閑話1:入浴②
閑話はいったんこの話で終了になります
三人部屋に戻った私達は一にも二にもなくガウンを脱いだ。野暮ったい黒のガウンは湯上がりには蒸し暑かったのだ。
それぞれ割り振ったクローゼットを使い、皺にならないように掛けた。ガウンに皺が寄っていると、ミズ・マクミランの眉間にも皺が寄ってしまうからだ。
薄手のナイトウェア姿は心地好くて窓を開けて夜空を楽しみたいところだが、ソフィアが可哀想なので出来ない。
仕方なく杖を振ってカーテンを閉じた。
「クラウさんが髪を下ろしてるのは新鮮です」
「そうですね」
ソフィアが言った通り、クラウの濡つ淡い金髪は肩下まで下ろされていた。
入浴後なので当たり前なのだが。
普段はサイドテールに纏めている長髪が下ろされていると、いつもより少し色っぽいというか、女性らしさが強まっていた。
「そういえば、クラウは髪を乾かさないのですか?」
櫛を取り出しながら私は問う。
「いや、私は良いよ」
「手入れしないと痛みますよ。髪は女の命なんですから」
鏡台の前に座って髪を梳いていった。お風呂の後に髪の手入れをするのは私の習慣である。
鏡に映ったクラウは自分の髪を弄りながら返した。
「いや、私の髪はロウェルみたいに綺麗じゃないし……」
「そんなことありませんよ。ね、ソフィア?」
「ええ。上質な絹みたいでとても素敵ですよ。それに、お二人とも真っ直ぐで羨ましいです」
ソフィアはそう言いながら自分の髪の毛を撫でる。
確かにその髪はウェーブが掛かってふんわりしていた。所謂天然パーマなのだろう。
「私はソフィアの髪が羨ましいけどね」
「そうですか?」
「ほら、なんかお洒落な色してるじゃん。毛先だけ水色になってて」
「確かに、ちょっと特殊ですよね」
クラウの言う通り、ソフィアの白髪は毛先だけ淡い水色だった。全体の白とのグラデーションで良く映えている。
他に類を見ない素敵な髪色だった。
「私はこの髪、嫌いです…」
「どうして?」
「だって変じゃないですか…」
言い様が気になるところだが、ソフィアが沈んだ気配を出しているため聞くに聞けない。コミュニケーションが得意なクラウも同じらしく、微妙な沈黙が続いてしまった。
ここは何か適当な話題を振ろう。
そう思った私は直近で楽しみにしていることを思い出した。丁度良いのでそれを話題として振る。
「そういえば、明日はとうとう黒魔法の授業ですね」
「そういえばそうだったね。午後の授業は黒魔法かぁ………白魔法の方が楽しいのに」
ほほう…。
「そうですか、では戦争ですね」
私が杖を持つとクラウも杖を持つ。
長くもなく短くもない微妙な長さの杖だった。金属製で、重そうでもある。
「クラウの杖はなんというか…」
「剣みたい?」
「ええ。いつもは腰に差してますし」
「私も思ってました。その持ち手の部分、剣の柄ですよね?」
良く見れば確かにそうだった。
普段はガウンに隠れていて気づかなかったが、剣の柄に鉄製の杖が付いた作りになっていたようだ。
いよいよもって剣に見える。
騎士の娘に相応しいと言えば相応しいのだが…。
クラウが柄を見せながら説明してくれる。
「ああ……これはね、入学祝いに父から貰ったんだ。西方戦線の時に使っていたグリップらしい。ブレードの方は砕けちゃったみたいだけどね」
「それはまた…」
「お宝ですね」
「うん………お宝」
クラウはそう呟きながら愛おしげにグリップを撫でていた。
溌剌とした彼女が珍しく大人びた表情をしている。見惚れるほどに、見蕩れるほどに。
対人経験の少ない私にはそれがどういった感情なのか理解できなかった。
ただ、それが複雑な感情であることは理解できた。
「そういえば、ロウェルは父親が嫌いだって言ってたね」
「そんな話もしましたね」
「そうなんですか?」
そういえば、あれはソフィアと友達になる前の話だった。
「まあ、私の父親は事あるごとに偏見を私に植え付けてくる悪癖があるので。それにベタベタしてくるのも気持ち悪いです」
「おー、典型的だね」
「そうなのですか?」
「ロウェルって結構世間知らずだよね」
「お嬢様なので」
「自分で言うんですね」
「貴族の前で良く言ったよホント…」
そんな会話をしながら手入れの終わった髪を撫で、鏡台の椅子から立ち上がる。
「そろそろ寝ましょう。寝坊なんてしたら大目玉です」
「違いない」
「補習では済まないでしょうね」
三人が各々のベッドに潜る。
寮備え付けのベッドだが、スプリングの効いた良質なマットレスと羽毛の上質な布団だった。
先輩曰く、リリアーナ魔女学院は学費が高い代わりに生活で不便することはほとんど無いらしい。
このベッドもその一つということだろう。
就寝前にオレンジの光に照らされた室内を一度見回す。
「そういえば、ソフィアだけ枕が違いますね」
「はい、枕が違うと眠れないタイプで、持参したんです」
「それであの大荷物だったのか」
この部屋で始めて会ったときの大仰なトランクを思い出す。あれには枕も入っていたのだろう。
私は友人の新たな一面が知れたことを不思議と嬉しく思っていた。
「……」
「ロウェル?」
「いえ、何でもありません。明かりを消しましょう」
決して不快ではなく、しかし感じたことのない胸の違和感。
それを私は深く考えなかった。
正直少し眠かったのだ。早く床に付きたいと思っていた。
だから私は杖を構え、ランプに向かって振る。
「火よ消えろ」
初めての授業の連続で精神的にも肉体的にも疲れていたのか、その日は直ぐに眠ることが出来た。
【作者のお願い】
『面白い』または『続きが気になる』と感じていただけたらブクマや評価をお願いします。
また感想なんかも頂けたら飛び上がります。
作者のモチベーションに繋がるので、良ければお願いします