入学⑤
今度こそ、今度こそ入学編を終わらせることが出来ました
一話分長引いてしまいましたが入学編はこれでおしまい!
下から見上げる寮は考えられないほど空高くにあった。いっそ目の錯覚か蜃気楼かと思うほどに遥か上空にある。上方が雲に差し掛かっている程だった。
「せ、先生。あんな場所にどうやって行くんですの?」
「勿論飛んで行くのです。魔女とは、箒で移動するものですから」
ということらしい。
確かに魔女や魔法使いは箒に乗って空を駆ける。私の母も父もそう。魔法を使える人々にとっては最もポピュラーな移動方法だ。
寮を空に浮かせる意味はまるきし分からない。しかし、将来そういう移動手段を日常的に使うことになることを想定した一種の訓練だと思えば頷けるものだった。
「おや…どうしました、クラウ。白い顔をして」
「いや、実は黒魔法苦手なんだよね。あそこまで辿り着けるかなぁ」
「そうでしたか」
「まあ、あの娘よりは大丈夫そうだけど…」
クラウが視線を向けた先では一本の杖が震えていた。
…違った、一人の少女が震えていた。背負っている杖が余りにも大きすぎるので勘違いしてしまった。
そんな彼女にクラウが近づいて話し掛ける。
「どうしたんだい…そんなドラゴンに睨まれたカエルのような表情をして」
「ひえっ!? え、いえ…その、何でもないです」
「何でも無い訳が無いでしょう。そこまであからさまに怯えていると気になってしまいます」
クラウを追って近付くと杖に隠れていた彼女の容姿が良く見えた。
新雪のごとき白髪をボブカットにし、前髪の隙間から紫水晶のような瞳が覗いている。
そして何より、私より背が低いくせに私より胸が大きい。
「……………」
「えっ…あの……えっ」
「……………」
「こら、そんなに胸を凝視しない」
「すいません、余りにも大きかったので」
「はぁ………それで、本当にどうしたの? 随分怯えてたけど」
再度問われた彼女は観念したのか、優しい声音を震わせながら答えてくれた。
「その、あの………た、高いところが苦手なんです。だから、寮まで飛んでいけなくて」
「あちゃー」
「そうきましたか…」
それは確かに参ってしまうだろう。
そして、どうしようもない。
「それは困ったな………白魔法の精神系統に恐怖を軽減するものがあるけど、私にはまだ使えないし…」
「見詰められても困りすね。私は白魔はからきしです」
「そうか…」
これはミズ・マクミランに相談した方が良さそうだと彼女を見ると、丁度彼女が杖で地面を鳴らすところだった。
こんこん、とミズ・マクミランが鳴らした音で、私語に勤しんでいた新一年生は一斉に静まった。
「静粛に。箒で飛んでいくというのは冗談です。毎年恒例のジョークなのですよ」
「「「………」」」
全員が思った。
ミズ・マクミランのジョークは分かりづらいと。
「校長のようには上手くいきませんね」
ミズ・マクミランは少し肩を竦めてシニカルに場を収めた。
そうして静かになった場で一人が手を挙げる。案の定というか、それはカサンドラだった。
………もう名前も覚えてしまった。
「どうしました、ミス・カサンドラ」
「マクミラン先生、空を飛ばずにどう寮まで行くのですか?」
「良い質問です」
そう言うと、ミズ・マクミランは中庭の端へ歩いていった。当然、私達も着いていく。
そして彼女は一つの扉の前で止まった。
それは私も気になっていた物だ。
荘厳で、どこか古めかしい大きな鉄扉。高さは6M程はある。表面に彫られた柳の模様がとても美しかった。
しかし、気になっていたのはその見た目が私好みだったからではない。
その扉が扉の本分を果たしていなかったからだ。
有り体に言うと、その扉の反対側には何も無かった。
ただ、中庭が続くだけ。
「さて皆さん、聡い貴女達なら入学早々講堂ではなく中庭に連れてこられた理由が気になっていたでしょう」
「………」
「どうした、ロウェル」
「いえ、何でも…」
さっ、と目を逸らす。
理由はありません。ないものはないのです。
「その答えはこの扉にあります」
勿体振ったミズ・マクミランが特徴的な大杖を振るう。
すると件の扉がゆっくりと開いた。
「…えっ」
その向こうには有るはずの中庭が無く、代わりにとても素敵な談話室が広がっていた。
ワインレッドの絨毯と赤レンガの暖炉、木の壁や天井が穏やかな空気を作り出している。
「この扉は初代校長のリリアーナ様によって空間が捻曲げられています。皆さんにはこれからこの扉を使って寮との行き来をしてもらうのです」
誰もが息を飲んだ。その甘美な響きに。
だってこんなファンタジックな扉を毎日使えるだなんて、素晴らしいではないか。
私達はミズ・マクミランに誘われるままに談話室に入る。
十分に広い談話室は、私達新入生を全て受け入れてくれた。
「凄いよロウェル! 窓を見てごらん!」
「………確かに凄いです。そして、美しいですね」
「ああ…」
その窓からは空が見えた。真正面に。
上に空の青を、下に雲の白を映し出す窓。山の上にでも造らない限り、窓からこんな景色が見えるのはあり得ない。
或いは、雲海の上に浮かぶ学院寮でもなければ…。
世界中どこを探してもここにしかないような談話室に、私達は目を輝かせていた。
新入生全員がそれぞれの物に興味を注いでいる。
そんな備品から景色まで全てにときめく私達だったが、またもや大きな音に引き戻されてしまった。
しかし、今回の音の主はミズ・マクミランではない。藤色の長髪を携えた、一人の少女だった。年のほどは余り変わらないように見えるが、堂々としているからかとても風格を感じる。
彼女は音を出す魔法に使った小ぶりな杖を袖口に戻し、にっこり笑ってから話し始めた。
「良く来たね後輩たち。私は三年の寮長、ウィステリア・エヴァンズだ」
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