授業⑤
補習、という響きに良い思いではありませんね。
魔女は様々な植物を儀式や調合で使う。
しかし、世界各国を巡りながら様々な植物を集めて回るのはめんどくさい。そのため魔女の界隈では、世界各国の植物を取り揃えている人が大変有り難がられた。
故に、魔女の世界には『グリーンサム』という称号がある。
マダム・スミスはその称号を持っている数少ない魔女の一人だった。
「世界中の、あらゆる植物を一人で育てるのは、簡単なことではありません。おいたをして、枯らしてしまうことの、ないように」
「自分でこんなことを言うのもあれなんですが、そんな場所に私達を入れて良いんですか?」
「良くは、ありません。しかし、わたくしも忙しい身。貴女達のためだけに、特別なワークを用意する時間は、ありません」
つまり、マダム・スミス植物の世話の手伝いをさせて、二つのタスクを一緒に熟してしまおうということなのだろう。
補習にも関わらず薬学よりずっと良い経験が出来そうでワクワクしてきた。
「それでマダム・スミス、私達は何をすれば?」
「貴女達には、蓬の植え変えを、やってもらいます。植え変えくらいは、やったことはありますね?」
「いえ、ありません」
「クラウ・ルーズヴェルトは?」
「ありません」
「………」
マダム・スミスは微妙な顔をした。
マダム・スミスは『グリーンサム』の称号を持つほどの魔女だ。私達が植物に全く興味を持っていないのは面白くないのだろう。
しかし、マダム・スミスは小言の一つもなく説明を開始した。
「まずは、鉢から蓬を抜きます。決して、蓬を傷付けることのないよう、丁寧に抜いてください」
マダム・スミスが鉢の一つを手に持ち、蓬を引き抜く。
「抜き取ったら、ある程度土を落とします。全部落とす必要は、ありません。枯れてしまった根があったら、それも除くように」
慣れた手つきで土を払い落とし、新しい鉢を用意した。
予め用意してあったらしく、軽石などは既に底に詰まっている。
「蓬を新しい鉢に入れたら、向きを調節しながら、土を入れていきます。終わったら、水を少しあげてください」
鉄製の如雨露を傾け、少しだけ水を掛ける。
ただそれだけで、物言わぬ蓬が生き生きとしているようにさえ見えた。さすがは『グリーンサム』の魔女だ。
「蓬は、汎用性の高い薬草です。故に、沢山あるので、二人で手分けして、少しでも多く、やってください」
「げっ…」
「これは…」
マダム・スミスが置いた蓬の鉢は百近くはあった。
とてもではないが、全部は無理そうだ。だからこその"少しでも多く"なのだろう。
「土の目安は、わたくしが今やった、これを基準に入れてください。クラウ・ルーズヴェルト、多すぎたり、少なすぎたりすると、蓬が枯れてしまうことを、忘れずに」
「…はい、先生」
名指し…。
「何かな、ロウェル」
「いえ、何でも」
視線をぶつけ合う私達。
先に折れたのはクラウの方だった。
「………はぁ。とっととやっちゃおう。ロウェルはもう一つ補習があるからね」
「ええ、そうですね」
そしてクラウは鉢を手に取り、マダム・スミスと同じ様に蓬に手を掛ける。
そして……
「うわっ!?」
何かに驚き手を滑らせてしまった。
滑り落ちた鉢が地面と当たり、音をたてて割れる。
この音に、いつの間にか遠くで作業していたマダム・スミスが振り返った。
「クラウ・ルーズヴェルト! どうしたのですか?」
「せ、先生…ムシが。何か黄色くて小さい虫が大量に!」
「植物なのですから、虫が止まることもあるでしょう。植物の育成には、ある程度の虫も大切です。慣れなさい」
「いや、慣れろって言われても。ね、ロウェル…………ロウェル?」
………
「どうした、ロウェル。ホムンクルスみたいにまったくな無の表情になって」
「………」
「えっ、ちょっ! いきなり杖を取り出してどう……馬鹿、やめっ…」
「焼却せ…」
「弾け」
私が杖を振るより早く、マダム・スミスの運動魔法に私の杖が飛ばされてしまった。
黒い杖が床の上をカラカラと転がる。
