2. 翔生
「ここにはわたくし一人でございます。」
六の姫は、当たり前のようにそう告げた。 翔生は、驚いて六の姫を見つめた。確かに、この辺りは人払いでもされているのかと思うぐらい誰もいなかった。
本来なら、前王弟である自分であっても、後宮に入り込むなど、あってはいけないことなのである。
だが、後宮裏に続く森から、誰に止められることもなくここまでたどり着いてしまった。
警備はどうなっているのだ?
しかし、六の姫を見て誰が「王の娘」と思うだろう。 自分も末の息子ゆえ、かなり放置されてはいたが、父が生きていたころは警護の者が常にいたし、身の回りの世話をする侍従やその補佐をする侍女も複数いたものだ、
自分が7歳まで暮らしていた後宮は、もう少ししっかりしていた…と思う。すでに15年も経っているし、母は違う兄が王になってからの後宮がどうなっているのか分からないが。
「姫、おいくつになられる?」
「はい、あと十日ほどで8歳になります。」
「成人まであと2年か。・・・ここは、一人で寂しくはないのか?」
……。
姫は、唇をくっと引き結ぶと、視線を床に落とした。
「以前より静かに暮らしておりましたゆえ…」
翔生はしまったと思った。年端もいかぬ娘が一人で暮らしていて寂しくないはずがない。
六の姫は自分でどうにもできないことに、抗う手がないのだということに、遅まきながら気が付いた。
「花は…、花はお好きか?」
唐突な質問に、姫は不思議そうな目を向けた。
「え、ええ。好きです」
「わかった、ではこの次に訪れるときは花を持ってこよう」
そう言い残すと、翔生はさっと出て行ってしまった。
六の姫が、あっけにとられていると、遠くから軽い足音がして、厨房の下働きの娘が食材をもって現れた。
「姫様、遅くなって申し訳ございません。」
「いえ、大丈夫よ。そんなに遅くなったわけではないわ。」
娘は、食材を置くとそそくさと戻っていった。
翔生が誰で、なぜこのような離れに現れたのか、考え込んでいたために、昨日、なぜ食材が届けられなかったのか、聞き忘れたことを思い出したのは、朝餉も終わり洗い物を済ませてからであった。