7 訪れる大きな試練。あるいは――
あの後少しだけトラブルがあったけど、あえて語るほどのものでもないので割愛する。
二日後、私たちはウリル山脈へと向かうため森に足を踏み入れた。それ自体は予定通りなのであるけれども、予定とは少し異なり、ボルダ辺境伯からの依頼が追加されている。
何でも最近になって、猟師、冒険者たちの行方不明者が増加しているそうだ。ちなみに、この二種の違いは猟をメインの生業とするか否かである。
ただの猟師と侮るなかれ。魔物が強い辺境伯領でわざわざ猟を生業としているのだ。彼らは他の地域の猟師……下手をすれば魔物狩りを普段から行う冒険者よりよほど屈強で、獲物は兎や鹿などの動物のみならず魔物にまで及ぶ。
魔物の肉は毒でしかないので食用には適さないが、毛皮や角、魔石(稀に魔物の体内で生成される魔力を帯びた石のことだ)は有用な素材となり、猟師たち、冒険者たちの収入源の一つとなっている。一部例外もあるものの、強い魔物ほど質の高い素材となる傾向があり、辺境伯領近辺は腕に覚えのある者たちからすれば美味しい狩場であるのだ。
もちろん不幸な事故や自信過剰による無謀な挑戦で命を落としていった者たちも少なくないのだが……その中でも行方不明者(稀に帰ってくるけどほぼ遺体の見つからない死者と同義)がいつにも増しているのだとか。更には、魔物の遠吠えや、山の上の方で飛んでいる大型の魔物の目撃数も増えている、と。
偶々重なっただけかもしれない。でもひょっとしたら何か原因があるかもしれない。
なので、何か異変が起こっていないか念のため調査をして欲しい、とのことである。
先頭に妹、続いてフリードリヒ王子、後衛であるトマスくんとフレデリカ、非戦闘員である私、殿にアルベルトさんの隊列で道なき道を進む。
この旅でいくらか慣れはしたがまだまだ軽々といけるわけもなく、不確かな足元で滑ったり躓いたりしないようおっかなびっくり、妹たちが切り開く道をひーこらとついて歩いていた。
「ひぅっ」
草に紛れてわからなかったが小さな穴があったようだ。それに引っかかって転びそうになった私をアルベルトさんが素早く前に出て支えてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「……気を付けるとよい」
うぅ、何だか目線が怖い。いやこの人は最初からそういう目付きなんだけど、それでも怒られているような気がして妙な圧力を感じてしまう。
私のみっともない声に反応して振り向く妹に「大丈夫」と手を上げて、前を向くよう促した。
「マリナ」
「ん? 何?」
また間を空けるアルベルトさんと入れ替えに、今度はフレデリカがすすっと寄ってきた。内緒話でもするかのように、耳に顔を近付けてくる。
彼女とはそれなりに仲が良くなったのでたまに馬鹿話をすることもあるのだが、それでもこんな時に予想外の内容が囁かれてつい噴き出してしまった。
「シャルロットと、何かあった?」
「ブフッ!?」
慌てて口を押さえるが、少し漏れてしまう。
またも妹が後ろを振り向くが「何でもない」と手を振ってから、足元に気を付けつつもフレデリカとの会話を続ける。
「……何でまた急にそんなことを」
こう言ってはなんだが、彼女は魔法以外への興味が極端に薄い。勇者パーティに志願した理由が「未知の魔法が手に入るかもしれない」とのことで、勇者自体には特に思い入れもなく、その上内向的なので誰かと楽しくおしゃべりしてる様子も今のところ見たことがない。ただし魔法関係になると饒舌になる。
ちなみに、鍋の蓋の件で目出度く(?)私の能力も研究対象となったことで、私とのやり取りは増えている。……そういえばやたら妹が混じってきてたけど、ひょっとしてあれは私の能力が気になる以前に、ヤキモチとか焼いていたりしたのだろうか……うーん。
まぁ、なにかと会話が増えてきたとはいえ、まさか人間関係の話題が出てくるなんて、全くもって思っていなかったのだ。
「シャルロットの態度が、変わってる。何と言うか……粘着力が減った感じ?」
「粘着力って……」
いやまぁ、「依存症を利用してでも」と言われたばかりなのでお姉ちゃんあんまりフォローできませんけども。
「あと、マリナの様子も、変わってる。……少し、柔らかくなった感じ?」
「……えっと……」
妹の変化に気付いたことにも驚いたのに、私についても言及されるとは。他人に興味ないと思っていたけど、実は意外とよく見ているのかしら?
