授業⑧
今回はロウェル活躍回
本当はちゃんと天才なのよ…。
「では、ミス・シモンズ、ミス・カサンドラ、ミス・デリンジャー前へ」
何組かのグループが実技を終えた。
さすがに名門なだけあって全員合格。それぞれの入学試験を越えてきたという言葉に嘘偽りはないらしい。なんだか申し訳なくなった。
それはさておき私の出番である。
授業時間内に百人超を捌かなければならないだけあってハイペースだ。集中するので待ってくださいは通用しない。
教室中央へ下りる階段に杖を抜きながら歩いているとエミリーとかち合ってしまった。
「ふんっ」
気まずい。
なにせ並び立って階段を下りなければならないのだ。教室中でなにやらひそひそと噂されていた。
階段は十分な広さがなくてガウンの裾が擦れ合う。一度止まって先にいかせればいいのだが、謎のプライドがそれを許さなかった。
それはどうもあちらも同じだったようだが。
「シモンズさん」
ふいにエミリーが話しかけてくる。
好ましくは思っていないが、無視するほど嫌いな訳ではないので普通に対応した。
「何でしょう?」
「貴女には負けませんわ」
「別に対決するわけではないのですが…」
「惚けなくて結構ですわ。先生が点数を付けているのは気付いているでしょう」
………。
「も、勿論ですわ」
「何故私の口調を真似るのです」
「失礼、勿論です」
「ふんっ……まあ算術は少し出来るようですけど、他がアレでは結果は知れていますがね」
随分目の敵にされたものである。
先ほど食堂でエミリーはつんけんしてるけど意外と優しい、という話をしている娘達が居たのだが、ルーズヴェルトの娘と仲良くしてしまうと対象外のようだ。
そんなことを話しながら中央に下り、ミズ・マクミランが指定した箱の前に立つ。
「では、始めてください」
合図があったので、杖の先を鉄箱に向けくいっと上に引っ張る。
「浮游せよ」
同時に唱えた呪文により鉄箱が浮き上がった。そして私の頭より少し高い場所でピタッと止める。
空中で固定されたように浮く鉄箱を見て、高さの指定をされていなかったことを思い出した。
「高い方が良いとかあるんでしょうか?」
気になって左を見たがミス・デリンジャーは鉄箱をふらふらとさせていて、どう見ても制御できていない。
ならばと右を見たらエミリーが集中した面持ちで一身に鉄箱を見詰めていた。箱の位置は私より少し高い。
私はそっと鉄箱の高度を2Mだけ上げた。
「終了。ミス・デリンジャー、下ろすのは私がやりますからそのまま魔法を切りなさい」
「は、はい…」
私とエミリーは何も指示されなかったので自力で地面に着地させた。
そして次の組と入れ替わるように元の席へ戻る。
「さすがはロウェル。黒魔法が趣味と言うだけのことはあるね」
「当然です、私は天才ですから」
「あはは…でも本当に凄かったですよ。あんなに高い場所でピタッと止めてて。余裕もありそうでしたし」
「カサンドラの方をチラッと見るの良い煽りだったよ」
「そんなつもりは無かったのですが」
エミリーの方を向くと丁度その話を取り巻きから聞いたのか、私をきつく睨んでいた。
「嫌われたね、ロウェル」
「元々はクラウのせいなんですけどね」
別に良いのだが。
「ミス・ルーズヴェルト、ミス・エヴァグリーン、ミス・アルキナス前へ」
私の次の組が恙無く終わると、その次の組にクラウとソフィアが含まれていた。
クラウはさっと、ソフィアはおすおずと立ち上がり階段を下りていく。
一人になって手持ち無沙汰になった私は、三つ席を空けて座っていた先ほどの少女に話し掛けることにした。
「ミス・デリンジャー、でしたよね?」
大きな声で話す訳には行かないのでミス・デリンジャーの隣の席に移動する。
「えっ…あっ、はい。エラ・デリンジャーです。ロウェル・シモンズさん…ですよね?」
「ええ」
近くで今一度見てみると、ミス・デリンジャーの顔には見覚えがあった。
……。
