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2 勇者認定に否応なく巻き込まれる

 経緯としてはこのような流れだ。


 選ばれし者――勇者のみが鞘から抜くことができる特殊な魔法の掛かった、神様により授けられた聖なる剣が王宮の宝物庫に保管されているらしい。

 近年魔物の動きが活発になり、もしや近々魔王が復活するのでは、と言う噂が市井にも流れており、私も耳にしたことがある。

 国王は国民の不安を払拭するために勇者を擁立しようと、大々的にお触れを出した。「勇者よ、立て」と。

 お触れに対して「へぇー」と思ったものの私に関係あるわけないな、と特に気に留めておらず……妹が関係してしまうとも露ほども思うわけもなく。

 勇者の能力は血筋由縁ではないらしいが、まずは上から……ということで、貴族の爵位が上の人たちから順に勇者の剣を鞘から抜けるか挑戦をすることになった。

 妹も伯爵様に引き取られたことで貴族として登録されてしまったので、その対象である。そう、対象となってしまっていたのだ。

 街中で埋もれていれば、触れずに済んだかもしれないのに。いや、冒険者の活動で有名になってきていたのでどのみち逃れられなかったかもしれない。

 そして妹の順番になり、目出度く(?)勇者の聖剣の優美なる刃がするりとお目見えしましたとさ。


 王宮は上に下にの大騒ぎとなった。

 聖剣に選ばれたとはいえ、妹はまだ成人すらしてない少女である。冒険者としての成績を耳にしている人も居るだろうけど、王宮には知らない人も多く、実力を疑問視する声は当然ながら上がった。だったら何故抜かせようとしたのかという疑問がわくけど、まぁそこは形式的なものだったのだろう。

 そのため妹は、実力を測るためにと騎士団長と戦わされて、見事に打倒し……とまでは行かなかったがかなり善戦したらしい。見た者全てが納得するしかない素晴らしい戦いだったと絶賛されたとのこと。

 この若さでそれほどの強さなら将来性は大いにある。そして何より、その美貌は人を惹きつけてやまないカリスマとなる。ある意味打ってつけの存在であり、申し分ないだろう。とみんなに認めれたらしい。

 そして王より命が下される。「神の意志たる聖剣に選ばれし勇者よ。いずれ来る運命の日に為に、己の腕を磨く旅に出よ」と。


 私はこの話を聞いて、妹が強くなったことを喜ぶ以上に、強い憤りを感じた。


 こんな小さな女の子に、何てものを背負わせるんだ、と。


 でも、実のところ、私に怒る資格などなかったのだ。

 それに気付かず、ただ日々を流されるままに生きていた結果引き起こされた事態に、私は後ほど打ちのめされることになる。


 この国に所属する貴族であれば避けることのできない王命であったにも関わらず妹は図太いというか何と言うか、勇者として活動することと引き換えに、一つだけ条件を出したらしい。

 「わたしの義姉あね、マリナを、旅に同行させる許可をいただきたい」と。

 妹はすっかり有名人であったが、私は変わらず無名である。冒険者でないどころか戦いに関する訓練を受けたことすらない。

 私のことを知らない人たちはもちろん、私のことを知る伯爵様ですら反対した。当たり前だ。ただの足手まといになることが火を見るより明らかなのだから。

 しかし妹は譲らなかった。「許可をいただけなければ義姉あねと逃げます。家名とか、国とか、わたしには知ったことではありません」とにっこり笑いながら脅す始末。

 ……妹よ、そんなところまで強くなっちゃって……お姉ちゃんは嬉しさのあまり胃に穴があくかとおもったよ……ウフフ。

 私は教育を間違えてしまったのかしら……さすがに伯爵様のせいではないでしょう、これは。

 粛々と王命を受け入れるどころか不遜でしかない態度に色んな人が「無礼だ!」とお怒りで、勇者としての素質を再度問うべきだの何だの喧々諤々と議論が飛び交ったそうだけど、最終的には「人ひとりで済むならまぁ良いだろう」と妥協されたらしい。……一体裏で何があったのか、事実を知るのが怖すぎる。




「……で、何故私はここに呼ばれたの?」


 伯爵様より「シャルロットが呼んでいる」と屋敷に使いが送られ、用意された馬車に揺られてみれば、辿り着いたのは王宮……のキッチン。

 勇者として旅に出る、ついでに私も巻き込まれることになった経緯を語られ終わったところだ。

 色々とツッコミ所が満載だったのだけれども、経緯が経緯のせいか周囲の人たちから重く刺々しさすら感じられる圧力をかけられ、聞くに聞けないでいる。妹はどこ吹く風といつも通りにこにこしていた。そのメンタルをちょっとでいいからわけてほしい。

 しかし、聞いた話が事実であるならば準備をしなければならないだろうに、何故キッチンなのか。


「えっとね、彼らもあたしと一緒に行くことに決まったのだけれども」


 妹の視線の先には、とても高価そうな服を着た青年と、その青年に付き従う精悍な男性と、私と同じくらいに見える眠そうな目付きの女性と、妹と同じか少し下くらいのどこか気弱そうな少年がいた。あとついでに、遠巻きにこの状況を見守る人たちがいる。