……私の変化に関しては多分、私が妹に認められていたとはっきり知ったからだろう。
自分には料理しかないと勝手に思い込んで、じめじめとひねくれていたのを、「そうじゃない」と気付かせてくれたから。
他のみんなに対してはわからないけど、少なくとも妹には料理の面を除いても必要とされている。それでいくらか自分のお荷物感が軽くなったせい、からかな。
「まぁ、ちょっとした姉妹喧嘩をやらかしてね。本音でぶつかって、色々気付かされて意識の変化があった……ってところ」
先日のことを思い出し、フっと頬が緩む。
耳に痛いことや恥ずかしいことも言われたけど、あれらは必要なことだったのだ、と今は感じている。
「……マリナ……だからそれは、ちょっと、ズルい……」
「うん? 何か言った?」
「……いや、ワタシの言い間違え。気にしないで」
元々ひそひそ声だった上に顔をそむけられてよく聞こえなかったのだが……気にしないでと言うのなら大したことはないのだろう。
「しかし、オマエたち、ケンカするのね」
「そりゃ喧嘩くらいしますよ?」
「……シャルロットは、マリナの言うことなら、何でも聞きそうなイメージだった」
いやいや、いくら何でもそれはないでしょう。
昔ならいざ知らず、今は割とワガママ言ってくるし、誰に似たのか頑固なところもあって自分の意志を押し通そうとすることも多々だし。この旅の間にもすでに色々目撃されてた気もするけど。
あぁ……食べ物に釣られてほいほい言うこと聞いてる印象がそれだけ強いのかな? だとしたら完璧に私の扱いが悪いね……ペットじゃないんだから改めないと。
「……………………まぁ、シャルロットのパフォーマンスが下がらないなら、いい」
私があれこれ考えているうちにフレデリカはそう残して隊列を元に戻した。
うーん? 言い方はあれだけどやたら間があったから、何か別のことを言おうとしてやっぱり変えた感じ。多分だけど。
どうやら私はまだまだ彼女の本音を聞かせてもらえないようだ。せっかく一緒に旅をしているのだから、もうちょっと信頼されるようになりたいな。頑張ろう。
「ごめん、そっち行った!」
「また上から来るぞ、気を付けろ!」
しばらく森の中を進んでいたら、レッドエイプの群れが襲ってきた。
一匹一匹は大したことがないのだが数が多いし、木が邪魔で武器を振り回すのに向いていない。加えて相手は身軽で軽々と木の枝を伝い、思いがけない方向から槍のように降って来る。
「ハァッ!!」
「……アローレイン」
さりとてそこはやはり勇者パーティ。普段の力が発揮できないながらも少々手間取るくらいでどんどんと討伐していく。
ちなみに、相変わらず魔物相手では何もできない私は巨木の幹を背に、前方と上方からの襲撃に盾で防御するだけで精一杯だった。正直、泣かなかっただけでも褒めてほしい。
何せレッドエイプは食に対して非常に貪欲であり、私の背負うバックパックから食べ物の匂いでも嗅ぎ取ったのか、執拗に狙ってくるのだ。
「プロテクション!」
「お姉ちゃんには! 触れさせない!」
いい加減魔物には慣れてきはしたけど、眼前で戦いが繰り広げられると、戦う手段を持てない身としてはどうしても恐怖が増す。せめて落ち着いて対処ができるように、心が強くなりたいものである。
みんなに庇われつつも何とか守り切り、全体の半分ほど減ったところで不利を悟ったのか残ったレッドエイプたちは慌てて逃げて行き、私含めて特に誰も大きな負傷をすることなく戦闘は終了した。
しかし。
「あれは――」
「シャルロット、どうした?」
「……レッドエイプの中に、銀の腕輪をしている個体が居たの。それも比較的綺麗な」
レッドエイプは魔物だ。装飾品を作ることなんてない。ひょっとしたらあるかもしれないけど、だとしても精々木の枝とか蔦とか、自然を利用したものだろう。銀細工などできるとは思えない。つまりは。
「ふむ、ここを訪れた猟師か冒険者を倒して奪ったものかもしれないな」
