表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の姉ですが、勇者パーティの胃袋を掴んでしまったようです。(本編完結済)  作者: なづきち
後日談

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/16

xx 星に願いを(前)

サクッと五千字くらいで終わらせようと思っていたのに気付けば三倍以上の長さに…またも前後編になりました。

後日談に見せかけたただのイチャつき回かもしれません。ご了承ください?

 結論を言うと、婚約は逃れることができた。


 フリードリヒ王子が随分頑張ってくれたり(シャルがどう報告したのかは不明である)、他の勇者パーティの面々が「そんなことをしたら国が滅ぶ」と真顔で脅し(?)たり、あと意外にも伯爵様も味方になってくれたらしい。

 最初は婚約賛成派だったものの王子自身の口から双方望んでいないと明言されたこと、そして旅の間のシャルの様子を聞かされたことで意見を変えたとか。

 まぁ……シャルの母親むすめの時のように消息不明になったあげく死なれてしまうのは辛いとのことで。

 シャルの両親の結婚に反対したのは父親の方を認められなかったからであり(聞いた範囲では色々と酷い人で、猫をかぶるのが上手く騙される人が多かったのが更に救えない話だ)……そうなると私は認められたことになるのだろうか?


 屋敷で暮らしていた時もほとんど会話のなかった間柄であるけれど、一対一で話す時間が少しだけ設けられた。

 第一声が「お前が心身共に無事なまま旅を終えるとは思っていなかった」だった。……そう思うのも仕方ないですよね。

 ポツポツと色々なことを話し、聞き……最後に伯爵様は、私の目を疑うような行動をした。

 私に向かって、頭を下げたのだ。

 「シャルロットまごむすめを守ってくれて、ありがとう」と。

 魔王退治の旅は元より両親を失い二人きりになった、いや、出会って家族となったその日から今までのことを、全てひっくるめて。

 私としては慌てるしかない。だって家族を大事にするのは当たり前のことなのだから。むしろ私の方が助けられていたくらいで。

 しどろもどろしていたら「そうか……当たり前のことか……」と伯爵様は疲れたようにフッと笑い、その顔はどこかシャルの母親を彷彿とさせるもので、親子なんだなぁと場違いな感想を持ったりした。

 そして、「定期的に文を送ること」「たまには顔を見せに帰ってくること」「この国に(正当な理由なく)敵対しないこと」の三つを条件にシャルと国を出ることを許可してくれた。


 そう、私たちは二人だけで旅に出ることにした。もちろん、魔王退治の時のような張り詰めるようなものであるはずもない、気楽なもの。

 シャルがこの国で有名になりすぎてしまい生活に支障を来すこと間違いないので、比較的知名度が低くなるだろう別の国を目指すことにしたのだ。

 ちなみに、伯爵様の孫(シャルの従兄弟)は他にも居るので後継者問題はない。むしろ候補たちに、勇者という強力なライバルが居なくなってホッとされているのは幸いなのか寂しいことなのか。

 聖剣を返却しようとして手元から離れない(離しても戻ってくる)一悶着が起こり、国を出る許可が取り消されそうになったので、結局逃げるように旅立つことになってしまったのが禍根を残すようで少し心残り。

 ……だったのだけれども、後に知った話、トマスくんが「神に認められた勇者を束縛しようとするとは、神の意を束縛するということでしょうか?」と笑顔で毒を吐いたらしい。なにそれこわい。でもおかげで追手が掛かることもなくて助かりました、ありがとう。


 慌ただしい出発だったけど、道中はのんきなものだった。旅はすっかり慣れたし、魔王を倒したことで魔物が弱体化しているのにシャルは強いままだし、観光気分である。

 そんな中、シャルの「新婚旅行みたいだね!」の一言で妙に落ち着かない気分になったり。

 いや、うん、籍は入れられないかなぁ……と言うか、いわゆる婚前交渉をしたのか……と頭を抱えていたら「そんな風に考えてたら何もできないよ!」と怒られてしまった。ご、ごめん?


