勇者に毒は効かないのである
本編と後日談の間です。
どうでもいいネタ回。
魔王退治の旅の間に、妹が誕生日を迎えた。これで十五歳になった。
つまりは、成人したということ。
この国では、成人して初めて飲酒が認められる。……まぁ、こっそり飲んでいる人は結構居るけれどそれはさておき。
妹も前々から興味はあったみたいだけれども、子どものうちからアルコールを摂取すると成長が阻害されるという話を聞いていたので、私からも禁止を言いつけていたのだ。妹はちょいちょいワガママを言うけれども、きちんと納得のいく理由を説明すれば素直に引き下がってくれる。そういう点は可愛いところだね。
そのアルコールが今日、解禁される。
旅の途中であるから簡易ではあるものの誕生日パーティを開き、この日ばかりはと能力の制限を取り払って作った数々の料理も食べ終わり。
そして、宿の一室で、私、妹、フレデリカの三人だけで二次会が開かれることとなった。
妹に気があるフリードリヒ王子など非常に参加したそうにしていたものの、妹の「ここから先は女子会です。……女の子になるなら良いですよ?」と笑顔で放たれた言葉ですごすごと退散していった。
背中に哀愁が漂っていて少し可哀想に思ったけど、アルコールが入ると理性が緩む人は多い。場合によっては異性に見せられないようなことになるかもしれないという考えで、「女の子だけで飲もう」という妹の提案に私も乗ったのだ。
ちなみに、たまにであるが、フリードリヒ王子やアルベルトさんは街の宿に泊まる日は、翌日に影響が出ない程度に嗜んでいることもあった。トマスくんはまだ未成年。
部屋のテーブルに、数々のお酒の瓶を並べていく。ワイン、リキュール、ウイスキーにブランデー。それらを割るための水や数種類の果実水にフレデリカに用意してもらった氷。
そして私が作ったクラッカーやハムなどのおつまみ。……結構な量の料理を食べたと思ったのだけど、まだまだ入るらしい。どんだけ。
妹はともかく、実は私もお酒を飲んだことがない。料理酒を扱ったことはあるけど、あれはまた別の話だし。
加えて、フレデリカも飲んだことがないらしい。アルコールが入って思考が鈍るのが嫌だったとのことで、今回はお祝いごとだからと付き合ってくれるそうだ。……無理しないでね?
しかし……みんな初心者か。初めてということは、当然限界を知らないということだ。
急性アルコール中毒になって倒れる、なんてことがないように気を付けないと……。
「さて……最初はそんなに度数が高くないやつにしようか」
私はワインと水を手に取った。このワインは水で割るほどの高い度数ではないのだけれど、私が手を加えないと妹が飲めないからね。
……あの日以来、妹は私の能力の影響がなくても食べられるよう自分でも努力を始めたのだけれど、一朝一夕には行くはずもなく。
さすがに初めてのお酒で吐かせたくないという私の気持ちは伝わっているのか、ただ単に私の手が加えられて美味しくなるお酒が飲みたいだけなのか、妹は何を言うでもなくワクワクとカップに注がれるワインを見つめている。
「フレデリカも同じものでいい? それとも自分でやる?」
「ん、同じでいい。マリナの腕は、信用してる」
フレデリカは表に出さずに秘めていることは多いけれど、口にする言葉はどれも飾りのない真実だ。知り合って一年弱くらいだけど、それくらいはわかってきた。
だから、そうストレートに褒められるとむずがゆくなってつい口の端を上げてしまう。
「むぅー」
……妹よ、そんなジトっとした目で見ないでください。
妙な圧力を受けながらも同じカップを三つ用意し、それぞれの手に渡る。
「それでは、シャルの成人を祝して……乾杯っ」
「かんぱーい!」
「……かんぱい」
カップを掲げ、軽くかち合わせた。
早速とばかりに妹は口を付ける。
「……ぷはっ、お酒って思ったより美味しいんだねぇ」
「……(こくこく」
感心したように声をあげる妹と、無口ながらも満足そうに頷くフレデリカと。
しかし……自分で手を加えておいてなんだけど、これはお酒本来の味なのか、私の能力の味なのか、いまいち判断がつかない。
能力の導きに従って、酒場に売ってた一番良いもの(それなりにお高い買い物だった)を選んではきたけどもね。
「お姉ちゃん、おかわり!」
「ちょ、え、もう飲んじゃったの!?」
何のために度数の低いやつを出したと思ってるのか……! 慣れない初心者がそんな一気に飲んで急性アルコール中毒になっちゃったらどうするのさ!