古い物ならともかく、新しい物であれば、ここに来る前に聞いた行方不明事件に関わりがある、かもしれない。
行方不明者の名前と人相のリストは見せられたけど、装備についてまでは詳しくは書いてなかったのだ。
「しかし王子、あの程度の魔物でこの地に住む者たちの多くが破れるとも思いませぬが……」
「さて、それは俺には何とも言えぬな。落としたものを拾っただけかもしれないし……何にせよ現時点での唯一の手掛かりなのだ。奴らが逃げた方向へ進むとしよう」
さすがにこれだけでは何も判断できない。たまたま魔物に負けた人が多いだけなのかもしれないし、難解な事件が起こっている可能性もないとは言い切れない。
元々当てもなく適当に奥に進んでいただけなのだ。フリードリヒ王子の提案に反対する人は誰も居なかった。
「マリナお姉さん、怪我はないですか?」
「うん、大丈夫だよ。いつもありがとうね」
細やかに気にかけてくれるトマスくんの頭に葉っぱが乗っていたのを見つけ、つい妹に対するものと同じ感じで頭を撫でるように払ってしまった。
やってから「しまった、馴れ馴れしかっただろうか」と思ったけど、トマスくんは気にした様子もなく「ありがとうございます」とはにかむように微笑みを見せてくれる。
……うん、ちょっと弟も欲しいなぁと思った。すでに可愛い妹が居るのだから贅沢だとわかってはいても……!
そんな私の邪念(?)が伝わったのか妹がこちらに寄って来る。
「お姉ちゃん、この先に進むけど、まだ歩ける? 大丈夫?」
「あ、うん、平気。シャルたちが助けてくれたからね」
「そう、それなら良かった」
特に何の糾弾もなく(いや、されるようなことはしてないんだけど)私を軽くハグしてから笑顔で手を振り、歩み始めたフリードリヒ王子に並ぼうと小走りに離れる。
……もっとベタベタしてきそうだと思ったのに何ともあっさりしたもので……確かにフレデリカの言う通り、妹の私に対する粘着……執着度が減少しているように見える。いや、一昨日のやり取りからすると、減っているわけではない、とは思うんだけども……。
ちょっとだけ寂しいような、ホッとするような、勝手ながらも複雑な気分を抱えるのであった。
道中で他の魔物と遭遇しながらも森から抜け、山のふもとに差し掛かる位置に廃村が発見された。
昔はこの先の山で武具製作に必要な魔鉄が採掘でき、鉱夫たちが拠点として村を作っていのだが、魔鉄の産出量が減ったのと魔物が強くなってきたのとで採算が取れなくなり、放棄されたとかなんとか。
お昼が近付いてきていたので空腹を訴える妹の言もあり食事休憩を……取る前に、安全確認も兼ねて先に周辺調査をすることにした。
「何か、変な感じがする」
「魔力溜まり(ホットスポット)。魔鉄が採れるということは、この地域の魔力が豊富ということ」
寒気でも感じているかのように腕をさする妹に、フレデリカが解説をしていた。
何でも地面の下に魔力が湧き出る地脈なるものが存在しており、そのラインの上、特にラインが交差、集積する地域だと非常に魔力が豊富になるらしい。その豊富な場所の呼び方の一つが魔力溜まり。
ここで魔法を使うと普段より威力が強くなったり、逆に圧迫感で体が不調になることもあるとか。また、魔力を好む魔物が増えるのでその辺りは注意が必要である。
うーん……魔力か。確かに、軽く腕を振るともわっとまとわり付くような感触がすると言うか、空気が重いと言うか、不思議な感覚がする。
廃村で手入れなどされているわけもなくボロボロの家屋ばかりとはいえ、中には屋根が残っている物もあり雨風を凌ぐことも可能だ。
ここに誰か猟師、冒険者たちが仮宿として滞在していないか軽く探してみたが、見つからない。付け加えると、遺体とかも見つからない。
代わりに、レッドエイプのものと思われる毛や足跡が残っており、さっき逃げたもしくは別の群れがここに来ていることは確かなようだ。
