入学①
余り難しいないのでふわっと読んでいただけたら幸いです
最初はお家から話がはじまりますよぉ
初めて魔法を見たときの感動を未だ鮮明に覚えている。
「いいかい、ロウェル。よーく、見ておくんだよ?」
「うん!」
「じゃあそれっ、浮游せよ」
父が小ぶりな杖を一振りすると、しんしんと積もっていた雪が舞い上がった。
そして、嘘みたいな挙動で動き、少しずつ形を作っていく。
上下に二つの球体。
雪だるまだ。
「ねぇねぇ、もう一回見せて!」
「え? 仕方ない子だな、ロウェルは…」
その日は何度も何度も父にせがみ、庭が雪だるまで埋め尽くされるまで魔法を見せてもらった。
◆
「駆動せよ」
私が木の枝を振ると、魔法の掛かった騎兵が立ち上がって規定の位置に向かう。
これで丁度三十二個目。
チェスの全ての駒が並んだ盤面を見て、私は一つ頷いた。
そして一つ息を吸い、唱える。
「では、e4」
今度は木の枝すら振らずに言葉だけを溢した。
既に魔法によって『駆動する駒』になった歩兵は、指示に従って前に出る。
「次、e5」
黒を差すのも当然私。
何故ならこの部屋には一人しか居ないから。
私対私の出来レース。
この勝負は決まって白が勝つ。
「次、Nf3へ」
今度は白のナイトが飛び出て、敵の歩兵を射程に納めた。
「Nc6へ」
すると黒のナイトも負けじと飛び出て、味方の歩兵を援護する。
「Bb5へ」
そんな黒の陣営に対し、白の僧正が勇敢に乗り込む。
仲間を守ろうと立ち上がった騎兵の喉元に刃を突き付け、その奥に王を睨んでいた。
「……………a6へ」
たっぷり悩んで、私が選択したのは歩兵の進撃だった。
騎兵を取れるなら取ってみろという積極的な防御だ。黒もまだ悪くない。
「………――」
その後も、何度も黒と白の応酬が続いた。
全部一人でやっているのだから端から見れば寂しいだろう。虚しさを感じてくれる人も居るかもしれない。
…私もそう思う。
しかし、私は外に出られない。私だけじゃない。この国の子供達は外を知らない。
だから、同年代の友達などいないし、遊ぶことも出来ない。
寂しいかと問われれば寂しいし、悲しいかと問われれば悲しい。
というか、つまらない。
そんな私の退屈が飽和した世界に風穴が空いた。
無駄に詩的に言ったが、要は私の部屋の戸が開いたのだ。
木の戸がギィと鳴り、私の母が顔を出す。
そして、私の部屋をぐるりと回し見た。
「ロウェル! 本が好きなのは大変結構なことだけど、片付けくらいは自分でしなさいと言っているでしょう!」
…しまった。
この注意は通算二十六度目だ。それは怒る。
しかし、残念なことに私の魔法はチェス番に注がれてしまっている。
部屋を魔法で片付けるにはこの魔法を解かないと難しいが、この魔法を掛け直すのはもっと面倒だ。
「ロウェル…片付けくらい魔法を使わずにやりなさい」
「さすがの読心魔法ですね、母さん」
「娘の考えていることくらい、魔法を使わずとも分かるわ」
「さすがです、母さん」
ここで「愛は全ての魔法に勝る魔法だからね」と、言わない辺り格好いい。
娘として誇りだし、女として憧れだ。
………父さんとは違う。
「でも、一人チェスは凄いわ。一気に三十二駒も動かせるなんて………十五歳にして、黒魔法は私よりもずっと上手ね」
「当たり前です。私は天才ですから」
「そうね。まだまだ父さんには及ばないけど」
「………いつかは越えてみせます」
「そう信じてるわ。私も、父さんも…」
なんだろう?
