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1 星に願いを

こんなタイトルですが、飯テロ的なきちんとした料理シーンはほぼ出てきません。

ご了承ください。

「マリナおねぇちゃん、お星さま、まだかな?」

「うーん、もうちょっと後かなぁ?」


 私は寒さを凌ぐためにも幼い妹を抱きしめながら適当に答える。だって正確な時間なんて知らないのだから仕方がない。


 今夜は、星が降るらしい。


 そんな話を聞いた。でも、何時からなのかまでは聞いていなかった。

 だからこうして、寒さを我慢しながらずっと夜空を見上げて時が来るのを待つしかない。


「早くこないかな。あたし、いっぱいおねがいごとがあるんだ」


 妹はくふふ、と楽しそうに笑い声を漏らしながら、待ち遠しいのか単に寒いのか体を揺らす。

 あんまり動くと隙間ができて寒いよ、と苦笑しながら落ち着かせるべく頭を撫で、風邪を引かないように一緒に包まっている毛布の前をぎゅっと手繰り寄せる。

 とは言え毛布はとても薄くて頼りないので無いよりマシという程度である。ゆたんぽが居なければ耐えられなかっただろう。


 私たちが寒い中我慢しているのはただ流れ星を見るだけではない。いや、星そのものにも多少は興味はあるのだけれども。


 星に願いごとをすると、その願いが叶う。


 ……らしい。

 眉唾である。いくら何でも信じられるわけがない。

 でも、その噂を聞いた妹が楽しみにしてしまったのだ。可愛らしく「いっしょにおねがいしよう?」とおねだりされてしまうと私に断る術はない。


 四つ下の、血の繋がらない妹。親の再婚によってできた絆。

 私はお父さんの子で、妹はお義母さんの子で。

 お父さんは娘である私の目から見ても平々凡々な容姿だったけれども、とても優しく、いつも穏やかな笑みを浮かべ、一緒に居るだけで安心できる人だった。

 だから、ものすごく綺麗で楚々とした、どこか気品すら漂わせる女の人を連れてきて「再婚したい」といわれた時、びっくりもしたけど同時に納得もした。私の生みの母親はかなり前に病気で亡くなっているので、少し寂しい感じはしたけれども反対しようという気は起きなかった。


 そしてその人には連れ子が居た。それが、今私の腕の中にいる妹だ。

 私はお父さんによく似て平凡だけど、妹はお義母さんによく似てとても可愛らしく、素直で聞き分けも良く、私よりもよっぽどできた子だった。

 ただ一つ問題があって、この子は生まれつき体が弱く、お義母さんもそれが心労となって病みかけていたようだ。

 ……だからだろう、お父さんが再婚を決めたのは。お父さんは不器用で要領が悪くどちらかと言えば奥手だったのに、お母さんのように死なせたくなかったから、手を差し伸べずにはいられなかったのだろう。どうしようもなくお人好しなのだ。


 新しく作られた家族のカタチ。

 お義母さんは疲れたような表情をすることが多い人だったけれど、しばらくしたらお父さんの影響か笑顔も増えてきたし、私にも少しずつ構ってくれるようになった。

 妹も最初は緊張していたのかおどおどとしていたものの、すぐに「おねぇちゃん、おねえちゃん」と懐いてくれて面映ゆい気持ちになった。目に入れても痛くない可愛さだ。

 あまりお金はなかったけど、家族四人、少しずつ仲を深め、幸せになれるものだと信じていた。


 しかし、その生活は長く続かなかった。

 両親が私たちを遺して亡くなってしまったのだ。子ども二人で留守番している間に、暴走馬車に轢かれてしまった。

 泣いた。それはもう泣いた。体中の水分が全てなくなって干からびてしまいそうなほどに泣いた。

 絶望もした。私はまだ子どもだというのに、どうやって生きていけばいいんだろう、と。


 けれども、その絶望も長く続かなかった。続けられなかった。

 私と同じように涙をポロポロと流していた妹が、私の服の裾をぎゅっと握りしめたその瞬間に「妹を守らなきゃ」と言う使命感に塗り替えられたのだ。

 私は独りじゃないんだ。まだ、家族は残っているんだ。私がここで諦めたら、それこそこの子はどうやって生きていくんだ。

 幸い私は準成人にはなっていたので、事情を説明して頼み込むことによって成人並みの量の仕事をさせてもらえることになった。


 そんなこんなで二年経って今に至る。

 何とか生きていけてるけれど、妹は同年代の子に比べて体が小さく、痩せてしまっている。可愛らしいことに変わりはないが、髪色は少しくすんでしまっているし、元々病気がちだったのも相まってよく寝込んでしまう。

 がむしゃらに働いても大したことのできない子どもが稼げる金額なんて高が知れている。そんな厳しい現実をこんな形で知るのが、とても辛い。

 ……お母さんのように死なせてしまうのではないかと、とても、怖い。

 でも、妹も妹で頑張っている。最初はふさぎ込んでいたけど、また笑顔を見せてくれるようになったのだ。家のこともできる範囲でお手伝いしてくれる。年上あねである私が、先に折れるわけにはいかないのだ。