「王子、少々よろしいでしょうか」
「どうしたアルベルト」
アルベルトさんが何かを発見したのか、呼ばれた王子のみならずみんなでぞろぞろと見に行く。
そこには、大きなバックパックと焚火の跡が残っていた。
バックパックは砂埃をかぶってかなり汚れているものの、中に入っていた食料の様子を見るからに用意されて十日も経っていないものだし、焚火跡だってそんなに古くない。食事関係であるならば私の目は確かですよ。
しかし……どこか引っかかるような……何だろう。
「ふむ。荷物を残したままと言うことは、ここで不測の事態が起こったか……? 各自、より注意を払うように。この奥も探してみるぞ」
更なる注意を促すフリードリヒ王子の言葉と足音を耳に捉えながらも、どうしてものどの奥に小骨が引っ掛かったかのように気になってしまい、その場に留まり考え込む。
「マリナ?」
問いかけるフレデリカを余所にふと下に目を向けると、地面に何か変な光が薄っすらと見える気がする。これも地脈の影響なのかな?
何となく気になって、せっかく詳しい人が側に居るのだから尋ねてみた。
「ねぇフレデリカ」
「……なんだ?」
「この線って、何なの?」
足元に引かれた、一本の線。
踏んでこすってみるけど、消えやしない。妙な異物感と共に残ったまま。
「……なに? 線、だと……?」
フレデリカが、私が指さした地面を見つめる。
線の内側に、私と、フレデリカと、アルベルトさん。そして、先ほどの荷物。
――そこで、ピンと、私の頭にも線が引かれたように繋がった。
「あ、あああああああっ」
「まさか、ダメ! これは――」
私とフレデリカの叫びが重なる。
直後。
カッ――――!
光が、溢れた。
「お姉ちゃん!? おね――」
「フレデリカ殿! マリナ殿!」
妹が慌てて私を呼ぶ声と、横から抱きしめられるような感触と共に、私たちは光に呑まれた。
何が引っ掛かったかって、あれだ。
食料。
レッドエイプたちが、手を付けなかった。
つまり、手を付けられない何かがあることに――
目の眩むような光が収まると、浮遊感に襲われた。どうやら宙に放り出されたようだ。
これが高さ何十メルとあったらそれだけでもう危険だったのだが不幸中の幸いかそんな事態にはならず、すぐに地面へと叩きつけられることになる。
……アルベルトさんが。
「ぐっ……!」
飛ばされる直前、私とフレデリカを守るように咄嗟に動いてくれたようで、三人固まった、アルベルトさんを下敷きにした状態で落っこちたようだ。
「あ、ありがとうございます」
「びっくり、した」
私たちはお礼を述べてから上から退き、何が起こったのか現状把握に努める。
軽く体を動かしてみたけど、身体的に異常はない。フレデリカは魔力的にも異常がないとのこと。
しかし……明らかに、光に呑まれる前と景色が違う。廃村に居たのに、山のどこかに飛ばされてきたようだ。
今立っている場所はそこそこ広く比較的平らであるが、ちょっと離れると岩がゴツゴツとしていたり、傾斜が急になっていたり、そこに落ちていたらと思うとゾっとする。
そして標高が高くなっている。木々に埋もれ、山は見上げるばかりだったのに、今では逆に木々を見下ろしている高さだ。
あとは、今この場に居るのが私たち三人だけと言うことだろう。大きな声を上げて名前を呼んでみても、答えが返ってくることはなかった。
こうなった原因としては……どう考えたって、先ほど発生した光のせいだろう。直前の行動を思い出し、私は顔を青ざめさせる。
「……ごめんなさい、私がモタモタしたせいで……」
私が荷物に気を取られずさっさと移動していたら避けられたかもしれない。
自分一人ならいざ知らず、二人まで巻き込んでしまったことに謝罪の言葉しか出てこなかった。それと同時に、自分一人ではぐれたわけではないことに安心していたりするので、身勝手だなぁと自己嫌悪に陥る。
「いや、魔法の罠だったから、ワタシが最初に気付くべき、だった」
