授業⑥
白魔法の補習を終えて一日目終了。
一区切りです。
白魔法の補習のために教室へ赴くとドアの前でソフィアが待機していた。
誰もいない廊下で一人立ち竦んでいる。
「ソフィア」
「あっ、ロウェルさん。思ったより早いお着きですね」
「ええまあ………ではなくて。何故入らないのです? 待つなら中で良いでしょう?」
「いえ…その…」
ソフィアの横を通りすぎて教室の扉を開けると、既にミスター・ホワイトが待機していた。先の課題の鉄箱の傍らで難しげな魔法書を読んでいる。
ミスター・ホワイト一人しか居ないと、教室は広大に見えた。
そして理解する。
「ああ、そういえば男性が苦手と言っていましたね」
「苦手とは言っていません。得意ではないと言いました」
「同じことでしょう」
私の背中に張り付いてソフィアも入室する。
歩きづらいことこの上ないがこうでないとソフィアには怖いようだ。背中くらいは貸してあげよう。
ドアの音に気が付いたのか、ミスター・ホワイトがこちらに目を向けた。
そして、その整った顔に微笑みを浮かべながら本を閉じる。
「やあロウェル、お疲れ様。ソフィアはまだ来てないのかい?」
「いえ、私の後ろにぴったり張り付いています」
「ああ…その大きな杖はソフィアだったのか」
体格の関係上、ソフィアは私にすっぽりと隠れる。しかし、ソフィアの杖は私からはみ出ていたらしい。
ミスター・ホワイトが苦笑いを浮かべた。
そして私は、背中に当たる双丘の感触に苦い顔を浮かべた。
「さて……時間が遅くなりすぎると寮の門が閉まっちゃうから、さっさとやってさっさと済まそうか」
「はい」
ソフィアも私の背中に向かって頷いた。
◆
「強化せよ」
杖を一振りする。
……やはり感覚的な違いは感じられない。
一応鉄箱を引っ張ってみるが、案の定びくともしなかった。
「はて…」
悩む私に少し長めの赤い杖を持ったミスター・ホワイトが話し掛けてくる。
「ロウェルはそもそも魔法が発動してないね」
「そのようです。どうしてでしょうか?」
「魔法のイメージが不完全なんだろう。ロウェルの得意魔法は何?」
「黒魔全般ですが?」
それがどうしたというのだろう。
「じゃあロウェルが黒魔法を使うとき、何を意識する?」
何を意識するか…。
少し考える。
そして出た結論は、
「……特に何も」
何も意識していない。
黒魔法を使うとき、呪文と杖さえあれば大抵は出来る。何か特別な意識をしたことはなかった。
「何も意識してないかー。ロウェルは黒魔法の天才なんだね」
「はい」
ミスター・ホワイトがくすりと笑う。
ちなみに、ソフィアも離れたところで忍び笑っていた。
「まあ、天才なのは凄いことなんだけど、感覚だけじゃ苦手分野は克服できない。理論と理屈とコツを覚えなきゃね」
「コツ……」
「そう、コツ。黒魔法だと現象と結果を想像するのが大切だけど、白魔法は対象を鮮明に想像するのが大切なんだ。だから、強化魔法を自分に掛けるときは自分の体を想像しながら魔法を使うんだ」
そういえば、魔法基礎学の教本に"白魔法は生物学に精通していると有利"と書いてあった気がする。
つまり、人間の身体をある程度理解する必要があるということなのだろう。
「良いかいロウェル。箱を持ち上げるのに重要なのは、腕より背中だ。そして踏ん張る下腿。背中の筋肉と足腰の筋肉を意識して魔法を使ってごらん」
「はい…」
今一度呪文を唱えて杖を振る。
…成功だ。
感覚的に分かった。
体に力が漲ってくるというか、少し暖かいような感触がする。
試しに箱を両手で引っ張ると、なんとかではあったが持ち上げることができた。
「出来ました……初めて白魔が出来ました」
「それは良かった。白魔法の楽しさを少しでも感じてくれたら嬉しいよ。それと、ロウェル合格。補習は終了……だけど、もう少し残ってくれるかな?」
ちらとミスター・ホワイトが視線を向けたのはソフィアだった。
魔法自体は発動しているのに箱は持ち上がらない。顔を真っ赤にして引っ張る彼女は愛らしく、痛々しかった。
「勿論です、ミスター・ホワイト。今は気分が良いので、待つくらいなら幾らでもします」
「ありがとう」
せっかくなので手伝ってあげよう。
私は歩いてソフィアに近づいた。
するとタイミングよく、ソフィアの腕がつるりと滑る。私は後ろ向きに倒れるソフィアを、慌てて受け止めた。
「きゃっ……」
「大丈夫ですか?」
「ロウェルさん…有難うございます」
「ええ、どういましまして」
今の一連の所作を見ていて思った。
彼女は非力なだけではない。おそらく極度の運動オンチでもあるのだろう。
手か滑って転びそうになっているにも関わらず、受け身を取ろうする動きが全く無かった。
「ロウェルさんはもう合格したんですね。おめでとうございます」
「はい。ソフィアも頑張って下さい」
「……それがどうも上手くいかなくて」
ミスター・ホワイトの言によれば、魔法自体は完璧に発動しているらしい。しかし、素の筋力が滅法弱いため持ち上がらないのだそうだ。
その場合どうすれば良いのだろう。
ミスター・ホワイトに助けを求めると、彼は首のチョーカーを弄っていた。
「ミスター・ホワイト?」
「ああ、ごめんごめん。ソフィアの方は簡単だから自分で解決に辿り着いて欲しかったんだけど………」
ミスター・ホワイトが腕時計をちらと見る。
「ボクもこの後やらなくちゃならないことがあって、時間があまりないんだよね。ソフィア、もう少し魔力を込めて杖を振ってごらん」
「え?」
「ソフィアのそれは素の力が非力なだけじゃない。魔力不足も原因の一つなんだ」
そんなことが…?