 決意も新たに、私は妹を抱きしめる力を少しだけ強めた。

 

 ……妹の願いごとは多分、「両親に戻ってきてほしい」だろう。妹はお父さんによく懐いていたし、お義母さんはあまり良い母親とは言えなかったけれど、妹がちらちらと気にしていたのを何度も見ている。

 私は願いごとなんて叶うわけがないとわかっているから大丈夫だが、妹がその事実を知った時にどうやって慰めるべきか……。

 心の中で唸っていると、妹が静かになっていることに気付いた。小さな寝息が聞こえてくる。


「……あれ? おーい、シャル? シャルロットちゃーん? 寝ちゃった?」


 軽く揺さぶってみるけど起きそうにない。いつも妹が寝てる時間から大幅に過ぎているのだから、眠気に勝てなかったのだろう。

 でもこれで「私も寝ちゃったよ。お願いごとできなくて残念だったね」と口実ができることに思い至ったので、そのまま寝かせて私も退散することにした。

 よいしょ、と抱き上げてベッドに連れて行こうとしたその時。


 星が、流れた。


「あー……もうちょっと頑張ってれば見れたのにね」


 私一人だけで見るなんて、と妹はむくれるだろうか。奮発してお菓子を買って来れば許してくれるかな。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。いくつも流れる星を見上げながら、ぼんやりとそんなことを思う。

 あぁ、一応願いごとはしておこうかな。叶うなんて信じてはいないけど、願掛けと言うか、今後の目標と言うか。


「……シャルに、おなかいっぱい食べさせてあげたい。この子が、健康に、強い体になれる日が来ますように――」


 そのために、お金を稼ぐだけじゃなく、料理も頑張ろう。

 食材が少しくらい悪くても、料理の腕が良ければいくらか美味しく食べられるだろう。


 そんな私の願いは。


 叶ってしまった。


 料理のことを考えていたせいか、その、何と表現したものか……私の手に、料理の神様が宿った、ような。


 同じような食材を使っても、同じような調理法でも、味がとても良くなったのだ。

 最初は「たまたま良い食材に当たったのかな?」と気のせいだと思ってた。

 でも、お金がなくて薄いスープしか作れなかった時も美味しくなったのだ。これはおかしい。


 私は、このことについて、きちんと考えるべきだったのだ。


 明らかにおかしい事態だったのに、料理が美味しくなったと妹がとても喜んでくれたことに、褒めてくれたことに、私は調子に乗って作り続けてしまった。

 栄養面でもプラスがあったのか、小食だった妹がよく食べるようになり、健康的になってきた。子どもらしいふっくらとした体に、瑞々しい肌、ツヤを取り戻したそのプラチナブロンドの髪はまるで光を放っているかのようだった。

 澄んだラピスラズリの瞳に活力が宿るようになり、笑顔に花が咲き、言動から希望が溢れ始めた。少しばかりワガママが増えたけれど、むしろ今まで色々と我慢させてしまっていたし、私に対して余計な遠慮をしなくなってきたということでもあるし良い傾向だろう。

 体が満足に動くまで回復して外に出られるようになったら体力も増し、身体能力も増していった。その時は、元々の素質が栄養不足で埋もれていたのだろう、と思っていた。


 私は、もっと深く、考えるべきだったのだ。


 ただ漫然と料理を作るだけでなく、色々な研究もした。

 この能力はどうやら料理関連のみに発揮されるようで、料理を絡めれば面白い使い方もできるけど、他には一切応用ができなかったのは残念だった。

 あと、意識をすればどれだけの能力を使うか決められるらしい。思いのまま、とはまだいかないけれども。

 実験として、すっごく意識して能力全切りで料理を作ってみたらあまりの味の落差に妹に泣かれた。……つまり私の素の能力はあまり上がってないと。

 突如与えられた能力なのだから、突如として失せるかもしれない。だから、能力に頼らずに美味しい料理が作れるよう頑張らなければ。


 ……そんなことではなく、もっと別のことについて、考えるべきだったのだ。


 妹が評判になり始めた。

 元々がとても可愛かったのに更に可愛くなったのだ。その上、少女から大人の女性へと少しずつ変わっていく時期、蕾が花開くような、とはまさにこのこと。

 大人になるにはまだまだ足りないが、境界線上だからこそ持ち合わせているアンバランスさには男女問わず惹かれてしまわずにはいられない。

 容姿だけではなく、身体能力にも優れ、性格も良いのだからモテないわけがない。

 私から見ればいつまで経っても甘えん坊な妹であったが、世間の目は劇的に変わってしまった。

 純情な少年に限らず下心を持ち合わせている大人も居たが、それを撥ね退けるくらいに妹が強くなっていたことには安堵した。


 何時の間にそこまで、という疑問には、親切な女性冒険者にナイフを一振り譲ってもらい、軽く手ほどきを受けていたと答えが返ってきた。

 お礼を言わなきゃと慌てたけれど、もう別の街に旅立ってしまったらしい。残念である。

 その人に多大な感謝はあれどもそれはそれとして、いくら師が居るとはいえ報告もなく勝手に刃物を取り扱った妹にはさすがにお説教をせざるを得なかった。私をビックリさせたかったらしいけど、そういうビックリは心臓に悪いだけなのでやめましょう。