「責任を問うなら、あの場に誘導した自分にもあるだろう。それよりもこの後どう動くべきかを考えるのが先決だ」
けれど、フレデリカもアルベルトさんも私を責めることはなかった。誰にも責任はある、反省は後でするとして今は建設的に動くべきだと。
感情を押し殺しているわけではなく、二人とも本気でそう思っているようだ。パーティの面々はみんな親切で私は恵まれているなぁ、とこういう時につくづく思う。
うん……ぐだぐだ後悔していても仕方がない。これからの行動で挽回に努めよう。
気持ちを切り替えて意気込んだところで、私ははたと疑問に思う。
「ねぇフレデリカ……シャルたちも、こっちに飛ばされてくると思う?」
「……わからない。しかし、あれから数分経っている。彼女たちは飛ばされなかった、もしくは、別の場所に飛ばされたと、考えるべき」
「そっか……」
少し離れていたとは言え、数秒とかからず距離を詰められる位置に居たのだ。この時点で現れていないのならば、そう言うことなのだろう。
「それにしても、マリナ、よく、あの線に気付いたな。ワタシでも、魔力視を意識的に発動しなければ、見えなかったのに」
「え、そうなの?」
薄かったけど、凝視しなければ見えないほどでもなかった。みんな見えているものだと、見えていてそれが地脈上で起こる「当たり前の現象」なのだからと口にしていないのだと思っていた。
魔力の感知は体内の保有魔力量に関係しておらず個人差があり、魔法使いなら大体できるけれども魔法使いでなくてもできる人はできるらしいので、私もその類のものだった、ってことなのかな。
とは言え、優秀な魔法使いであるフレデリカより先に私が気付くのは妙な話だなぁ。
「……どうやら、行方不明の原因の一つにこのトラップが関係しているのは確定のようだな」
低く、唸るように声を絞り出すアルベルトさんが見詰めていたのは……黒い、元は血だったと思われる跡。そして、骨であった。
それだけだったらまだこの辺りを生息域としている動物や魔物の物だったかもしれない。
でも……折れた武器や鎧の破片も散らばっているので……人の物であるのは決定的だろう。
「詳しく調べるべきであるが、まずは合流を目指そう。自分が先頭、マリナ殿が中、フレデリカ殿が後ろだ。何か気になることがあったらどんな些細なことでも報告してくれ。特にフレデリカ殿には魔力的な物にも注視してほしい。負担がかかるだろうがよろしく頼む」
アルベルトさんが手を叩き、パパっと方針を決めていく。
転移トラップの先、それも人が死ぬような危険な場所で、パーティの戦力が半減した上に私と言うお荷物を抱えている状態で調査なんてしていられない。安全第一に早くみんなと合流を目指すのは賛成だ。
……安全を考えるなら、私たちはもっと早く動くべきだったのだ。それこそ、形振り構わず、とにかく「ここ」から、離れるべきだった。
ズン――――
下山しようと歩きだした私たちの背後から、大きな音が響いた。
先頭に位置していたアルベルトさんが素早くフレデリカの後方、つまり音に対しての最前面まで移動し、剣と盾を構えて「何か」に備える。フレデリカも向きを変え、杖を構えていつでも魔法が使用できるようにしていた。
私はと言えば、早々に恐怖に体が震え始めると共に、また足元が気になっていた。
廃村で見えたものと同じような、でもわずかに強くなっている光が走っていることに。その光が音の方向に向かってゆるゆると流れているように見えることに。
そして、ザワザワと言うか、ゾクゾクと言うか、快とも不快とも判別付かない、私の情動を掻き立てるような、奥底から引きずり出すような、不思議な感覚が体中を覆い尽くそうとしている。
ガンガンと、頭の中でアラームのような何かが鳴り始め、少しずつ大きくなっていく。
ズン、ズンと、音が近付いてくる。
やがて、山肌の陰から。
現れる。
大きな、赤い山が。
――チリ、と、腕が疼いた。