 数年分の溜まりに溜まったモノを発散するように(濃度的には発散されてるどころか一層濃くなってる気がする……)ベタベタしてくるシャルを宥めたり受け入れたりしつつ、お金稼ぎに冒険者ギルドの依頼をこなしたりしつつ、ゆったり旅を続けること数か月。私たちは大きな災害に遭遇した。

 とある森で魔物溢れスタンピードが発生したとギルドに急報が入ったのだ。

 そこにはウリル山脈と同じように魔力溜まりが存在しており、その影響で元々三十年に一度くらいの周期で発生していたのだが、今回は十年以上早く発生して準備が整っておらず、周囲に点在している村が被害に遭っているとのこと。

 何故そんな危険な場所に村なんて、と思ったのだけれども、魔力を豊富に含んだ川の水や植物から良質な薬が作られるようで、世の人々のためにも必要であるとなればやむを得ない。


 さすがに放っておけなくて私たちは急いで森へ入る。シャルの全力にはついていけないので情けないことに片手で抱えられて、だけども。行きがけに遭遇した魔物は全て斬り捨てながら、魔力が濃い方向へと進んでいった。

 そして、今回の魔物溢れに一番近かったであろうこの村は……酷いものだった。

 視界のあちこちで血を流した村人が横たわっている。ざっと見た感じでは、逃げ遅れたのであろう老人と、立ち向かったのであろう青年から中年の男性が多い。

 シャルが片っ端から魔物を斬っている間、相変わらず魔物相手では役立たずな私は生存者が居ないか確認していたけど……無情にも屋外には一人も居なかった。

 屋外には、である。こんな時のために堅牢な避難所を用意していたのか、生き残った村人たちはそこで籠城していたのだ。

 執拗に扉や壁へと突撃を繰り返す魔物たちを一蹴し、まだ避難所は余裕がありそうだったので返す刀で魔物溢れの発生地へ向かい、ボスらしき二つ首の巨狼を倒して収束となった。


 ギルドに報告して緊急依頼は終了、となるはずだったのだが……村人たちがシャルを離してくれなかった。

 多くの人が死んでしまった。また魔物が溢れないとも限らない。どうか落ち着くまで居てほしい、と。

 それだけだったなら私たちも「申し訳ありませんがギルドに言ってください」で済ませたけど……多くの孤児が生まれてしまったことに、私が気になってしまって。本来なら村で何とかする問題なのだけど、村そのものに余裕がない状態だと一体どうなってしまうのか。

 シャルと話し合った末、いくつかの条件と引き換えに私たちは村に滞在する決意をした。


 その内の一つが住居についてだ。不幸にも経営者夫婦が共に亡くなってしまった小さな宿屋を使わせてもらうことにした。

 バラバラに子どもたちの面倒を見るのは大変なので、生家に未練はあるだろうけど一緒に住んでもらった。シャルは私と二人きりじゃないのが少し不満そうだったけど、大き目の厨房とお風呂と部屋で最終的に納得してくれて良かった。ニヤリとしていたのは見なかったフリである。


 他には面倒を見るにあたり金銭や教育の互助とか、村の警備体制の見直しとか当たり前のことだったけれども。

 最後が……シャルの「あたしはマリナのモノだから、ナンパとか厳禁。当然マリナにも手出し厳禁」という警告だった。つい顔を押さえて天を仰いだけど、仕方ないよね。

 助けられた村人たちからすると、すごい力を持つ英雄ヒーローが(勇者であることは黙っている)「何故こんな人と?」と、しばらくの間しきりに首をひねっていたという。

 子どもたちも最初は反発していたけど、一緒に生活していくうちに段々と心を開いてくれるようになったのでホッとした。親を亡くした心の傷もあっただろうし、それを考えると逆に早いくらいだと思う。

 しかし……シャルが「マリナは子どもキラーだからね……」とかぼやいていたけど……なんのこっちゃ?