 妹は準成人になった日に冒険者登録をした。その女性冒険者の影響も受けたのだろうけど「あたしがお姉ちゃんを守る」だとか……嬉しいような、情けないような複雑な心境である。

 ちなみに、私の身体能力は変わらず平凡である。妹と言っても義理だし、お義母さん側の遺伝なんだろうね。お父さんは平凡どころかドンくさかったし。

 ……私が平凡すぎるせいで周囲のやっかみがあったことは頭痛の種であるが妹には内緒である。姉で良かった。これで兄だったらもっと酷いことになっていただろうという予想がありありと目に浮かぶ。

 とりあえず、私はもっと頑張ろう。このままでは妹のヒモになってしまう。能力を活かして料理人になっていればもっとお金を稼げたかもしれないけど、漠然とした不安があって止めておいたので、私の収入はあまり増えていないのだ。


 妹が近所どころか街中で評判になっていった。そしてある日、私たちの生活がまたも一変する出来事に遭遇した。

 なんと、お義母さんがさる伯爵家の娘だったらしい。伯爵様がこの街に視察に来た時、将来の超有望株な幼い冒険者に興味を持ったようで激励でもするかと会ってみたら「失踪してしまった娘にそっくりだ……この子は儂の孫に違いない!」と叫び周囲が騒然とした。何の冗談かと思ったけど、調べてみたら血縁なのは事実だった。

 妹はそれなりに名を馳せた冒険者になっていたがまだ成人前だった。それゆえ親族の、それも貴族の行動を止めることはできなかった。

 妹だけ引き取られる予定であったが、すっかりお姉ちゃんっ子になってしまった妹が「お姉ちゃんと一緒じゃなきゃイヤだ!」と駄々をこね……もとい交渉した結果、私も一緒に連れて行かれることになった。さすがに家族枠ではなかったが。

 根っからの平民が貴族に関わるのはちょっと……と思ったけど、妹に縋られるように頼られてしまっては私に振り払うことはできない。それがなくても離れがたい気持ちはあったけれども。

 伯爵様の見定めるような視線に晒されて悲鳴をあげる胃を押さえながら、新しい生活に足を踏み入れることになった。


 伯爵様の屋敷ではメイドのようなことをしていた。妹が私の扱いに怒ったが、私はこれくらいの方が楽だから、と説得した。正直それ以上の扱いをされても困るしね。ただでさえコネ採用だと陰口を叩かれてるのだし……しばらくしたら聞かなくなったけど、努力を認めてもらえたのか、妹が何か手を回したのか。前者だと思いたい。

 元より毎日家事をしていたけど所詮素人だったから、仕事を覚えるまでが大変だった。でもきちんとしたプロの料理方法を見せてもらえるのは楽しかったし、仕事の合間に本を読ませてもらえるのもありがたかった。つい先日、「世界の高級食材&珍味」って本を読んだけど、いやぁ、人ってあんなすごいものも食材にするんだねぇ……。


 ともあれ、以前と違い衣食住が保証されていたこともあり、私は程々に不満のない生活を送っていた。

 しかし、妹にとってはそうではなかったようで。

 伯爵様は私自身とは全く血が繋がっていない。可愛い孫シャルの頼みで住み込みは許可されたけれども、当然私はお貴族様用のキッチンに立たせてもらえなかった。

 妹がぶうぶうと「ご飯が美味しくない」と愚痴るので(一応、人前で言わない程度の自制心はあるようだ。お抱え料理人がクビにされずに良かった)こっそりと使用人用キッチンでご飯を作ってあげたこともあった。

 使用人仲間には評判だとちょっとばかり自慢したら「あたしももっと食べたい……でもそれよりももっとお姉ちゃんと一緒に居たい。……前の生活に戻りたいよ……」と悲しそうな顔で服を掴まれ、何とかしてあげたい気持ちが沸いたけれども、何の力もない私には頭を撫でてあげることしかできなかった。


 この時点になってやっと私は妹のとある様子に疑問を持ち始めたが、それが何なのかはっきりと形作るにはもう少し時間が必要だった。

 しかしその前に、これ以上は変化しないだろうと思われた生活がまた変化する。


 何でも、妹が勇者に認定されたとか。


 ……さすがに、ぶっ飛んだ展開すぎて、私の頭は真っ白になった。

※準成人は12才、成人は15才。


今日は1時間後くらいにもう1話投稿します。

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