入学②
入学と題しているのにいつまでも入学しないという…
直ぐですので…直ぐですのでご勘弁を!
「寂しくなるよ、ロウェルゥゥ!」
気持ちの悪い声を出しながら飛び付いてきた父は、空中で母のただの拳骨に沈んだ。
地面と愛情たっぷりのキスを交わした父は、それでも立ち上がって私に抱きつこうとしてくる。
…ので、スプーンを振って空気の幕で弾いた。
…つもりが、あっさり解除され抱き締められた。
「ああ、ロウェル…俺の可愛いロウェル。学院に行っても頑張るんだよ。もし嫌なことがあったらいつでも手紙を出すんだ。仕事を放ってでも学院に殴り込みに行ってあげるからね」
「魔女学院に父さんが出現したら、容赦なく魔法で追い払いますけどね」
「がびーん…」
うざい…。
しかし、父が不安そうにする理由もある。
先程知った事だが、リリアーナ魔女学院は全寮制らしいのだ。一人の例外もなく、全員が寮に入ることになる。
つまり、入学すれば最後、休暇まで両親とは会えなくなるということだ。
「でも…ロウェル。何でいきなり行く気になったの。最初私が言ったときは、嫌がってたじゃない」
「嫌がってません。断っただけです」
「どちらも同じことです」
そう言いながら母は私にすがり付く父を引き剥がす。
「……」
「ははーん。さては、マクミラン先生に黒魔法で負けたことが悔しかったのね?」
「ち、違います!」
く、悔しがってなどいない。
ただ………そう、あのチェスの局面について言いたいことがあるだけだ。あのチェスは一見白が悪いように見えたが、ちゃんと進めれば白が優勢だった。
それを言わなければ気が済まないだけ。
私は真っ青な顔をした父の首を腕で絞める母に、真っ赤な顔でがなった。
「はいはい、それでも良いわ、貴女が行く気になってくれたのなら。それよりパーティーを始めましょう。ほら、アナタも窒息死した魚の真似なんてやめて席に着きなさい」
「…大丈夫ですかね。死んでませんか?」
「あれくらいでは死にはしませんわ」
それでも、泡を吹いて白目を剥いてる父は余りにも可哀想だったので、スプーンを振って電気で蘇生してあげた。
◆
「さて、食事を始める前に、母と父からお話があります」
食卓に並んだチキンが上げる湯気越しに、母が私にそう言った。
既に鶏肉の口になっていた私に待てをするのは、少し酷い。とてもではないが、待てそうにない。
「そう不満げな顔をしないで、ロウェル。それほど時間の掛かることではないわ。ね、アナタ?」
「ああ、そうだとも。ついでに言うなら、ロウェルの喜ぶことだぞ」
そういうと父は一つの小さな箱を取り出す。
それは、赤いラッピング紙と黄色のリボンでラッピングされた細長い箱だった。
「父と母から細やかなプレゼントだ」
父はそう言いながらそれを差し出す。
訳が分からなくてもこの状況で突っ返すことは出来ない。母の方を見るとウインクしてきた。
「開けても?」
「勿論だとも」
ふと上手いなと思ったのは、私の中の感心が既に料理からプレゼントに向いていたことだった。背と腹がくっつきそうだと思ったのは幻だったのか、視線も心も赤いラッピングに惹かれている。
包装を丁寧にほどいていくと、中から出てきたのは細長い木箱だった。
一度両親を見る。
二人は微笑みながら頷いた。
木箱の蓋をゆっくりと外す。木箱特有の僅かな抵抗と滑らかな感触が伝わる。
「これは……」
はたして、木箱の中身は一本の杖だった。
25cM程の小ぶりで質素な杖。黒く光沢があるが、木製だ。手に持つと良く馴染む。
「発火せよ」
試しに丁度消えていた蝋燭に向かって振ると、驚くほど美しい火が蝋燭の先に揺らめいた。
感動だ。
鏡を見ずとも分かるほど、私の目は輝いていた。
「粗悪な棒で魔法を練習するのも良いが、魔法の学校に行くならちゃんとした杖をと思ってな」
「安心しました。学院でも木の枝を折る日々が続くのかと思っていましたから」
「…そんなことしたら怒られるわよ」
母は遠い目をしていた。
「うむ、母さんと同じ黒髪のお前に良く似合っている。やはり魔女は小さな杖に限るな」
「…それについてですが、大杖を振ったミズ・マクミランは素晴らしい魔女でしたよ。『大きい杖の女はバカ』では無かったのですか?」
「ア・ナ・タ? ロウェルにそんなことを教え込んでいたの?」
「ぎくぅ」
父の折檻が確定した。
後で聞いた話だが、父は昔大きな杖を振るう女性に騙されて貢がされた挙げ句、母にそれがバレてひどい目にあったらしい。
…やはりバカは父のようだ。
◆
「寂しくなるわ、ロウェル」
同じ言葉なのに父と母でこうも感じ方が違うのは何故だろうか。
私は知らず知らずの内に、母にヘッドロックされながらさめざめと泣く父を白い目で見ていた。
「リリアーナ魔女学院は私が卒業した学校でもあるけど、あそこは厳しい学校だわ」
「それを出立直前に言うとは、相変わらずやり手ですね、母さん」
もう荷造りをして、外套を着て、玄関に立って…後は玄関を開けるだけのところまで来てのこれだ。
「キツいこともあるでしょう、大変なこともあるでしょう、挫けそうなこともあるでしょう」
「………」
「今不安になった貴女へ、母からの貴重なアドバイスです」
それは聞き逃せないな。メモでも取ろうか。
そんなことを考えている私に母は心の底から安心させられる笑顔で言った。
「友達を作りなさい。こんな所に住んでいるせいで友達の一人もいない貴女は、まだ友達の素晴らしさを知らないかもしれない。けど、友は貴女を必ず助けてくれるわ。貴女が友達にそうすれば」
「なるほど、そういう契約なのですね?」
「…まあ、難しいわよね」
母の寂しそうな顔に私は胸を痛めた。
その理由が分からないから。
「それと、もう一つ。出来れば、私の得意な精神系統の魔法も習得してきてね」
「両方、しっかりと覚えました」
そして私は振り向き、ドアに手を掛ける。
「長期休暇には戻ってきて、沢山話を聞かせてね」
「はい」
ノブを捻り、押す。
初めて開ける玄関の扉は想像以上に厚く、重かった。
それでも、ぐっと力を込め、押し開く。
そして開け放たれたドアの先は、どこまでも寂れた灰色の世界だった。
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