 とにかく、子どもたちの打ち解けた様子と、シャルが常に私を上に立てた行動をするので、村人たちも次第に私を信用してくれるようになった。

 ……ナンパは私の知らない間に結構あったみたいだけど、その度にシャルが笑顔で脅していたらしい。目撃してしまった子が怯えていたよ……。



 小さなトラブルはいくつもあったけれど、それはきっとどこに居ても起こりうることで、何だかんだでこの村に愛着が湧いて永住を視野に入れ始めた頃に話は飛ぶ。

 毎日のように騒がしい昼食を終え、厨房で後片付けをしている時だった。


「マリナ、ただいまあああああっ!」

「あれ? お帰りシャル……って、ちょ、待って!」


 食堂と繋がる出入口から、シャルが叫びながら私に突撃をするように抱き着いてきた。

 その勢いのままキスをしようと顔を寄せてくるから慌ててガードをする。


「……五日ぶりに顔を合わせた恋人にする仕打ちじゃなくない……?」


 ここはそれほど大きくない村なので村内での仕事はあまりない。……以前はもっと小さかったのだけど、私たち……と言うよりシャルが住み着くことを聞きつけた耳ざとい人がそれなりに居て少し大きくなっていたりする。気付けば小規模ながらもギルド出張所まで出来たとかどういう行動力ですかね?

 正確には、仕事はあれどもシャルでは知識が足りない分野なので、ギルドで情報を仕入れて他の町まで出稼ぎに行ってもらっていることがほとんどだ。私は待つ身なので、収入の大部分を稼いできてくれるシャルを邪険にするのは心苦しいのだけれども……。


「さすがに人目のあるところでは……」


 むーっと頬を膨らませるシャルから目を逸らすようにちらっと視線を横に向けると、そこには本日の片付け当番である女の子エレンが一人。

 私たちが面倒を見ることにしたとはいえ、全てをやってあげるわけにはいかない。自活能力を身に着けさせる一環として全員に家事を当番制で割り当てている、のだけれども。

 エレンは何故かその小さな両手で顔を覆って。


「えっと、その、み、見てないので、だいじょうぶです」

「私が大丈夫じゃないよ!?」


 子どもにそんな気の遣われ方をするって逆にメンタル削られるからね!?


 何て言うかもう、当初からずっとシャルが「マリナのモノ」宣言してるし所構わずくっ付いてくるしで、気付けば村公認の仲とされていましてね……。

 周囲を気にする必要がなく楽と言うか、すっごく恥ずかしいと言うか、複雑な心境なんですよぅ……。

 余談だけど、未だにシャルにちょっかいをかける男性は外から来た人で、あまり酷いと村人総出で追い出す始末で頼もしいやら物騒やら……。


 まず着替えておいでとシャルを部屋へと送り出し、残りの片付けを行っていく。

 洗った食器は水切りかごへ。使った調理器具は元の場所へ。厨房と食堂のテーブルを拭き、床を掃き。残りの食材やら調味料やらをチェックして。

 これで終了、お疲れ様、とエレンを午後の勉強へ向かわせたところで、さっぱりしたシャルが戻ってきた。

 同じように抱き着いてくるけど、今度は誰も居ないので抱きしめ返して頭を撫でる。


「マリナマリナまりなー」

「うん、今回も仕事お疲れ様。いつもありがとうね」

「えへへー」


 少し背も伸びて大人の女性としてより綺麗になってきたのに、甘えるように頬を擦りつけてくる様は今までと本当に変わりがない。

 とは言え何もかも仕草が変わってないわけでもなく……放っておくと手つきが段々妖しくなってくる。待って、まだ昼間、ここ厨房……!

 ゾワっとくる反応を押さえつつ、シャルの気を逸らすため……もあるけど、元々やろうとしていたことのためにその手を掴んで止める。


「……このままだと料理できないんだけど?」

「ん? もうご飯終わった後じゃないの?」

「労いにパンケーキでも焼こうと思ったのだけど、要らなかった?」


 未だに私の料理にご執心なシャルは一も二もなく飛びつく、だけかと思いきや。


「食べる食べる! あぁでもどっちも食べたい……!」

「君は本当に欲望に忠実だね!?」


 その表現止めよう!?

 ……もう一つの方はさすがに諦めてもらいましたよ?


