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WEB小説  作者: 秋月 忍
6/11

ナイアルラルトテップ

「そんなバカな」

 光男はにわかには信じられないようだ。

「ネクロノミコンはあくまで『架空』の魔導書。しかもネットに公開されているようなものですよ?」

「しかし、怪異はおこっている」

 山倉は指摘する。

「サイトがどのような目的であったにせよ、たまたま()()()そこに生まれることはあるものです」

「そうなのでしょうか?」

 光男は半信半疑である。

 山倉とて、絶対の自信があるわけではない。だが、この世の中には残念ながら理屈で説明できないことがある。

「ちなみに、この後の展開はどんな感じなので?」

「えっと。魔導書で儀式をすることによって、杉村は不思議な力を手に入れて、復讐を始めます」

 光男の妹の真奈美が、お茶を入れて戻ってきた。

 真奈美は席をはずそうとしたが、山倉はそばにいるように告げる。

 情報を共有することは、とても大事なことだ。それに真奈美は怪異の目撃者である。

「不思議な力とは?」

「夜に吠えるもの、ナイアルラルトテップからもたらされた力です」

 その名は、山倉でも知っている。ナイアルラルトテップ。別名、ナイアーラトテップ、ニャルラトテップ。とにかく、日本語表記に揺れが多いクトゥルフの神だ。数多くの作品に登場する、クトゥルフ神話の中でも抜群の知名度を持つ神である。

「えっと。確か、千の顔を持つとかいう神でしたっけ?」

「そうですね」

 光男が頷く。

「仏教の神さまよね?」

 真奈美がきょとんとした顔をする。

「え?」

 思ってもみない言葉に、光男と山倉が真奈美の顔を見た。

「あれ? だって、千手観音て顔がたくさん……」

「観音様は、千の手を持っているが、顔はたくさん持ってない。ついでに、顔が三つあるのは阿修羅。どちらにしろ、ナイアルラルトテップとは全然別のものだよ」

 光男が苦笑する。兄と違って、妹はクトゥルフ神話の知識は全くないらしい。

「……ごめんなさい。話の腰を、折ってしまいました」

 真奈美が頭を下げた。

「いえ。実は私の知識も名前を知っている程度のものですから」

 山倉は真奈美に微笑みかける。真奈美のおかげで、張りつめていた空気が少しだけ和らいだ気がした。

「つまり、杉村という男は、ナイアルラルトテップの力を借り、復讐をしながら次第に狂気に陥っていくわけです」

 光男の目に昏い光が浮かぶ。山倉は背筋がぞくりとした。

「ナイアルラルトテップとは、千の顔を持ち、変幻自在に姿を変え、人類を狂気に陥れる存在です。私の小説では、無貌の黒い影として現れます」

「無貌の黒い影?」

 その言葉に、真奈美が震えはじめる。

 真奈美が見た『影』は、ディスプレイの明かりの中でも、黒い影でしかなかった。

「一つ聞いてもよろしいですか?」

 山倉は慎重に口を開く。

「その話は、ハッピーエンドですか?」

「え?」

 光男は面食らったような顔をした。

 なぜそんなことを聞かれるのかわからない、と言った顔だ。

「あなたの予定していたラストがハッピーエンドなら、それでいい。そうでないなら。万が一にも、狂気の中で死に向かうようなお話であるのなら、すぐさま、ハッピーエンドの道を考えたほうがいい」

「どういう意味です?」

 光男は不満げだ。それはそうだ。小説のラストの変更を他人から求められるというのは、創作者として簡単に許せるものではないだろう。まして、クトゥルフ神話を扱うならば、恐怖と狂気を扱う作品だ。勧善懲悪な物語ではない。

「一つ聞きます。あなたはご自身の命と、小説を初志貫徹することとどちらが大切ですか?」

「え?」

 光男は首をかしげる。質問の意味が分からない、という顔だ。

 人類はしばしば、不条理な理由のために主義主張の変更を余儀なくされることがあった。天動説を受け入れなければ異端者扱いになるというような、正否を逆転するようなことがあった。物語においても、戦時下にはかなり制限があったという。

 そんな情勢下でも、自身を曲げず、貫く創作をした者たちもいるし、涙をのみ変更を余儀なくされた者もいる。

 それをどちらが正しいと決めることは難しい。

「あの。小説を書くのをやめたらいいのではないのですか? 少なくとも今書いている小説だけでも」

 真奈美が遠慮がちに口をはさむ。

「それは、無理です。頭の中に物語がくすぶっている限り、サイトやパソコンから小説を消しても、続きは書かれ続けると思います」

 雨の音が激しく打ち、風が戸板を揺らす。外はまるで嵐のようだ。

「この怪異を止める方法はひとつだけ。里中さん。()()()()()()()()小説を書き終えることだと思います。そして、杉村と共に滅ぶのも、救われるのも、あなた自身がお決めください」

 どちらにせよ、時間はそれほどありません、と、山倉は静かに告げたのだった。

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