xx 世界で一番美味しいモノ(後)
本日2話投稿してます。ご注意ください。
サブタイトルに深い意味はありません。……多分。
あたしにとっては、決戦の夜である。それこそ魔王に挑んだ時よりも緊張しているかもしれない。いや、確実にそうだ。
手はさっきから震えが止まらない。喉はすっかりカラカラ。心臓もずっとバクバクと鳴っていて静まる様子は全然ない。
それでも、あたしは行かねばならない。
ここは王城である。
魔王を退治して帰ってきたあたしたちは盛大な歓待を受け、夜には凱旋パーティが行われることになった。
そこで大問題が発生しつつも表面上は盛況に終了し、あたしたちは賓客として(フリードリヒ王子にとっては自宅だね)客室に泊まっていくことになった。
家に帰りたい気持ちで満載なんだけど、明日は明日でパレードがあるのでそのまま滞在してほしいとのこと。……出たくないよぅ。
これ以上明日のことを考えると萎えてしまう。それよりも今この後の方が遥かに重要だ。今までの人生における最大の山場だ。あるいは崖っぷちだ。
あたしは廊下の衛氏さんたちに「もう休むので絶対に起こさないでね?」と貴族言葉で迂遠に伝えてから宛がわれた客室に入り、すぐさま着替えてから極力音を立てないようにそっと窓を開けた。
そして外壁のわずかな出っ張りを伝い移動を始める。外に居る見回りの人たちに見つかったら騒動になるので、まるで暗殺者のように静かに、素早く。
目指す先は……もちろん、お姉ちゃんの部屋だ。部屋のグレードが違うのか、離れた位置にあるのが少し腹立たしい。
何故普通に廊下から訪れるのではなく、こんな突飛な行動に出たのかは、単純に知られたくないから。知られるわけにはいかないから。
忍んだ甲斐はあって無事見咎められることなく辿り着き、窓を小さくノックした。
「お姉ちゃん、開けて」
「しゃ、シャル!? なんで窓から? しかもそんな恰好で……」
あたしは驚きつつも窓を開けてくれたお姉ちゃんに「しーっ」とジェスチャーをしながら部屋の中へ入る。
困惑してはいるけど、騒いでほしくないことは察してくれたようだ。ちらっと扉の方を確認し、廊下から誰何の声をあげられないことに小さく息を吐いていた。
……念のため、(フレデリカさんに教えてもらった)遮音の魔法を使っておこう。
「何? また一緒に寝たいの? でもそんな薄着で外に出るとか、風邪ひいちゃうよ」
「それもあるけど……あたしは、ご褒美をもらいに来ました」
「……は?」
何をよくわからないことを、といった表情だけど、備えつけられていた毛布をあたしの肩にかけてくれることは忘れない。
……もう風邪なんてひかないのに、わかっているのかわかっていないのか。変わらないその優しさと、寒さに震えていた過去に同じことをしてくれたのを思い出して、自然と笑みがこぼれる。
あ、いや、うん、和んでいる場合じゃないの。
お姉ちゃんをベッドに座らせて、あたしはその隣に座る。それから、いくつか深呼吸をして、切り出した。
「ねぇ、お姉ちゃん。あたし……他の人が作ったご飯が食べられるようになったよ」
「……うん。さっきのパーティで、シャルが食べてたのを見てたよ」
つまりそれは。
「無理矢理飲み込むとかじゃなくて、後から気持ち悪くなるとかもなくて。そりゃお姉ちゃんの作るご飯に比べたら落ちるけど、ちゃんと美味しいって感じられて」
……依存症が、治ったということの証。
「あたしは、お姉ちゃんの料理がなくても、生きられるようにはなりました」
