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4 ちょっとした裏技

 そこはなるほど、確かに祭壇と称するべき場所だった。

 直径五十メルほどの円形の部屋。その中央に円錐状の階段が設けられ、その頂点で人の頭くらいのサイズの丸い珠が明滅していた。

 階段には床や壁と同様いくつもの溝が刻まれており、その溝はエネルギーの通り道なのだろうか、頂点から水が流れるように時折珠と同じ色の光を放っている。


「……自分が確認した時と少し変わっております。先ほどはあのような珠は存在しておりませんでした」


 あんなに目立つ物を見落とすことはまずないだろう。つまり。

 全員が、ゆうしゃの方を見た。


「まぁ……あたしの出番、だよね」


 みんなの視線を受け、不安そうに聖剣の柄を一撫でしてから、妹はゆっくりと中央へ向かっていく。

 そろりと階段の一段目に足を掛ける。何度か踏んで確認をしてから、問題はなさそうだと一歩一歩登っていった。大して高くないので、すぐに頂点へと辿り着く。


「近付くだけでは特に何もナシ、か。うーん、触れってことかな? ……あわわわっ」

「シャル!?」


 珠に触れた妹が慌てたような声を出し、すわ異変か!?と全員が身構え、何もできない私もつい後先考えずに駆け出そうとしてしまった。


「だ、大丈夫っ、ビックリしただけだから!」


 片方の手で珠に触れたまま、もう片方の手で問題ないと押しとどめるように振って来るので、全員武器に手を添えたままであるものの、肩の力を抜く。


「ふぅ、全く。其方に何かあったかと思ったぞ」

「……うぅん、何かある、と言えばあるんだけど……」

「何だと?」


 よくよく見てみると、溝を流れる光の向きが逆になっていた。

 上から下に流れていたのが、下から上へと。……妹の方に、流れて行っている? その予想は当たりだったようだ。


「この珠を通じて、エネルギーがあたしの方に流れてきて……譲渡されてる感じ? ちょっとずつ聖剣の加護が増してきている……ような気がする」

「つまり、神の力が眠る遺跡と言うのは真実で、こうして勇者に力を与えるために存在していた、と言うこと?」

「それが正しいかもしれませんね。光にどことなく神の御力を感じます」


 パーティ一博識であるフレデリカと、パーティ一神様に詳しいトマスくんが隣で考察している。なるほどなるほど。


 しかし……神様の力、か。

 私はふと自分の両手を見つめる。

 あの星降る夜に願ったことで手に入れた能力。

 きちんと調べたわけではないので詳細はわからないけど、願いごとをした全ての人の願いが叶えられたわけではない。むしろその後に大した騒動が起こらなかったので、叶ったのは他に居ない、居たとしてもごく少数と見るべきだろう。

 何故ただの一般人でしかない私にこの能力が宿ったのだろう。いくら考えても、わからない。


「……終わった、かな?」


 妹の声に、私は深く潜りかけていた思考を浮上させる。

 気付けば光は薄くなり、尽きようとしていた。妹に全ての力を渡し終えたのだろうか。

 光源が絶えたことにより視界が薄闇に包まれようとしていたが、フレデリカが光の魔法を使って照らしてくれる。


 ズズッ


「おっと」


 地が揺れ階段を降りていた妹が態勢を崩すが、立て直すよりはいっそとばかりに飛び降りてきた。

 揺れは一時的なものではなく、まだ微妙に続いている。付近に火山はなかったはずだけれど……何だろう。

 ピシリと、どこかに亀裂が走ったような音がした。少しずつ、軋みが大きくなっているような気がする。


「地震か? ……遺跡が崩れてはたまらんな。目的も終えたことだし外へと急ぐか」

「……これ、まさか……」


 妹の声が震えている。その視線は、先ほど力を受け取った自分の手へと向けられていた。

 同じく何かに思い至ったのか、フレデリカがあちこちに目をやっている。私も釣られて見てみるが……少しずつ周囲の闇が深くなっている。祭壇だけでなく部屋全体の光が消えかけている……?


