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WEB小説  作者: 秋月 忍
3/11

依頼人 2

「影?」

「はい」

 女は頷いた。

「数日前のことです。兄が最近、体調が悪そうなので、ずっと気になってて。たまたま、私が兄の部屋の前を通りましたら、キーボードをたたいているような音がしました」

 女は、兄の手に触れながら、ゆっくりと説明をする。

「部屋の扉が、少しだけ開いておりました。部屋の電気は消えていました」

 里中家では猫を飼っているらしい。猫が勝手に出入りするので、扉を少し開けておくのはいつものことらしい。

 夜中の物音といえば、たいていは猫の仕業。普段なら気にすることもない小さな音だった。だが彼女は違和感を感じて、こっそり部屋を覗いたらしい。

「わずかな明かりは、パソコンのディスプレイでした。最初は兄だと思いました。しかし、ふと目を落とすとベッドに寝ている兄が見えました」

 見間違いではなく、呼吸のたびに布団が上下をしていた。

 それなのに、キーボードをたたく音は止まらない。

「もう一度、パソコン台の方に目をやりました。あいかわらず、パソコンの前には誰かが座っていました。ただ、ディスプレイの明かりは部屋全体を照らしているというのに、その()()は、黒い影になっていて、まったく光に照らされていなかったのです」

 顔も服装も全く見えない。ただ、背格好は里中と似ていたらしい。

「それで、あなたはどうされたのですか?」

 山倉は優しく尋ねた。

「あまりのことに、その場に座り込んでしまいました。多分、何時間もそうしていたと思います」

 女は、大きく息を吐いた。

「飼い猫が私のそばに寄ってきて、私は我に返りました。気が付くといつのまにか、タイピングの音は消えていて。兄の部屋を照らしていたディスプレイの光は消え、黒い影もいなくなっていました」

 翌朝、兄と妹は、自分たちの見た怪異について話し合い、思い違いや錯覚ではないことを確信したらしい。

「ふむ」

 山倉は眉根をよせた。

「それで、私のところにいらした、というわけですね?」

「はい」

 女は頷いた。

「念のためお伺いいたします。何者かが侵入した様子などは、見受けられなかったのですね?」

「はい。戸締りはしっかりしておりましたし、外から誰かが入り込んだ様子など、どこにもございません」

 里中は断言する。

「私の記憶と違っていたのは、私の小説が更新されていたことだけ」

 パソコンを開いて、最初の一行を入力したところまでは覚えているそうだ。

「ちなみに、この小説、あとどれくらいで終わると、ご本人では感じていらっしゃるので?」

 内容を読んだわけではないが、みたところでは、かなりの分量だ。

「おそらく、あと三話ほどだと思います。かなり佳境に入っておりますので」

 里中は首を傾けつつ答えた。

「それならば、かなり急がねばなりませんな」

 山倉は立ち上がった。

「あの? いったい何が起こっているのでしょう?」

 里中はすがるように山倉を見上げている。

「わかりません。だが、書き終えてしまったら、きっと間に合わない」 

 何がどう間に合わないのか、実際に山倉にも想像がつかない。だが、早々に手を打たねばならないことだけは確かだ。

 山倉は、車のキーを手に取った。

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