と、思ったのだが、ソフィアの顔を見ると何やら神妙な顔をしていた。心当たりがあるようだ。
しかし、私にはよく分からない。
「どういうことですか?」
「簡単なことだよ、ロウェル。ソフィアはきっと怖いんだ。そうだよね?」
ソフィアは私の背中に隠れながら頷く。
「ソフィアは肯定してます」
「そうかい」
「しかし分かりません。怖いとはどういうことですか?」
「誰も彼もが魔法を生活の一部と受け入れている訳ではないということだよ。リリアーナ魔女学院は幼い頃から魔法を習っていた娘がほとんどだからマイノリティかもしれないけど、魔法を怖いと思っている人も多いんだ」
私が振り替えると、ソフィアはまた頷いた。
ところでミスター・ホワイトはそこまで怖いだろうか。
男性が怖いというのも大変なものだ、と思った。
私が思考を脱線している間もミスター・ホワイトのアドバイスは続く。
「ソフィア、自分の体に魔法を掛けるのは怖いだろう。失敗したら、事故が起きたら……そういう不安が付きまとう。でもね、不安なまま魔法を使うと魔力が出力不足になっちゃうんだ。今のソフィアのようにね」
私には分からない話だ。
「でもねソフィア、大丈夫だ。白魔法の教員であるボクは万が一のとき、直ぐに対応出来る。危険だと思ったらソフィアの魔法を強制的に解除することも出来るんだ」
「ああ、だから杖を持っているのですか…」
「そうだよ。だからソフィア、安心して魔法を使ってごらん」
ミスター・ホワイトの話が終わり、私も黙る。少しの沈黙の後、ソフィアが私から離れて杖を構えた。
「強化せよ」
…やはり見た目上の変化はない。
「効果音の一つでも付いてくれればいいのですが…」
「ボクもそう思うよ」
しかしそうはいかないので、結果を見るしかない。
私達はソフィアが鉄箱に手を掛けるのを緊張しながら見守った。
そして、ソフィアが箱を上に引っ張る。
鉄の箱はいとも容易く持ち上がっていた。
「わ…私……」
「おめでとうソフィア、ごうか」
「ソフィア! やりましたね!」
ミスター・ホワイトが何やら言いかけていたが、構わずソフィアに抱きついた。ソフィアが慌てて受け止めてくれる。
重い鉄の箱が落ち、大きな音が鳴った。
それも気にならないくらい私は喜んでいた。
「ロウェルさん、大袈裟ですよ」
「いえ、むしろ足らないくらいです。花火でも打ち上げましょうか」
「もう、ロウェルさんったら本当におおげ…ちょっ、ロウェルさん!? 杖を取り出さないでください!」
ちなみに、ソフィアが止めなかったら天井が丸焦げになっていた。
「んんっ……ソフィア、改めて合格おめでとう。ボクの予定より早く終わって良かったよ」
はにかんだミスター・ホワイトがそう言って、私達を外へ促す。
その途端、ソフィアはまた私に合体した。
…と思ったら離れた。
そしてミスター・ホワイトに近づく。
「あ、あの…」
「どうかしたのかな?」
「あの、えと…その……あ、あり………有り難うございました」
そしてダッシュで戻ってきて私に合体する。
乙女か。
「あー、では…有り難うございました、ミスター・ホワイト」
「うん。二人ともおめでとう」
そして私達は廊下に出て中庭を目指す。
「男性が怖かったのでは?」
「はい。でもお礼は言わなければなりませんから。怖い男性ではないことも、分かっていますし…」
「お礼というよりは愛の告白の様でしたけどね」
「もうっ…」
そんな話をしながら、ふと思った。
ソフィアが課題をクリアしたとき、まるで自分のことのように嬉しかったのは何故だろう、と……。
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