 何が楽しいのか、シャルは私が料理する様をニコニコと眺めていることが多い。今も、食堂で寛いでいてもらおうと思ったのだけど、賄いを食べるために設置されたのだろう、厨房の隅にある小さなテーブルで待ちの姿勢である。尻尾を振った犬を幻視しそうになってくる。

 さて、いつもなら小麦粉をきちんとふるいにかけるところだけど、あまり待たせると(私が)大変なことになりそうだったので、今回は能力スキルを使ってさくっと材料を混ぜ合わせて生地を作る。

 一度加熱した後に火から下ろし、濡れ布巾で少し冷ましたフライパンに、やや高い位置から生地を流し込んで弱火で三分。……シャルが早くもそわそわしてきたので、ホットミルクを飲ませておく。

 生地の表面にぶつぶつが出てきたら引っ繰り返し、弱火で二分。両面が綺麗な飴色になれば焼き上がり。ヘラを入れて確認してみるけど、うん、問題なく中まで火が通っている。

 最後に蜂蜜をたっぷりとかけて、森で採ってきた果実を乗せて完成である。


「わーい、いただきまーす!」


 頬を緩めてパクつくシャルを後目にせっせと追加で焼いていく。残りの材料からして後五枚は焼けるけど、全部シャルの胃に収まるだろう。

 ……前々からずっと思っていたのだけど、これだけ食べて太らないとか勇者の力ってそんなにカロリーを消費するのかな? いやその前によくその細いお腹にそんな量が入るよね?


「そうだ。忘れる前に渡しておくね」


 全部焼き終わり、自分用に淹れたお茶を手にシャルの隣に座ると、急に思い出したのか懐に手を入れて何かを取り出す。

 ちなみに、四枚目を平らげたところである。早いよ。


「封書?」


 受け取って裏返してみるとギルドの印がある。これはギルド経由で送られたことの証だ。一度開封済なのはシャル自身が見たからだろう。

 中身はフレデリカからの手紙だった。

 実は、大体一~二月に一度の間隔で彼女とはこの村で会っている。立ち場のあるフリードリヒ王子とその護衛であるアルベルトさんはさすがに来られないけど、トマスくんは一緒に来ることが多い。

 これは、何度も往復して大変だなぁ、という話ではない。

 なんと彼女は、(私の知る限り)世界初の長距離転移魔法陣を開発したのだ。(短距離だったらすでに存在しているのだが、数キロルが精々とのこと。そういえば過去に転移トラップに引っかかったっけ……。)


 しかし生憎使い放題とはいかない。

 三~四人ほどしか乗れないサイズなのに、使用するには多量の魔力を籠めなければならないのだ。これに大体一月掛かるとのこと。複数人でやれば早くなるのかもしれないが、そうなるとこの魔法陣の存在が露見してしまう。

 何故露見させたくないかと言えば、驚いたことに、これは魔王が素材となっている。つまり現状量産が全くできない。

 国に目を付けられて取り上げられたくないので絶対に外に漏らさないで、と何度も念押しされている。

 と言うわけで、自分たちが使うための一組しかない魔法陣は森の中にある隠し小屋と(こちらはシャルが魔力を籠めている)、王都のフレデリカが所有している物件に設置されている。

 手紙ももちろん送れるけど、コストが割に合わなさすぎで使っていない。転移するのはもっぱら人と、帰る時に持っていく王子&アルベルトさん向けの私の料理おみやげくらいだ。


「フレデリカがまた来るって言ってるね。彼女もマメだね」

「……まだ諦めてない節があるからね……」


 今度はじっくりとパンケーキを食べていたシャルが、焦げた部分にでも遭遇したかのような苦い顔をした。……焼き方失敗してないよね?

 と言うか。


「諦めてないって……何を?」

「大魔王は黙ってて」

「一体何の話!?」


 ワケがわからないよ!?

 いやでも、以前にもその「大魔王」を聞いた気がするけど……どこでだっけ……?


「それよりもマリナ、このパンケーキとっても甘くて美味しいよ。マリナも食べようよ」


 思い出そうとする私の思考を妨げるように、シャルが笑顔でそんなことを言いながら、パンケーキを刺したフォークをくるくる回す。

 シャル用に作った料理を分けてくれるのはよくあることだけど……この顔は何かを企んでいる顔だ。鈍いと言われてばかりの私でも多少は分かるようになってきたんですよ?