このセリフを、お姉ちゃんは一体どう受け止めたのだろう。
やや俯いて、少しだけ、震えているようで。
「……うん……そうだね。お疲れ様。頑張って治してくれて、ありがとう」
何かがごっそりと抜け落ちたような、弱々しい笑みを浮かべながらあたしの頭を撫でてくれた。
……多分だけど、大半は肩の荷が下りたような感じなのだろう。
でも……自惚れでなければ、そこにはどこか、残念そうな響きもあって。そう思う自分に疚しさを抱いているようで。
お姉ちゃんにもそういう感情があることに、あたしは安心した。
これなら、話を続けても大丈夫だ、と。
頭を撫でていてくれていた手に名残惜しさを感じながらも、掴んで胸元に引き寄せる。まるで祈りを捧げるように。
暴れて飛び出しそうになる心臓に落ち着けと命じながら、意を決して口に出す。
その寸前に。
「……シャル。パーティで、何か言われた?」
……お姉ちゃんは鋭い。普段は超がいくつも付くほど鈍ちんのくせに、こういう時だけは本当に鋭い。
先ほどのパーティで、お姉ちゃんとあたしは別行動だった。というよりは、あたしとフリードリヒ王子だけ、立場のこともあって分断させられた。
そして、王様や重臣……国の偉い人たちに囲まれて。
「あたしにね、フリードリヒ王子と婚約してくれ、って」
「――」
「あたしは断ろうとしたのに、あたしの意見を聞くこともなく、聞くそぶりすら見せず、周りの人たちでどんどんと盛り上がっちゃって、勝手に話を進めていって」
引き寄せたままのお姉ちゃんの手が一瞬固くなって、すぐに弱くなった。
これは……迷っている、のかな。
「口を挟めなくてほとほと困っていたけど、後になってフリードリヒ王子が提案してくれたの」
「……?」
「……すまんな。俺の父上が」
国王は、自分の考えが正しく国を導くと信じ、またそれが通るものだと思っている。以前の俺のように、傲慢なのだ。と自嘲を篭めて呟いた。
確かに、フリードリヒ王子は旅に出る前と後でものすごく変わった。一言で言えば丸くなった。
時折偉そうになってしまうけど(いや、実際に偉いのだけれどもね)、自分の考えが全てだとは思わず、周りをきちんと見るようになった。苦言も聞き入れるようになった。
「意外だね。フリードリヒ王子は、あたしと結婚したがると思っていたよ」
思い上がりでも何でもなく、あたしは彼に好かれているのだとわかる。……あたしはさすがにお姉ちゃんほど鈍くはないからね。
だから、王様たちの言葉に一も二もなく飛びつくものだと思っていた。
「まぁ、な。正直に言えば其方が嫁になってくれれば嬉しいとは思っている。けれど……」
「……けれど?」
「其方が誰を見ているのかだなんて、俺でもわかるぞ。もちろん、他の皆もな」
隠していたつもりは一切ないけど、改めて言われるとなんだか恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。
そんなあたしの態度にフリードリヒ王子は少しだけ笑い、そして真面目なトーンへと変化していく。
「それに俺は第三王子だ。勇者であり英雄である其方と結婚してしまっては、すでに王位継承が決まっている王太子の地盤が揺らぐことになってしまうだろう。そうなったら内戦まっしぐらだ。普段の父上なら、そんなこと簡単に気付くであろうにな……よっぽど勇者サマを取り込みたいのだろう」
「魔王が討伐された今、あたしの役目なんてないのにね」
「……本当に、そうだと思うか?」