「いやぁ、美味しかったから、つい」
「つい、じゃないよ……」
反省してるんだかしてないんだかわからない笑顔で舌を出してくる。可愛い顔したって流されませんよ!
水を飲ませておいて、その間に次は何を作るか考える。んー、リキュールにオラージュの果実水を混ぜようかな。
「今度はゆっくり飲むんだよ」
「はーい。んー、おつまみも美味しい~」
今度は言われた通りにゆっくり少しずつ飲みながら、つまみにも手を出し始める。
まだ油断はできないけれど、顔が赤くなっている様子もないし、ひとまずは大丈夫、だと思いたい。……この子の場合暴走しがちだからちゃんと見ておかないと不安だな。
とはいえせっかくの機会なんだし、見てるだけじゃなく私もちゃんと飲むようにしよう。
「フレデリカはおかわり……はまだ必要なさそうだね」
「……ん」
フレデリカの持つカップを見てみると、まだ半分くらいしか減ってなかった。ものすっごいちびちび飲んでいるようだ。
まぁ彼女ならハメを外すこともないだろう。
取り留めのない雑談を妹としながらしばらく飲み食いをしていたのだけれども。
「……お姉ちゃん、たいへんです」
「えっ、どうしたの? ひょっとして気持ち悪くなった? それとも頭が痛い?」
五杯目を飲んでいた妹から、深刻そうに声をかけられた。
しまった。顔色がいつもと変わらないものだから、大丈夫なのだと思い込んでしまっていた。
慌てて水を用意しようとして――次の一言でピタリと止まる。
「まったくもって、よっぱらいません」
「……は?」
え? それ、真面目な顔して言うことなの?
「上手く表現できないんだけども……アルコールを摂取したという感覚はなんとなくあるのに、胃に落ちるころにはそれが消え失せてる、っていう感じ?」
意味がよくわからなかったので更なる説明を求めたのだけれども、簡単にまとめるならば。
勇者としての力が、アルコールを毒と認識して即時分解している、らしい。
今まで魔物の毒や麻痺、石化などの状態異常攻撃が無効化されていたのは見たことあるけど、まさかこんなところにまで影響が出るとは思わなかった。
いや確かにアルコールは摂取しすぎると危険ではあるけど、多少なら問題はないはずでは……妹の元々の体質がアルコールに極度に弱かったのかな……?
「で、でもまぁ、酔う心配がないのなら、お酒を気楽に楽しめるんじゃない……?」
「何を言ってるのお姉ちゃん!」
「!?」
妹は明らかに怒っている。
酔うことができないなんてお酒の楽しみが一つ減った、とかそういうやつ、なのかな?
食に対するこだわりが強いものだから、理解とまではいかなくても同情はしてしまう……と、思っていたのに。
「酔っぱらった勢いでお姉ちゃんに絡んで押し倒すとかやってみたかったのに!」
「何を言ってるの、ってそっくりそのまま返すよ!!」
待って待って、妹の申告が正しければ酔ってないんだよね? この子はシラフでそんなバカなこと言っちゃうの?
あんまりなセリフに混乱気味の私に対して、妹は畳みかけるように言葉を重ねてくる。
「しかもなんでお姉ちゃんまで全然酔ってないの!?」
「そこも怒るポイントなの? これは……シャルと同じように、能力の影響かなぁ」
一応料理に関するから、ということなのか、お酒に酔わないようにできるらしい。
初心者だらけの飲み会だから、と気を付けていたせいで、半ば無意識に発動していたようだ。
「ひどい! 理性の緩んだお姉ちゃんに何かしてもらえないかなー、とか、理性の緩んだ隙に誘導してあれこれしてみたい、とか思ってたのに!」
「ひどいのはどう考えてもシャルの方だよねぇ!?」
前者はともかく、後者はどうなのよ!