こそばゆい。このまま今生の別れでも告げられそうな話の展開だ。
外に出られるのは大歓迎だが、家族と離ればなれになるのは許容しがたい。その二つを天秤に乗せれば、瞬時に家族に傾く。
そんなことを考えている私に、母はさらに言葉を続けた。
「そんな天才である貴女には学校に通って欲しいの」
「学校?」
「そう、リリアーナ魔女学院。由緒正しい魔女の学校よ」
魔女の学校か…。
「勿論、最終決定はロウェルが決めて良いのよ。でも…」
「そうですか。なら、行きません」
「そうよね。ロウェルは昔から魔法が大好きだもんね……少し、寂しくな…え?」
「だいぶ言いましたね。さては何て言うか考えていましたね?」
私が半眼で睨むと、母は視線をあらぬ方向へさ迷わせた。
しかし、それどころではないと頭を振って、向き直る。
「ロウェル、貴女何で………そんなに魔法が大好きなのに」
「ええ、わざわざ読心魔法を使われるまでもなく、魔法は大好きです。しかし、正直今さら学校に行って学べることがあるとは思えないのです………あっ、Qb4へ」
良い手が思い付いたので女王を突撃させ、王を睨ませた。
女が弱いという偏見の時代は終わったのだ。この女王こそが女性の強さを世界中に知らしめる女性になると信じている。
まあ信じるまでもなく、盤面はほぼ白優勢だ。今回も安定の出来レースだった。
「ロ…ロウェル!」
「?」
珍しく母が焦ったような声を上げた。
長く家族をやっているが、怒ることはあっても焦ることはなかった母が、だ。
ただならぬものを感じていると、入り口に立ち尽くす母のそのさらに奥から大柄な女性が現れた。
…違った。
ローブとトンガリ帽子のせいで大きく見えただけで、女性自体は至って標準的な体型だった。
「こんにちは、ミス・シモンズ。私はリリアーナ魔女学院で教鞭を取っている、オリヴィア・マクミランといいます」
余談だが、私の家、シモンズ家は少しだけ有名な商家なのだ。
部屋の片付けも出来ないガサツな私だが、礼儀作法は一通り出来る。
私は立ち上がってドレスの裾を手早く直し、柔らかく腰を曲げた。
「こんにちは、マダム・マクミラン。ご存知のようですが、私はロウェル・シモンズと申します」
「ミズ・マクミランと呼びなさい、ミス・シモンズ。私はまだ87歳です」
充分お年を召していると思う。
勿論、そんなこと口には出さないし、そんな考えも直ぐ様忘れようと頑張った。読心魔法に抵抗する魔法を、私はまだ使えないからだ。
私がそんな苦労を人知れずしている間にも、母がミズ・マクミランに頭を下げていた。
「すみません、マクミラン先生。私の娘はまだリリアーナ魔女学院について何も知らないんです。折角来ていただいたのに申し訳ないのですが、試験は少し待っていただいて…」
「その必要はありません」
若々しい見た目の母に頭を下げられるミズ・マクミランは、とても86歳とは思えないほどはきはきとした言葉で遮る。
「そんな……待ってください。少しだけ、少しだけ時間を下さい」
「落ち着きなさい、ミセス・シモンズ」
慌てる母をそう宥めたミズ・マクミランは、年不相応に伸びた背筋で、年相応に深さのある声音でこう言った。
「この年で既にこれだけの黒魔法が使えるのなら、試験の必要はありません。もし、ミス・シモンズ自身にリリアーナ魔女学院に来たいという意志があるのなら、私達の学院の門戸を叩くと良いでしょう」
そういうと、ミズ・マクミランは手に持っていた大きな杖を一振りした。
それに呼応するように、チェス盤上で黒の塔がスーっと、スライドする。
するとたちまち、白の女王はその巨壁のごとき塔によって見事に王を狙えなくなり、逆に、白の王に王手が掛かっていた。
そういえば、昔父が『いいか、ロウェル。杖の大きい女はみ~んなバカだ。いいな?』と、私に言い聞かせていた。
どうやら馬鹿なのは父の方だったようだ。
そして全ての女性よ、すまない。
貴女達の強さの証明はまだ少し先になりそうだ。
「………」
私は驚いていた。
チェスで優勢が引っくり返されたことにではない。…いや、それもあるのだが、もっと凄いことに驚いていた。
チェスの腕前よりも凄い、魔法の腕前に。
私が駒に掛けた"駆動せよ"は自立魔法と呼ばれる系統の魔法だ。
そして、自立魔法の掛かった物に別の魔法を掛けるとき、既に掛かっている魔法の抵抗がある。
場合によっては魔法が不発に終わるし、そうでなくとも緻密な操作は普通出来ない。
しかし、ミズ・マクミランは塔の駒をチェス盤のマス目にはみ出すことなく収めて見せた。
それはつまり、この私よりも圧倒的に魔法力が高いということだった。
「では、私は失礼します」
「あっ、マクミラン先生。今日はありがとうございました」
私は仏頂面のまま、ミズ・マクミランを見送った。
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