「いや、私はお昼ご飯食べた後だし、お腹が空いてるわけでは」

「まぁまぁ、そう言わずに」

「……そこまで言うなら……」


 私が了承したとみるや、フォークを差し出してくるのかと思えば何故か自分の口に運んで。

 そのまま、顔を近付けてきた。


「……あの、シャルロットちゃん? 私、自分で食べられるよ……?」


 魂胆を察し体を逸らして撤退を計ろうとするも、顔をがっちりと捕まれて。

 勇者からは逃げられない――!?


 などと、観念しかけたその時。


「や、やめようよ。ジャマしちゃわるいよ」

「なに言ってんだよ、めっちゃ甘いにおいしてるじゃん! ぜったいオレたちにないしょでデザート食べてるんだぜ!」

「ぼくたちには勉強させておいて、自分たちだけというのは、ひきょーなのです」


 背後――食堂の方から、子どもたちの賑やかな声と足音が聞こえてきて。

 シャルは無言で眉根に皺をギュっと寄せてから、咥えていたパンケーキを飲み込んだ。


 ……これ、後の反動が怖いパターンですね……。



 子どもたちには勉強から抜け出してきたことを叱った後「頑張った子には作ってあげる」と約束をして追い返した。きちんと勉強をしてもらわねば、後で自分たちが困ることになるのだ。

 この村の子たちはみんな、薬師の卵なのだから。

 魔力溜まりの影響で良い薬の材料となる水や植物が採れるからといって、扱うための知識がなければ何の意味もない。

 座学だけではない。午前中は畑仕事もするし、ある程度大きくなった子は森に入ることになる。

 この村で大人になった時の職は、農家となって薬草を育てるか、採取家となって素材を採ってくるか、それらを加工する薬師がほとんどだ。


 小さいうちから自分たちの仕事を全うするその生き方に、家事しかできない私からすると感心すると共に歯痒くもなるのだけれども、いつの日だったかシャルがこう言ってくれた。


「違うよマリナ。あの子たちに必要なのは知識や技術じゃない。それは村の人に任せればいい。それよりもっと、場合によっては人生で一番必要なものを、あなたはすでに与えている」


 何のことなのかすぐにはわからなかったけど、シャルの悲しそうな表情で思い至った。

 多分、愛情のことだ。

 シャルが幼少期、両親から求めて止まなかったもの。二度と得ることができないもの。

 それは彼らも同様で。でも私は、親にはなり得なくて。


「あたしの時と一緒だよ。『家族』として大事にしてくれる、それだけでいいんだよ。……お姉ちゃん」


 久々の「お姉ちゃん」呼びと、ふわりと見せたその微笑みに、私は悩んでいるのが馬鹿らしくなった気がして。

 肩の荷を下ろすように大きく息を吐いた。いや、私が勝手に必要のない荷を背負っていただけなのだろう。

 気分を変えて改めて頑張るぞ、と心の中で意気込んでいたら、それまでの良い話を色々と台無しにする発言が飛び出してきた。


「あ、でも、恋人にするのはあたしだけだよ? 浮気は許可しないよ?」

「そんなことするわけないよ!?」


 君だけで十分だよ!



「難しい顔して何を考えているの?」

「……っと」


 過去を漂っていた意識が引き戻される。心ここにあらずな状態ながらもきっちり片付けを終わらせているあたり、体に深く染みついているようだ。

 ……染みついていると言えば、何より料理が第一である。私がお昼時に帰宅したシャルにご飯を予め用意していなかったのにも理由がある。


「ちょっと昔のことを…………ところでシャル、帰宅は八日後って言ってなかった? 三日も早く帰ってきて驚いたんだけど」

「あ、あああああ、マリナ成分の補給に頭が一杯で忘れるところだった!」


 何その成分、と突っ込む前に聞かされた報せに私は目を見開いた。


「今日の夜、また星が降るって! だから超特急で仕事終わらせて帰ってきたの!」


 星降りの夜。

 あるいは全てが始まった日。


「一緒にお願いしよう?」


 かつてのように、シャルは笑顔で可愛らしくおねだりをしてきた。

後編は1時間後に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