色々頑張るとか言ってたけど、まさかそういうことじゃないよね!? 私に対する遠慮がなくなるのはいいんだけど、さすがに慎みをなくすのは止めよう!?
実は酔っているというオチだったらまだ笑えたのに……!
……能力を調節すれば酔うこともできるだろうけど、この危険人物と飲む時には絶対に酔わないようにすることを心の中で固く決心するのであった。
せっかくの誕生日だというのに姉妹げんか(?)で終えてしまうのだろうか、と頭の片隅をよぎったところで。
背後からのそれで、思い出した。
……ヒック。
「……ん?」
「あっ……フレデリカ……!」
ずっと静かだったのと、妹が衝撃的なことばかり言うせいで頭からすっぽり抜けていた……!
妹は私に対する好意をさらけ出すようになったのですでにみんなには知られているだろうけど、それでもここまでダメな方向にド直球なセリフを聞かれるのは恥ずかしい。
どう誤魔化そうかとか、居心地の悪い思いをしてないだろうかとか、あれこれ不安に思いながら振り向いて……目に入ったものは。
「……フ、フレデリカ?」
めっちゃくちゃ、真っ赤な顔をしたフレデリカであった。
多分、だけど、妹との恥ずかしいやりとりを聞いたせいではない。
……お酒の、せい。
顔が赤いだけではなく、目がどこかトロンとしている。いつも無表情気味の彼女の目が潤んでいて、どことなく色気が醸し出されて少しばかり落ち着かない。
そして、頭がふらふらと揺れ、たまにしゃっくりが漏れている。さっきの音はこれか。
私が気付かない間にそんなに飲み進めてしまったのだろうか、とフレデリカの持つカップを覗いてみると。
……なんと、私が一番最初に作った水割りワインが、まだ飲み干されていなかった。……えぇ……。
「くっ……この弱さが少しくらいお姉ちゃんにもあれば……!」
「……君はちょっと黙ろうか」
「ほ、ほへんははい」
またもアホなことを言い出した妹の頬を咄嗟につねってしまったけど仕方ないよね。
「フレデリカ、大丈夫……?」
お水を差し出すも動きがない。「おーい」と声を掛けながら顔の前で手を振ってやっと、ゆるゆると反応を示してくれた。
「……あぁ、マリナ、か。……だいじょうぶ。いしきは、ある。はなしも、きいて、いる」
「……全然大丈夫そうに見えないんだけど……って、え? 聞いてたの?」
むしろ聞いてない方が助かったんだけど、という言葉は飲み込んでおく。
フレデリカは頭を揺らしながら妹の方にちらりと視線を向け、私の方に戻した。
「シャルロット……のいう、ように。よったいきおい、というのも……ありかも、しれないな」
……うん?