「何をするんです」
「それは、こちらの台詞です。ロウェル・シモンズ、植物園で火炎魔法とは、どういった了見ですか?」
「マダム・スミス、断っておきますが植物を燃やそうとした訳ではありません。虫を駆除しようとしただけで、植物が燃えてしまうのは副次的なものでした」
「それ言い訳になってないよ…」
クラウから冷めた目で見られてしまった。
「ロウェル・シモンズ、次に黒魔法を使ったら、退学ですからね」
「待ってください!」
「いいえ待ちません」
マダム・スミスはそう言って奥へと引っ込んでしまった。
「……」
さて困った。
これでは魔法で植え替えをすることも出来ない。
それはつまり直接手でやらなければならないということであり、つまり虫を……
「どうした、ロウェル。いきなり背筋を震わせて」
「いえ、今から始まる惨劇に武者震いをしていただけです」
「それ懲りずに魔法使うって言ってない?」
「言ってますが?」
「"それがなにか?"じゃないよ………あっ、こら! 杖を構えるな」
まるで植物を守るようにクラウが立ちはだかる。さすがは騎士の娘。
「あー、もう良いよ。私が全部やってあげるから、ロウェルはそれっぽい仕草だけしといて。私、虫そこまで苦手じゃないし」
「良いんですか?」
「良いよ。そもそも私のせいで補習になってるようなものだし。それに、友達のことを助けるのは当たり前だし」
「しかし、私は今のところ貴女に何か返せるものはありませんよ?」
「何かをせびってこんなことしてる訳じゃないよ………うぇ、ムシ気持ちわるぅ」
クラウは私に背を向けて作業を始める。
手についた虫を振り払いながら、当たり前のように呟いた。
「友達なら無償で助ける。当たり前でしょ?」
当たり前らしい。
◆
とはいえ、さすがに申し訳ないので私も多少は植え替えを手伝った。
…クラウの十分の一ほどの速度だが。
虫は苦手だが、全部にうじゃうじゃと付いている訳ではない。比較的マシなものを選りすぐって作業をしていた。
「それさ、逆に大変だよね」
「そうですか?」
「まあ、ムシが付いてないってことは元気がないってことだから、植え替えも難しくなるっていうか…」
「なるほど」
言われてみれば確かにそうだ。
しかし、私は虫が苦手なだけであって細かい作業は得意な方。不器用なクラウとの役割分担を考えれば、虫嫌いが良い方向に働いたと捉えることも出来る。
つまり虫嫌いは正義ということですね。
「ロウェル・シモンズ、何やら、下らないことを考えているようですが、貴女にお話があります」
「マダム・スミス、精神魔法を生徒に使うのはルール違反ですよ」
「使っていません。もう少し、考えていることを表に出さないよう、努力をしなさい。由緒正しき、リリアーナ魔女学院を卒業するなら、滑稽な魔女は、許されません」
「……はい、マダム」
滑稽とか言われてしまった。
恥ずかしい。
母が私の心をピタリと言い当てていたのは、精神魔法の技能だけではなかったようだ。
何故教えてくれなかったのか…。
「それで、お話とは?」
「そうでした。ロウェル・シモンズ、エレン・ホワイト先生の補習に、行きなさい。こちらは、もう結構です」
「ああ、そうでした。白魔もあるんでした」
私は手の土を払ってガウンの皺を直す。
「あれ先生、私は?」
「クラウ・ルーズヴェルトは、ロウェル・シモンズよりも、長い補習が必要でしょう。貴女自身も、理解しているはずです」
「………………はい」
………ふっ。
「ロウェルゥゥゥゥゥゥ! それが優しくしてくれた友達にする表情か!? 友人の不幸ではにかむな! 可愛いなチクショウ!」
「キャラクター変わってますよ。情緒不安定ですか貴女は」
「ロウェル・シモンズ、早く行きなさい。エレン・ホワイト先生が、お待ちですよ」
「はいすいません」
さめざめと泣くクラウを置いて、私は植物園を出た。
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