あえて軽く流したあたしの答えに、切り込むように鋭く突きつけてくる。
考えたくなかったことだけど、あたしは溜息と共に少しばかりの怨嗟を吐き出した。
「……思わない。この力は、強すぎる。魔王が居なくても魔物は現れるから利用したいだろうし、周辺諸国への牽制にも使いたいんじゃないかな。あと、きちんと首輪を嵌めておかなければ安心できない人も多そうだし?」
場合によっては殺すことが一番の得策かもね、という言葉はさすがに飲み込んでおいた。殺されるつもりなんてさらさらないし、そもそも誰があたしに敵うというのだろうという感じだけど。
まぁ、お姉ちゃんになら嵌められるのもやぶさかじゃげふんげふん……一瞬浮かびかけた危険思想を脳内で追っ払い。
「その通りだ。だから……其方……たちにとっては、この国から逃げてもらうのが一番の幸せだろうよ。非常に申し訳ないことに」
憤懣やるかたない、といった表情だ。彼も、引き起こされるであろう結果が我慢ならないのだろう。自分の好意よりも、あたしと、国を優先する良い人だ。
……それでも、お姉ちゃんの方が好きなんだけれども。
「父上は……明日のパレードで婚約発表をするつもりでいる。……ハッ、其方だけでなく、俺にすら都合を聞かずにな。さすがに其方とて、中枢部だけでなく国民全体を敵に回したくないだろう?」
お偉い様に睨まれるだけならともかく、国民に(国王の暴走とは言え)期待をさせたあげく裏切ったら、酷いことになってしまう。
国民は逃げた勇者を悪と思うか、勇者に逃げさせるようなことをした国を悪と思うか……どちらに転んでもまずい。
でもあたしにとって一番まずいと思うのは、そんな状況に陥ってしまったら絶対にお姉ちゃんが気に病むということ。それだけは何を差し置いても避けたい。
「明日……」
「だから、タイムリミットは今夜中だ」
明日じゃなく、今夜の? と聞き返す間もなく、あたしのこれからを決定づける言葉を、叩きつけてきた。
「今夜中に、マリナを口説き落とせ」
ヒュッっと、喉が鳴る。
「そうすれば、『すでに相手が居るのに引き裂くような人倫にもとる行為は真っ平ごめんだ』と俺が意地でも婚約発表を止めてやる。あぁ、さすがに誰が相手かは言わないでおいてやるから安心するとよい。……言ったところで俺の頭が疑われるだけだろうがな」
ずっと、ずっと踏み出せずにいたこと。実のところ、依存症は少し前に治っていたというのに、いざとなると怖くなって、足踏みをして。
そりゃアピールは続けていたけれど、もちろん全部本気だったけれど、どこか冗談の混じったような、おどけたような雰囲気で、お姉ちゃんもいつものことだと流して。
いつかは真面目に踏み出そうと思っていたけれど、自分の意志で進むのではなく、崖の上でドンと背中を押された気分だ。
それをしたのがまさか、あたしに好意を持っているこの人だなんて。
……ひどいことだと頭ではわかっていたけど、それでもあたしは念押しをせずにはいられなかった。
「……あなたは、それでいいんですね?」
「何度も言うようであるが、俺個人の意見としては惜しい。が、それ以外の全ての面で其方は俺の嫁としては全くもってありえない。だからそこまで気にするな。どうしても気になるなら……たまにマリナの料理でも送ってくれれば、それで良しとしよう」
もう彼自身の中では吹っ切ったのか、飄々とした態度で肩を竦める。その様子からは無理は全く見られなくて、あたしは小さく安堵の息を吐いた。
しかし……最後のは何?