そうだ、入学の日にガウンの裏表を注意されていた娘だ。特徴的なそばかすと丸眼鏡で分かった。
「あの…ロウェル・シモンズさん、私の顔に何か付いてますか?」
「いえ。それより、私のことはロウェルで良いですよ」
「で、では、ロ、ロウェルさん……にも、私のことはエラって呼んでほしい…です」
「はい」
エラは三つ編みにした茶髪を弄りながら頬を染めた。ソフィアよりシャイな娘だ。
「ロウェルさんは…黒魔がお得意、なんですね」
「ええ……良く知ってますね?」
とてもエラにこちらを見る余裕があったとは思えないのだが。
「その……チラチラ見てたんです、ロウェルさんのこと。凄く上手な魔女がいるなって……そしたら運動魔法の制御を失っちゃって…」
「それはまた、集中を損ねさせたみたいで申し訳ない」
「いえそんな! ギリギリでしたけど合格も貰えましたし……元々、大した腕ではありませんから」
「そうですか。まあ、クラウよりは上手だと思いますよ」
「そうなんですか?」
「どうなんでしょうね」
あの様子だと相当苦手そうでもあったし、クラウなら結局そつなく熟すのでは、とも思う。
どちらにせよ、今に分かることなのだが。
「浮遊せよ!!」
クラウは剣のような杖を随分と力みながら振った。
何だか嫌な予感がする……までもなく、鉄の箱がとんでもない速度で飛んできた。
とんでもないのに飛んできた。
などと駄洒落で遊んでいる場合ではない。
鉄箱の進路上には私達が居た。
より厳密に言うならば、エラが居た。
反射的に懐から杖を抜く。
「停止せよ!」
運動魔法は指定した物体に対して運動エネルギーを加える魔法だ。
対象の物体に働く重力や空気抵抗などを加味して魔法でエネルギーを与える。その設定が甘かったり間違っていたりすると物体に思わぬ力が働いてしまうのだ。
…今のクラウのように。
故に動いている物体を停止させるのは、止まっている物体を動かすよりも難しい。
既に働いている運動量を見極めて、全くの逆方向に全く等量のエネルギーを加えなければならないからだ。
寧ろ全力で鉄箱を弾いたり逸らしたりする方が楽だったりする。
………らしい。
私はそこら辺を全て感覚で行っているため理解できなかった。理論を頭の中で練るのではなく、才能で黒魔法を行使している。
だから、算術で私より勝るエミリーに、黒魔法で勝てるのだ。
つまり何が言いたいかというと、私の魔法は完璧に成功したということだ。
生徒達の悲鳴を掻き分けるような私の呪文は遺憾なく効力を発揮し、飛んできた鉄箱はピタリと縫い付けられたように停止する。
「もう大丈夫ですよ、エラ」
「えっ?」
頭を覆っていた腕を外したエラが空中に止まった箱を見詰めた。
そして一度私を見て、また鉄箱へ、そして再度私を見る。
「凄い…凄いですよロウェルさん!」
「知っています。私は天才ですから」
「はい! 天才です!」
ほう。
エラはとても良い娘のようだ。友達にしよう。
「ミス・シモンズ」
そんなことを考えていた私をミズ・マクミランが呼び止める。
「あっ…」
『授業中は決して私の許可なく魔法を使わないこと』
それがこの教室のルールだ。
違反すれば厳罰が下り、場合によっては退学も…。
「ミス・シモンズ、そう心配そうな顔をしないでください。今のがただの自衛行為だということくらい、私にも分かります」
「ほっ…」
「ただし、規則に例外があってはいけません。ミス・シモンズには何かしらの罰を用意します」
一度安堵させてから一気に落とす鬼畜な罠だった。
「ミス・シモンズ、考えていることが顔に出ていますよ」
「失礼…」
などとあったが結局、その日の内に私へ罰が下ることはなかった。
勿論、私より厳しい罰を受ける生徒が居たからである。クラウに補習と罰則の二重苦が確定した。
ちなみに、ソフィアもこっそり補習をくらっていた。
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