第四話
里中家は、郊外の住宅街にある一軒家だった。
母親が半年前に亡くなり、今は兄と妹二人で、住んでいるらしい。
それほど大きな家ではないが、二人で住むには大きな家だ。
山倉は二人を乗せて、家のガレージに車を入れた。
家は、築二十年といったところか。新しいとはとても言えないが、周囲の家も似たような雰囲気なので、同時期に立てられたものだろう。
玄関に入ると、怪異のある家に共通する独特な違和感がただよっていた。
「あまりきれいにしていないのですが」
里中光男の妹の真奈美が、居間に山倉を案内しようとする。
「いえ。おかまいなく。それよりも、光男さんのお部屋をみせてください」
「え? あ、そうですね」
ここに山倉が来た理由を思い出し、里中兄妹は、二階へと山倉を導いた。ふらつく兄を妹が支えている。
「こちらです」
光男が扉を開いた。
山倉はわずかに開いた扉の角度から、真奈美の話から聞いた通り、パソコンディスクと、ベッドが見えることを確認する。
部屋は雑然としてはいるが、取り立てておかしなところは何もない。壁面に置かれた本棚の本は、様々なジャンルの本があり、とりたてて、オカルトに深く傾倒しているというほどではなさそうだ。
ただ、主にパソコンから嫌な印象を受ける。電源も入っていないパソコンから圧を感じるとは、おかしな話だ。
「電源を入れたほうがよろしいですか?」
光男に尋ねられ、山倉は首を振った。
「いえ。まだやめておきましょう」
もう少し情報を確認する必要がある。
「お話をお聞きしたいのですが、そうですね。この部屋でない方がよろしいかもしれません」
ぽつぽつと屋根を叩く雨音。じっとりとした湿度が体にまとわりつく。照明は明るいのに、わずかな影に何か潜んでいるように感じるのは、先入観だろうか。
ただ、山倉は経験上、こうした感覚は大事にすべきだと思っている。
「では、一階の居間の方で」
山倉は二人に案内されて、台所の隣の部屋に案内された。
テレビのある和室ではあるが、ソファとテーブルが置かれている。亡くなった母親が膝が悪く、和室で座るのが辛くなり、ソファを置いたのだと、光男は説明した。山倉は光男と共にソファに腰かける。真奈美は、お茶を用意すると言って、部屋を出て行った。
相変わらず雨は降り続いている。
「ところで、ご自身でない何者かが小説を書いていると感じたのは五話目だとお伺いしましたが、四話目はどんな話だったのでしょう?」
ひょっとしたらそこにターニングポイントがあるのかもしれない。確信はないが、そんな気がした。
「第一話は、主人公の経営する工場がある企業にはめられて倒産します。第二話は妻が病死。第三話は子が事故死します」
光男は淡々と語る。随分と気の滅入る話だ。
「第四話は、自暴自棄になった主人公が、とある町の寂れた食堂で、前の客が忘れたと思しき本を目にするのです」
「本?」
「はい。伝説の魔導書の写本『ネクロノミコン』ですよ」
光男の目が昏い光りを宿したように見えた。