「……力の譲渡をトリガーに、遺跡を保つ力が失われ……崩壊を始めて、いる?」

「!!」


 少しばかり焦りを滲ませた声で告げられた内容は、全員に緊張を強いるには充分だった。

 パキっと鳴る音は、遺跡の崩壊音か、それとも――


「あ、あた……あたしが……っ」

「くっ、シャルロット、後にせよ! 急いで脱出するぞ!」


 手を震わせて呆然としている妹をフリードリヒ王子が強引に引っ張る。弾かれるようにみんな慌てて出口へと駆け出した。


 簡単に脱出とはいかなかった。

 何せ足元が揺れるのだ。走りにくくて仕方がない。その上、遺跡の壁が倒れてきたり天井から瓦礫が落下してきたりで周囲にも気を配らなければならない。

 さらに、こんな時だと言うのに魔物が襲ってきた。魔物の多くは狂っている。自分たちの命を守るより、他者の命を奪うことを優先するのだ。

 行く手を阻む石を弾き飛ばしながら、魔物を斬り捨てながら、私たちは来た道を戻っていくが――


「痛っ」

「トマス!」


 崩れてきた壁に運悪く巻き込まれて、トマスくんが足に怪我を負ってしまった。おかしな方向に曲がっているので、骨が折れているのだろう。

 普段であれば回復魔法で治すところであるが、そんな悠長なことをしていられる状況ではなかった。

 痛みを押して走ろうとするもそれは叶わず立ち上がることすらできない。誰かが背負おうにも、まるで道連れとばかりに魔物が襲ってきて手が離せない。

 トマスくんは諦めたのか、弱々しい笑みを浮かべ、今にも泣きそうだった。

 その顔は、病弱だった頃の妹がたまに覗かせた、絶望というものによく似ていて。

 私は、その顔を見るたびに心が掻きむしられ、何もできない子どもの身でありながら「何とかしなければ」と焦燥を覚えたものだ。


 あぁ……本当に、もう。子どもに、こんな顔はさせたくない。させてはいけない。


「……みなさん、僕に構わず、先に進んでください」

「そんなこと――」


 できるわけがない、そう続けようとした誰かの声を遮る。


「トマスくん、これ持って」

「……はい? 鍋の蓋……?」


 唐突に私が盾代わりにずっと持っていた鍋の蓋を渡され、うっすらと浮かべていた涙が引っ込んだようだ。代わりに疑問符が飛び交っているが。


「マリナ、一体このような時に何を――」

「いい? 君は今、鍋の蓋です」

「……はい???」


 意味不明でしょうそうでしょう。でも説明している余裕はないのごめんね。

 何やらツッコミも聞こえてくるけど構っていられません。


「よいしょ、っと」

「わわわっ?」


 これはトマスくんじゃない、鍋の蓋である。そう心の中で自分にいい聞かせて彼を抱き上げる。うん、軽い、これなら行ける。

 腕の中でトマスくんが目を白黒させている。まぁ、うん、最弱ゴブリンすら倒せない女にそんな力があるのかとビックリするよね。


「私が運びます! みなさんはそのまま道を開いてください!」

「お、おぉ……」




 そうして崩壊に向かう遺跡を駆けること数分、私たちは何とか全員脱出することができた。


 大きな音を立て、つい先ほど駆け抜けてきた入り口が石で埋め尽くされる。後少し遅かったら……考えるだにゾッとする。

 念のため私たちは遺跡からもう少し離れてから、命が助かったことに深く息を吐いた。


「ここまで来れば大丈夫かな。降ろすよ?」

「……あ、はい。その……ありがとうございまし……いたたたっ」


 落ち着いたところで自分がどのような状況なのか思い出したのだろう。苦痛に顔を歪めながら回復魔法を使用し始めたトマスくんを後目に見ていると、息を切らしているフレデリカに疑問を投げられた。