「……まさかとは思うけど、お姉ちゃんに気があったりしないよね?」
「ハハ、それこそまさかだ。料理人としては欲しいがな」
「……本当は、こんな形で言いたくなかったけど、どのみちあたしが出す答えは同じだから、少しだけ、時期が早まっただけだと思って」
国というものの上に立つ人たちがどれだけあたしたちのことを省みないか、その一端を知り呆気に取られているお姉ちゃんの意識を戻すように、握る手に力をこめて。
ゆるゆると戻ってくる視線に、あたしははっきりと目を合わせて……二度目の告白を行うことにした。
背中を押されはしたけれど、あたしの意志で。もちろん、能力の影響なんて、全くない。紛うことなき、あたしの本心。
「あたしは確かに、お姉ちゃんの作る料理がなくても生きられるようにはなりました。
でも……でもやっぱり、あたしはお姉ちゃんが居なければ生きていけません」
ぴくりと、握った手がまた動く。逃がさないんだから。
「お姉ちゃ…………マリナ。
あたしは、あなたが好き。大好き。愛してる。
家族としてではなく、一人の人として。この世界中の、誰よりも。
あたしの幸せには、あなたが必要です。あなたが幸せになれるよう、あたしの全てを捧げます。
だから、どうか……あたしの側に、居てください。離したくない。離れないでください。
あたしと一緒に、生きてください。ずっと、ずっと。
死ぬまで……一生、一緒に……!」
お姉ちゃんは、微動だにせず、一切口を挟まず、静かにあたしの言葉を聞いていた。
やがて考え事をするように目を閉じて、一呼吸、二呼吸……一分、二分。
そろそろあたしが不安になってきた頃に、ゆっくりと瞼を開き、凪いだ瞳であたしを見た。
「シャル……私は、やっぱり君に恋愛感情は抱いていない」
「――っ」
頭が、ガツンと殴られたような衝撃に襲われた。
血の気が引いて、クラクラする。耳の奥からザーザーと聞こえてくるノイズは、ただの血流ではなく鉛が押し込まれたようで。手足が氷のように冷えて、足元が崩れたような浮遊感に襲われる。
そのまま絶望の底に墜ちようとしていたあたしの耳朶に、現実に連れ戻すように慌てたお姉ちゃんの声がするりと入って来る。
「でも、私は、この世界で、君のことが一番大切だ」
未だに繋がれたままの手の熱が、わずかに上がった気がした。
「君のことを、世界で一番、愛している。……多分、だけど」
「……そこは言い切ってほしいなぁ」
自信なさげに最後に付け加えられた一言に、あたしは思わずツッコミを入れてしまう。
その裏で、凍りかけた体が加熱する。告げられた言葉を咀嚼して、少しずつ、少しずつ、体温が上がっていく。心が浮上していく。
たった二言言われただけで、さっきまでとはまるで正反対な心地だ。にやけてだらしなくなりそうになる顔を、必死に引き締める。
「……ねぇ、お姉ちゃん。それって、恋愛感情がないっていうの?」
熱さに耐えられなくなりそうで、もじもじとし始めた体をもてあますようにしながらも、気になった疑問を口にした。
お姉ちゃんはバツが悪そうに少し視線を泳がせ、握っていない方の手で頬を掻きながら。
「いや……なんていうか、その……シャルと居ても、ハラハラはしてもドキドキはしないから……」
「えぇー……」
ひどい言い草だ……!
あたしはこんなにも、手から心音が伝わるんじゃないかってくらいにドキドキしているというのに! 自分ではわからないけど、顔とかもきっと真っ赤だよ!
あたしの動揺と憤慨を余所に、お姉ちゃんは憎たらしいくらいに変わりなく……まぁ、うん、自然にそうすることができる、天然タラシなんだ、きっと。知ってた。
ともかく、と仕切り直すようにお姉ちゃんは姿勢を正して。
「……正直なところ、私は旅の間に辛いと思うことがたくさんあった。魔物との命のやり取りはもちろん、慣れない旅そのものもだし……一部の人たちとかも、おかしくはないんだけど……その」
お姉ちゃんは「おかしくはない」と言ったけど……。
いや、確かに、お姉ちゃんに悪意をぶつけてきた人たちは普通の人なのだろう。多かれ少なかれ、誰だって悪意は持つ。あたしだって持っている。
あたしとお姉ちゃんにとっては理不尽だと思うことでも、その人にとってはきっとそれが普通なのだろう。許すことも納得もできないけど、ほんの少しばかりの理解はできる。
「私を取り巻く環境が一変して、実は世界はこんなにも厳しいものなのかと神経が擦り減っていく感覚がして、ただ寝るのも息苦しくて、寒くもないのに冷たさを感じて」
そう言って沈むお姉ちゃんに声をかけようとして、「その原因を作ったのはあたしのくせに」と躊躇してできずにいる間に自分で戻ってきたお姉ちゃんは、いつものふんわりとした笑顔をあたしに向けてきて。
「でもね、シャルがいつかのように布団に潜り込んでくるものだから、君の体温が昔の二人で暮らしてた頃と何も変わらないものだから、『あぁ、世界は何も変わっていないんだぁ』なんて、安心してストンと寝ることができたんだ」
えっ。……つまり、いつもお姉ちゃんがさっさと寝てたのって、実はあたしのせい!?