「あぁ、ワタシは……あたまが、かたくてこまる……だから、マリナ、ワタシは――」
「おぉーっと! フレデリカさんはどうやら急性アルコール中毒になりかけているようだね!」
フレデリカはたどたどしくも何かを私に伝えようとしていたのだが、猛烈な勢いで不自然ともいえる仕草で妹が割り込んできて遮るのであった。
呆気に取られている間にあれよあれよと進んでいく。
「ま、まて、シャルロット。もが……っ」
「ほら、お水を飲んでもう休もうね! ベッドには運んであげるから!」
そして押し付けるように水を飲ませてから、抱え上げてベッドへと寝かせる。
フレデリカはしばし抵抗していたがやはり酔いが酷かったのか、たいした時間も掛からずに眠りへと落ちていった。
「ふぅ……」
疲れてもいないのに額の汗を拭うように手を動かす妹に微妙な視線を向けてしまったけど、それに気付いているだろうに意に介さない。
……まぁ、フレデリカも大事なことだったら機会が訪れた時に言ってくれるでしょう。酔った勢いでなければ言えないようなことでもない限り。
妹が強引に水を飲ませたせいで濡れている口元を拭き、胸元を少し緩めてから毛布をかけてやる。良い夢を見てね、と心の中で願いながら。
翌朝にアルコールが残ってたら困るだろうから、念のため酔い覚ましのお茶でも用意しておこうかな。
「さて……シャル、まだ飲む?」
「んー……どうせ酔わないんだし、一番強いので飲んでみたい」
お開きにしようかと思ったけど、これは(一応)お祝いなのだ。妹がまだ飲みたいというなら私は付き合うべきだろう。
この中で一番強いのとなると……ウイスキーのストレートかな。でも手を加えないとだからロックにしよう。氷を入れて軽くかき混ぜるだけだけど。
どうぞ、と差し出したけど、妹は手の中のカップを見つめていて飲もうとしない。よくよく見ないでも、肩が落ちているのがわかった。
「……何? ひょっとしてへこんでるの?」
「……」
「私は別に怒ってないよ。でもフレデリカへの対応はちょっとぞんざいだったから、明日謝っておこうね」
「……うん」
肩を落としながら、小さく頷く。
思った以上のしょげっぷりに何か声をかけようかと思ったけど、他にも言いたいことがありそうな雰囲気だったので、余っていた果実水を飲みながら気長に待つことにした。
妹が口を開いたのは、私のカップの中身が半分に減った頃だった。けれども、口にするのに時間がかかった割には「そんなこと?」って内容だった。
「……お姉ちゃん、ごめんね。その……何て言うか……気持ちが暴走して」
「さっきも言ったけど、怒ってないよ。せめて他に誰も聞いてない時くらいに抑えてほしいという感想はあるけど」
いやまぁ、二人だけの時にさっきみたいなことを言われても同じような反応をすると思うけどね!
確かにぶっ飛んだ言動には時折ついていけなくなるけど……妹の暴走なんて今に始まったことじゃないし?
ある意味いつもの日常で、今更何をそんなに気にしていたのかわからない。でも、しなくていい心配をさせているなら、それを払うのは私の役目だ。
「大丈夫。これくらいで嫌いになったり疎ましく思ったりしないくらいには、君のことが好きだよ」
この妹が可愛いと思う心に、変わりはない。あるはずもない。
口にしなくても伝わる思いはある。その上で、きちんと口にしなければいけない思いもある。
私の答えに満足したのか、妹はへにゃりと笑って。
「それは告白と捉えていいの?」
「もちろん、家族として、ね」
「……ぶーぶー」
すぐにふくれっ面になるのであった。
……そんな目で見られても、ウソを言うわけにはいかないからね……!
と言うか君、私がどういう意図で言ってるのかわかってて聞いたよね……あわよくば私のうっかりで言質でも取ろうとしたのかしら……恐ろしい子……!
妹はヤケになったかのごとく、カップのお酒を一気飲みする。……強いやつだから、酔わないとわかってても心臓に悪いよ。
そして、ダン、と飲み終わったカップを叩きつけるように起き、私に向かって指を突き付ける。目が据わってるけど……本当に酔ってないのよね? 雰囲気に酔ったりするのかしら……?
「上げて落としたバツとして添い寝を要求します!」
「要求するまでもなくいつも勝手に潜り込んでくるよね……何も変なことをしないならいいよ」
「し、しないよ…………多分」
「そこは言い切ってほしいなぁ!」
妹が成人を迎えたところで特に何も変わりはなく、今日という日も終わりを迎えるのであった。
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「ところでお姉ちゃん、あたしに毒が効かないってことは、魔物の肉とか食べれたりするのかな?」
「……それ、食べたいの? おなかを壊したりはしないだろうけど、私には料理できないから吐くと思うよ?」
「あっ……そっか。じゃあ、怪しいキノコとか、フ・グーの肝とか、生オスターとかはどう?」
「……魔物の肉と同様に食べられない判定が出て料理ができないか、私の手が加えられた段階で毒が分解されるかのどっちかだと思うよ」
「うーん……この体質を何か有効活用できないものかなぁ……」
……一体何がこの子を駆り立てるんだろう……。