「……マリナ、意外と、力持ち?」

「あー、これは何と言うか……裏技みたいなもの?」


 うらわざ?と首を傾げるフレデリカに、何と説明したものかと脳内でまとめる。


 私は、料理に関すること以外は無能だ。けれども逆に言えば、料理に関することなら色々できる。

 ぶっとい骨付き肉を易々と断ったり、大きなフライパンを振り回したり、スープでなみなみと満たされた鍋を苦もなく持ち運んだり。

 そう、料理に関することとなると、この体に補正が掛かるのだ。

 だから私はトマスくんに鍋の蓋を持たせて「彼は料理に関することなべのふただ」と誤認識させることで能力を発動させた。

 ちなみに今私は大きなバックパックを背負っているが、この中に食材や調理器具が入ってる影響で実のところそんなに重さを感じない。

 とはいえそれに頼ってばかりだといつまで経っても体力が付かないので、たまに能力の出力を落として鍛えていたりする。今のところは少しずつ効果は出てるみたいだ。

 ……剣や盾を持ってもいつまでも重さになれなかったけど、包丁やフライパンで素振りでもすれば筋力が付くかしら。今度試してみよう。


「なるほど。結構便利な能力? 今度ワタシも検証に付き合わせてほしいな」

「あはは、それは助かるよ」


 フレデリカの知的好奇心が大いに刺激されたようだ。無表情気味の彼女の目がわかりやすく輝いている。

 助かるのは正直な話。私もこの能力がどこまで応用できるのかわかっていないのだ。違う視点を持つ彼女の知識が借りられれば解明は進むかもしれない。

 そうやって能力談義に花を咲かせようとしたけれども、そうはいかなかった。


「シャルロット! おい、しっかりしろ!」


 フリードリヒ王子の切羽詰まったような声に慌てて妹の方に振り向く。

 まさか受け取った力が体に合わずに何か異変が?と思ったけど、そう言うわけではないようだ。


「あたしのせいで、あたしが何も考えずに、迂闊にも力を奪ったから、きっとトラップか何かが発動して、みんなを危険な目に……っ」

「そのようなことはない! 自分を責めるな……!」


 自分のせいで遺跡が壊れ、危うくみんなを圧死させるところだったと自責の念に囚われているようだ。フリードリヒ王子が執り成しているが聞き入れる耳を今は持っていない。

 ……まずは落ち着かせるとしよう。


「シャル、落ち着きなさい」

「ふぐ――」


 私は袋から取り出したクッキーを妹の口に半ば無理矢理詰め込んだ。非常時なのでちゃんと「濃い」やつだ。

 お姉ちゃん一体何を、と言いたげな目を黙らせるかのようにもう一枚クッキーを詰め込む。そこで味に気付いたのか文句をうっちゃって咀嚼を始めた。

 この食い意地に嘆くべきか、こんな妹にした私の責任は重いと言うか……複雑な心境であるが、パニックが治まっている間に建て直さないといけないので今は考えないことにする。


「シャルは勘違いしている。あれはトラップなんかじゃない」

「で、でも、実際に遺跡が崩れて……」

「トマスくん、あの遺跡に流れていた力は、ちゃんと神様のものだったんだよね?」

「は、はい。間違いなく」


 私には力の種類の違いなんてわからないけれど、神に仕える神官が断言するのだからそこに間違いはない。

 仮にあれが神様以外……例えば魔王由来の力だったりしたら、のこのこと力を奪いに来た愚かな勇者を抹殺する、なんて意思もあったかもしれない。

 でも神様であればそれはない。だって聖剣は神様によって授けられた物、つまり勇者は神に選ばれた者なのだ。わざわざ自分で選んだ勇者を自分で殺すなんてことはない。もしあったとすればそれはもう邪神だ。聖なる剣などと言う代物にはならない。