……まぁ、うん、お姉ちゃんの安眠に貢献できたのだから、ここは喜ぶところだよね。
「君はあの夜、私に『いっぱい助かった』と言ったけど、私も、君のおかげで助かっていたんだよ」
「で、でも、元はと言えばあたしのせいで――」
思わず反論のようなものが口を出かけたけど、それは遮られて。
「そうじゃない、そこじゃないんだよ」
いつかの、あたしがお姉ちゃんに言ったような言葉で、返してきた。
何だろう、と首を傾げているうちに、同じことを思い出したのか「逆になったね」なんてお姉ちゃんは苦笑して。
「シャルは、依存症を治すという約束を果たしてくれた。だから……私も、考えた末の結論を言うよ」
眼差しは、一度目の告白とは違い、逃げの姿勢が一切見られない、迷いのない真っ直ぐなもので。
その強さに、また少し体温が上がった気がした。
「私は、君がこれまですごく、ものすごく頑張ってきたのを見てきた。顔では笑いながら、心の中では嫌だと叫びながら、それでも誰かのために剣を握った。押し付けられただけの、勇者という重すぎる責務を、最後まで立派に果たした。私は世界で一番君がすごいと思うし、誇らしく思う。そして、これからは誰かのためでなく君自身のために生きて、幸せになってほしいと思う。だから……」
あたしの方が気圧されて逃げられないでいるうちにお姉ちゃんは、ゆっくりとあたしの頬に手を添えて。
「シャルがそこまで私を必要としてくれるなら。どうしても私が必要なのだと言うのなら。
……君の側に居るよ。いつまでも、どこまでも。
ただ単に君の願いを叶えるという受動的なものだけじゃなくて、私が君の願いを叶えたいと思ったから。
私に生きる目的と、生きるための熱を与え続けてくれた君のために。私自身のために。
ずっと、一緒に生きて行こう――」
気付けば、まるで壊れ物にでも触れるかのように、ふわりとした感触が、唇に――
…………は? え? 今の……まさか……?
あたしが今言われたこととされたことを脳が認識した時、涙腺が瞬時に決壊した。
……のだけれど。
「うぇっ!? ご、ごめん、ダメだった!?」
おろおろとするお姉ちゃんにさっきまでの凛とした姿勢は霧散して、あたしは嬉しさに浸る間もなく。
ついカッとなって、側にあった枕でお姉ちゃんをばっすんばっすんと殴り付けてしまう。
「嬉しいからに決まってるでしょう!? この鈍ちん大魔王!!」
「ごふぁっ!?」
本当にもう、この人は! この人は!! 難易度エクストリームの裏ボスだよ!!
そこもひっくるめて全部好きなのが本当にもうあたしってば救えない! 救われなくてもいいけど!
「まぁ、いいよ、うん。お姉ちゃんに覚悟があるなら、あたしも心配はない」
涙を拭い、切れた息を整えながら、枕アタックで計らずも押し倒す形になってしまったお姉ちゃんの上に乗る。
「……うん? シャルロットちゃん……? ……何で、服を脱ぐのかな……?」
さすがにあたしが何をする気なのかわかったのだろう。微妙に口元をひくつかせながらも、恐る恐るあえて尋ねてきた。
……さすがにわかるよね? いくらなんでも素でわからなくて聞いてるとかないよね?
