替えて頑張ろう! と意気込んだところで、変身が解けてしまった。
騎士団長の目の前で。
「……あれ? 戻った??」
何で? あの人確かに二週間って言ってたよね。嘘つかれたってこと?
目の前の騎士団長は驚き目を見開いている。そりゃそうだろう。
「あのですね……」
私は腹をくくって事情を説明することにした。怒られるだろうな、嫌われるだろうなと覚悟しながら。
説明し終えた私に投げ掛けられたのは叱責の言葉でも軽蔑の言葉でもなく。
愛の告白だった。
* * *
なんだかんだあり、私は騎士団長とお付き合いすることになった。
彼の人となりを知り、彼の言葉を代弁しながら騎士団と魔術師団の仲を取り持つことによりいっそう勤しんだ。
努力の甲斐もあって、両陣営の仲は少しずつ良くなっている。
「……ふふふっ。ほら、やっぱり私の思った通りだ。アイツの弱味は彼女だった」
私は今日も師団長の手のひらで踊らされていることに気がつかない。