「フレデリカはどう思う?」

「あの遺跡はかなり古かった。おそらく、元々そんなに力が残っていなかった。勇者に譲渡されたことで、維持できなくなった、と予想する」

「遺跡を根城にしていた魔物も多かった。魔物に奪われたか、護りの力が弱まったことで魔物が棲みついたかはわからないが、どちらにせよ力がなくなりかけていたのは事実だと自分も思う」


 アルベルトさんからも補足された。なるほど、そんな考えもできるのか。


「つまり、ただ間が悪かっただけのことなのだろう。其方が気にするようなことではないのだ」

「そう……なのかな……」

「そうなの」


 フリードリヒ王子のフォローを受けつつも自信なさげに俯いた妹の頭をくしゃりと撫でた。……そういえば最近こうすることが減っていたかもしれない。


「それにあれはシャルが珠に手を触れることをみんなが勧めたんだ。つまり、みんなの責任ということ」


 いつまでも幼い子どものように扱うのはダメだろう。でもだからといって、放り投げるのは、もっとダメだ。


「……ねぇシャル、君はまだ子どもだよ。だから私は決してシャル一人に責任を負わせなんてしないし、させない。お願いだから、そんなに抱え込んで、気に病まないで」


 確かに妹は勇者であるし、年齢よりはずっとしっかりとしている。けれど、まだ成人前なのだ。

 子どもに責任を必要以上に背負わせていないだろうかと省みなければならないし、心のケアもするべきだ。


 私は忘れかけていた。

 妹が勇者として擁立されてしまった日に抱いた、あの怒りを。

 小さな子どもの肩に、国の、世界の命運を背負わせようとする大人たちに抱いた、あの憤りを。


 私は決して忘れてはいけない。

 妹は望んで勇者になったわけではないことを。

 勇者になった、させられた途端に、心まで成長したわけではないことを。


 私は妹離れを口実に色々と怠っていたかもしれないな……。


「私に戦う力は全くないのだけれど、それでも私は君の力になりたいと願うよ」


 勇者に向かってこんなことを言うのは傲慢かもしれないけれど、私は君の姉なのだからね。

 心の中でそう呟きながら、妹の目にわずかに浮かんでいた涙を拭った。


 ……ん? 隣でアルベルトさんの「ほぅ」と感心したような声がしたけど、はて、何に感心したのだろう。


「ところで、体に異常はない? 痛いとか、熱いとか、気持ち悪いとかは?」

「え……あ、うん……特にない、かな」


 神様のものとはいえ、外側から力を注がれたのだ。体に差し障りが出る可能性がないとは言い切れない。

 手甲を外して珠に触れた手の平を見る。特に赤くなったり青白くなったりはしていない。脈も普通。腕に変な跡が出ているわけでもない。ぼーっとしているように見えたので熱でも出たのかと額を合わせてみるがそれもなさそう。首筋に触れるとくすぐったいと身を捩られた。

 医者のようなことはできないけど、以前病弱だった頃の妹にしていたあれこれを思い出しながら様子を見ていく。……後になって私より確実に詳しいであろうトマスくんにお願いすべきだったと思いついた。

 気付けば妹は納得したのか調子が戻ったのか、血の気が引いていた頬に赤みが差し、へにゃりと表情を緩めながら私の方を見ていた。


「ん? どうかした?」

「えへへ……お姉ちゃん大好き」

「? そう、私もシャルが好きだよ」


 さっぱり会話の繋がりがわからなかったけど、とりあえず答えておいた。まぁ可愛い妹ですし、頑張ってるのは見てきてるし、嫌いになることは早々ないよ。

 ギリ、と変な音が聞こえてきたので意識を向けてみれば……歯噛みしているフリードリヒ王子が目に入った。そしてそれを生暖かく見守るアルベルトさん。

 私は何も言わずにそっと視線を逸らすしかなかった。


 前々からこんな感じに睨まれることが何度もあって、その度に思ってたのだけど……私はただの家族枠ですよ……そんな嫉妬されても困りますがな……。


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[一言] 尊い。 王子には理解できないか
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