 男性以外は年が若すぎるような気がするけど、妹だってこの若さにして強者なのだ。この人たちも高い能力とか、将来性があるのだろう。妹が独りで放り出されるわけではなかったことに内心ホッとした。

 余談ではあるが全員タイプが違う美形である。正統派美青年、野性味溢れる美丈夫、(目付き以外は)神秘的なオーラを纏う美女、庇護欲をそそられる美少年……何だか見てて眩しいよ。女性が居なければ逆ハーか、とアホなことを口にするところだった。

 実際に女性が妹一人だけだったら物申すところではあったけれども、まぁさすがに常識的に考えてそんなことはしないよね。


「王様が許可してくれたのに、この人たちはお姉ちゃんが同行することに納得してくれないんだよね」

「……でしょうね」


 思わず私は頷いてしまった。周囲の人たちも妹を除いてシンクロした動きをしている。ごめんなさいね、うちの妹が。

 「可憐な勇者」に同行したい人はいくらでも居るだろう。私みたいな何の実績もないどころか無能な人を連れて行くくらいなら、別の有能な人を連れて行きたいはずだ。周囲の人たちの中には「自分を!」とばかりに目をギラギラさせている人も居たりする。

 けれど妹は、私に戦闘能力を期待していたわけではない。さすがに。何が求められているのかは言われずともすでにわかっていた。

 ……わかっていたつもり、だったの、だけれども。


「だからお姉ちゃん。料理を作って。……本気で」

「――っ」


 私は、今ここにきて、やっと、認識した。

 妹の瞳に浮かぶ、強烈なまでの慟哭を秘めた光を。

 これはとても、良くないものだ。抱えていては駄目なものだ。

 でも……気付くのが遅すぎた。

 今からではどうしようもなかった。

 だから私は、引き攣るような舌をなんとか動かし「わかった」と了承するしかなかった。


「……材料は?」

「これ。朝食の残りの材料からピックアップしてきたの。懐かしいでしょ?」


 指し示された先には、乾燥したのかツヤを失った丸パン、アグ肉の腸詰、マトルの実、微妙に萎びたレドの葉が用意されていた。

 ふむ、伯爵様に拾われる前のウチでの定番メニューだったあれを作って欲しいってことね。確かに懐かしい。


「あ、でも、手を抜いて、本気でやってね?」


 妹がなかなかに矛盾したことを要求してくる。

 案の定私以外の他の誰も意味を理解できなかったようで、「どういうことだ?」とイケメン青年が問い質しているが、妹は「食べればわかります」と取り合わない。

 私は妹の分と、パーティメンバーらしい四人の分の材料を取り分けようとしたが「全部使って。余剰分はあたしが食べるから」と言われて軽く十人分くらいは作ることに。……食べすぎじゃないですかね。隣の青年の顔が少しだけだけどヒク付いているよ。


 壁にかかった鍋を手に取り、お湯を沸かし始める。伯爵様の家の調理器具も高級品だったけど、さすがに王宮の物は更にレベルが上だね。無駄に傷を付けないようにしないと。

 沸くのを待つ間にフライパンに軽く油を垂らし、腸詰を炒める。いつもなら軽く塩を振るのだが、手抜きということで今回はなし。

 続けてレドの葉を軽く水洗いした後に手でざっくりと千切っていく。

 おっと、お湯が沸いてきた。マトルの実を投入。しばらく茹でて皮がめくれてきたところでお玉ですくって冷水に浸し、皮を剥いてからお湯を捨てた鍋に再度投入。この実は水気が多いのでこれだけで十分ソースになる。麺棒でざっくり潰し、ここでも本来なら軽く味付けするのだが同じくパス。

 最後に丸パンの中央に切り込みを入れ、レドの葉を敷き、腸詰を挟み、マトルの実のソースをかけて完成だ。


「シャルロット。これは……一体何だ?」


 私が皿に乗せて提供した腸詰パンを見つめてイケメン青年が声を震わせている。他の三人も眉を吊り上げたり、無表情だったり、困ったようにおろおろしたり。好意的な人は誰もいない。

 妹のオーダーなのだけれども調理工程も見た目もすんごい手抜きだしね、ごめんなさいね。などと内心で思っていたら。


「料理ですよ、フリードリヒ王子」


 妹の発言に危うく噴き出すところだった。

 身なりからして良いトコのお坊ちゃんだとは思ってたけど、まさか王子様とは……! 妹よ、そんなお偉い人になんてもの食べさせようとしてるのよ……!

 美しく飾り付けされた芸術品のような料理しか見たことがないであろう王子様に、料理を習いたての子どもが作ったような見た目の庶民丸出しな腸詰パンを披露するとは夢にも思わなかったよ! そりゃ反応悪くもなるよ!