「あのね、お姉ちゃん」
「ハイ」
「フリードリヒ王子は『口説き落とせ』としか言ってないけど、あたしの意志を無視する人たちが、『告白しました。付き合い始めました』だけで納得して諦めると思う?」
「それは……」
そう、これだけじゃ「足りない」。
だからあたしは。
「手っ取り早く……というとお姉ちゃんに失礼かもだけど、まぁそこはお姉ちゃんだし置いておいて」
「えっ。ちょっと」
何か抗議したそうだけど、無視だよ無視。
というかあたしもめちゃくちゃ恥ずかしいので勢いで押すしかないんです。止まったらお終いなんです!
「諦めない可能性が高い以上、確実に『あたしはすでにお姉ちゃんのものです』ってなっておいた方がいいでしょう?
あえて卑俗な言い方をすれば、王族じゃない子種を仕込まれているかもしれない非処女なんてあっちもごめんでしょう?」
「なんてこと言うの君は!?」
残念ながら子どもができる可能性はゼロなんだけど、そこは事情を知らない人たちにはわからないわけで。誤魔化すことができて、なおかつあたしが満たされるという一石二鳥の作戦である。
それでもお姉ちゃんは往生際悪く、君の願いを叶えたいというさっきのセリフはどこに行ったのやら、ものすごく挙動不審になりながらどこか逃げ道がないか探しているようだ。
……だから逃がしませんってば。
「だ、第一、シャルはやり方を知ってるのっ?」
「逆に聞くけど、お姉ちゃんは知らないの?」
「……うぐ……そんな機会も余裕もなかったし、なんとなくしか……」
まぁ、母親は二人とも早くに亡くなっているから教えられていないのだろうし、あたしの知らない間にこっそりそういう関係になった人も居ないということで、良しとしておこう。
むしろこれは……チャンス?
ニヤリと表情に出てしまったのか、お姉ちゃんがビクっとしている。おっといけない。
「あのね、お姉ちゃん。貴族は血を繋げるのも義務の一つでね」
あたしとお姉ちゃんじゃ繋げられない? いいんです、そんな義務はポイです。そういうのは他の親族にお任せです。
どこか怯えたような表情になるお姉ちゃんをさらに追い詰めたくなって、舌なめずりしそうになる表情筋を抑えて、続きをそっと耳元で囁いた。
――性教育はバッチリ受けてるから、あたしがお姉ちゃんに教えてあげるね。……実践で――
もちろんあたしは男性が相手と想定した教育しか受けていないし、全く経験も自信もないのだけれど、そんなことはおくびにも出さず。
自分でもはっきりと自覚できるほどの悪い悪い笑顔を向ける。
すると――
ボッ
と、大きな音がしたような錯覚を引き起こさせるほどに、お姉ちゃんの顔が瞬時に真っ赤になった。
そういえばお姉ちゃんの赤面顔を見るのはこれが初めてかもしれない、などと頭の片隅で欠片ほどの思考をしながら。
使用した言葉のせいとはいえ、初めてあたしを意識してくれたんだ、という様が、あまりにも嬉しくて、可愛くて、愛しくて。
「――あ」
理性のタガが完膚無きまでに壊れたのを感じた。
そしてあたしは、濁流の如き激情に翻弄されるままに。
「ま、待ってまってマッテ! こ、心の準備が! 脱がさないで!?」
「だめですむりですまてません……もうとめられません」
「ちょ、こら、どこに手を突っ込んで――――んっ!?」
さぁ、あたしが世界で一番大好きな、きっと世界で一番美味しい愛を、いただきましょう。
続きはノクターンで(嘘です
おまけ絵を描いてみたので、興味のある方はどうぞ活動報告をご覧ください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
(最後と言いつつ後日談がさらに追加される可能性もありますが)
縁がありましたら次回作でお会いしましょう。まだ構想途中なのでかなり時間がかかりそうですけど……。
もしお時間があるのでしたら、前作「悪魔憑きの神霊使い」も読んでいただけると嬉しいです。
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首輪嵌められたい系女子がここにも居ます(酷い説明