「ふざけているのか! いくら勇者とはいえ、やって良いことと悪いことがあろう!!」

「ふざけてなんていません。わたしはこの上なく真剣です。と申しますか、お気付きになりませんか?」

「何にだ!?」

「……匂いに、ですよ」


 ハッとして王子様は皿に目を向ける。私のあまりにもざっくりとした料理に怒りで目が曇って……いや鼻が鈍っていたのか、指摘されてやっと漂う匂いが変化していることに気付いたようだ。


「これは……確かに……」


 鮮度が失われていた食材で雑な調理方法だったのにありえないほど香ばしく、濃厚な、嗅いでいるだけでたちまち空腹になりそうなほどの匂いが、その腸詰パンから発生していた。

 他の三人も、ついでに周囲の人たちも興味を持ち始めたようだ。一部は非常にそわそわしておなかに手をあてている。筆頭は妹だ。


「では、いただきましょう。……んんん……美味しいよぅ……」

「シャル……他の人が居る場所でそんな顔して食べるのは止めなさい……」

「だって久しぶりに本気で作ってくれた料理を食べられたんだもん! 止められないよ!」


 何と言うか……その、美味しい物を食べている時の妹の表情には尋常じゃない色気が発生するのだ。目元は潤み、頬は上気している。こんな状態でも下品に見えないのは良い点……だと思っておこう。こら、手に付いた脂を舐めるんじゃありません! 行儀が悪いってのもあるけど、その仕草も妙にアレだから……!

 その様を目撃してしまった王子様は一瞬にして顔が真っ赤になっていた。ちょっとこの青年の先行きが心配である。

 しかし……ひょっとすると、「本気で」というオーダーは、説得力を持たせるためだけでなく、自分が食べたかったからかな……。


「ほう……これは……」

「……美味しい……」

「うわぁ、すごいですね……!」


 妹が手を付けたのを見て(角度の関係か表情までは見えてなかったみたい)フリードリヒ王子を除く三人も食べ始めたようだ。それぞれに驚きの反応があり、概ね好評っぽくて良かった。

 そしてみんなの反応そっちのけで二個目に手を出す妹。早いよ。


「むむ……そこまで言うのならば俺も……な、何だ、この味は!」


 それらの声に束縛が解けたのか、首を振ってから王子様も意を決したように腸詰パンを口に運ぶ。

 その瞬間、カッ!と目を見開いたものだから思わずビクっとしてしまった。

 しばしの停止の後、思い出したように深く味わうように丁寧に咀嚼をする。がっついているようでいてとても上品に見えるのはさすが王族といったところ……?


「パンは焼き立てのように香ばしくフワっとしており、レドの葉のシャキシャキ感との対比が非常に素晴らしい。腸詰は実はこの中にスープを仕込んでいたのでは?と錯覚してしまうくらいに肉汁に溢れ、それでいてマトルソースの酸味が肉の旨味をより高みに――」


 王子様の立て板に水の如く流れる料理評論にむず痒くなる。情感溢れる解説に刺激されたのかどこかでごくりと生唾を飲み込む音が聞こえてきたけど、これ以上は作りません。

 熱に浮かされたように語る王子様の発言が一息ついたところで私は補足をする。貴族(の屋敷の)生活で多少はマシになったが、言葉遣いがまだ怪しいので気を付けなければ。


「先ほどご覧になられた通り、私は素材の良し悪しも、調理方法も関係なしに、このような料理を作ることができます。そういう特殊能力レアスキルを持っているものとお考えください。えぇと……非常に疲れるので毎回とは行きませんが、まともな食材が得られなかった時のフォローになりますし、たまの美味しい食事は厳しい旅の中の慰めになるかと思います」

「ふむ……」


 脳内で検討しているのか王子様が腕を組んで考え込んでいる間、妹が不満そうに物言いたげな視線を向けてくるが、私は首を振ることでそれに否を返す。

 私は、こんな「酷い料理」を、毎回なんて作りたくないのだ。その保険のための補足うそである。


「……まぁ、確かに食事情は士気に関わってくることであるし、雑用を我らの代わりに行う者も必要だな。良いだろう。シャルロットよ、其方の義姉あねの同行を認めよう」

「納得していただけたようで良かったです」


 仕方なくといった風を装っているが、微妙に王子様の口がゆるんでいる。上位者が決めたせいか、有用性があると自分たちも認めたのか、他のメンバーも異論はないようだ。

 でもすみません、私の普段の料理はそこまで美味しくはないです。それでも私は、作るわけにはいかない。作ってはいけない。


「じゃあお姉ちゃん、よろしくね?」

「……うん、頑張るよ」


 私の同行を認められたことが嬉しかったのか、妹がにっこりと、輝くばかりの笑顔を向けてくる。

 その光に対し、私には陰が差すばかりであったが、妹に悟られないようにいつものように軽く笑顔を返す。


 ……そう、私に、付いて行かないという選択肢はない。あったとしても選ぶことはできない。


 勇者云々はともかく、妹が健康になったのは大変喜ばしいことではある。


 けれども、同時に。


 妹に、生きていくのに支障を来す、非情に深刻で重大な欠陥を作ってしまったことに、私は死ぬほど後悔している。




 私は、妹を壊してしまったのだ――

※いわゆるホットドッグです。


活動報告に主人公姉妹のキャラデザを載せました。

抵抗のない方、興味のある方、よろしければご覧ください。

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