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かつて魔法は確かに存在した

転生したら奴隷になったがこの世界の奴隷制度はおかしい

作者: 魚の涙

世界観的にはディストピアですが、転生奴隷に限って言うならハッピーエンドだと思ってます。

☆転生したら奴隷になったがこの世界の奴隷制度はおかしい。

 おぼろげにしか覚えていないが、前世も苛烈な一生だった。

 頭のおかしい母親から逃れて必死になって成功して妻子を得たと思ったら、仕事で渡った国でテロリストに捕まって殺された。

 文章にしてみると平坦な感じがするが、とにかく大変だったのだ。

 生まれ変わった時は前世に対する心残りが半分、今生を楽しく生きてやると言う決意がもう半分。

 で、生後半年で前世以上にハードになった。

 集落が流行り病で消滅したのだ。

 当然俺も死に掛けた。

 そんな俺を救ったのは赤い軍服風の衣装に身を包んで、顔を赤い仮面で隠した集団だった。

 赤い仮面の集団が修正局の職員だと知ったのは喋れるようになった頃だ。

 修正局は前世におけるありとあらゆる公的組織の上位互換的な連中だ。

 前世の政府や議会に相当する代表自治会が、中規模集落二つを壊滅させた流行り病を収束させる為に派遣したのだそうだ。

 この事を知った時の俺の感想は、何じゃそりゃって感じだ。

 何かこう、転生って言ったらファンタジーなイメージがあったんだよね。

 それか中世ヨーロッパ的な?

 ところがこの世界、国のありかたからしてちょっと変だ。

 俺も良く分かってないから詳しく説明は出来ないけれども、とりあえず今俺が生活している地域は北部自治領連と呼ばれる地域らしい。

 因みに南側に南部自治領連は無くて、南殻土共和国があるらしい。

 その昔は大殻土連邦共和国と呼ばれる一つの国だったらしいけれど、魔王が猛威を振るったせいで今の様な状況になったとか。

 ……魔王。うん、ここだけふぁんたじぃなんだよね。

 ただ、その魔王に関する情報は殆ど残されていない。

 名前も、種族も、姿形も、能力も、何一つ情報が残されていない。

 扱いが名前を言ってはいけないあの人的な感じだ。

 因みに、魔法はちゃんと存在していたそうです。

 存在していた。

 していた。

 ……魔王との戦いで全ての魔法士が戦死して失伝したのだとか。

 南殻土共和国には魔法技術復刻協会とか言う組織があるらしいけど、北部自治領にはそれに該当する組織は無いそうです。こんちくしょう。

 あと、魔法があって魔王も居たのに、勇者とか聖女とかは居なかったみたい。

 魔王を討伐したのは軍隊で、ある資料によれば戦死者は百万人を超えたとか。

 別の資料では十万人程だと書かれていたけどね。

 その時代の資料は殆ど残っていないから、正確な事は良く分からない。

 でも一つ間違いない事は、兵士以上に奴隷が死んだって事。

 百万人の資料と十万人の資料では戦死者の数こそ大きく違っているけど、どちらの資料でも第一次会戦では兵士より多く動員されていた奴隷が、第二次会戦以降では兵士の半分以下しか動員されていない。

 第一次会戦で殆ど全ての魔法士と奴隷が戦死したそうだ。

 で、その影響は魔王封印宣言から二百年経った今尚残っている。

 奴隷不足問題。

 北部自治領連における重大な問題につけられた名前である。

 もう一度言おう。

 奴隷不足問題。

 前世の常識に照らし合わせる限り、意味不明な言葉だろう?

 まあ、分かりやすく言えばただの人手不足なのだけど。

 ただの、と言うと語弊があるかな。

 深刻な人手不足、と言った方が正しい。

 その原因は魔王だ。

 魔王はとにかく人を殺した。

 一番死んだのは奴隷か兵士なのだけど、そうでない人も沢山死んだ。

 直接殺されなくても、戦死者の家族が生活できなくなって結果死んだと言う話はありふれた出来事だったらしい。

 その家族を奴隷にしたらよかったのにとか、そんな生易しい時代じゃなかったそうだ。

 奴隷を養う余裕も殆どなかったらしい。

 魔王に関わる幾つかの仕事、要するに誰もやりたがらない様な仕事でのみ奴隷は残されていた。

 二百年経ってようやく、自力じゃ生きていけない人達、俺の様な孤児や怪我や病気で職を失った人達を養う余裕が出来て、奴隷制度が完全復活したのだとか。

 断言しよう。この世界で奴隷制度を批判した者は、奴隷に袋叩きにされて殺される。

 二百年以上もの間奴隷が不足した結果、奴隷は貴重な存在になったのだ。

 どれくらい貴重かと言うと、給与はしっかりと支給され、福利厚生休日は確保され、衣食住に苦労する事は無く、職業選択と転居以外の自由が確約されている程貴重な存在なのだ。

 俺みたいな戦後の奴隷ですらこの待遇だ。

 戦前から続く奴隷の家系だと嫁取りも困らないとか。

 で、そこまで高待遇なら仕事内容はさぞかしブラックだと思うだろう?

 残念ながら、と言うか幸いにも、むしろ幸福な事に、そんな事は無いのだ。

 奴隷の仕事は魔王を崇め奉る事だ。

 正確に言うと魔王が封印されている方角に居住して、万が一魔王が復活した時に楯になる事らしい。

 と言っても、魔王がどこに封印されているのかは今一はっきりしていなくて、取り敢えず北部自治領連の北側らしいとしか分かっていない。

 そもそも北部自治領連自体が対魔王防壁の様な役割を担っていた様だ。事実、いくつかの資料にそれを示唆する記述がある。

 一応それらを調べるのが俺の仕事だ。

 資料廟と呼ばれる施設で日々文献を読み漁る仕事。

 ノルマも無ければ報告書の作成すら不要。

 畏怖と恐怖から全ての情報が秘匿された魔王に関する資料を調べるのだから、まともな人は俺等に関わろうともしない。

 因みに由緒正しき奴隷の方々は魔王復活を阻止するためと言って、荘厳な神殿に籠り日々修行と祈祷に明け暮れているらしい。

 彼等は自らを神祇官と呼んでいる。

 ああ、そうだ。

 さっき職業選択と転居の以外の自由が確約されていると言ったけれど、あれは嘘だ。

 奴隷には信仰の自由も無い。

 奴隷の仕事は魔王を崇め奉る事だ。

 一日四度北に向けて祈祷を捧げる義務が、奴隷にはある。

 俺は前世で神様を信じてはいなかったし、転生するにあたって神様に出会う事もなかったけれど、今生では確かな信仰心を胸の内に抱いていると自負している。

 信仰対象は魔王。俺等奴隷が安穏と生きていられるのは魔王のお蔭だからだ。

 今日二つ目の鐘が鳴った。

 さて、祈祷の時間だ。




★神威計測器の全ての針は今日も変わらず南を刺していて、色は白を保っている。

「おはようございます局長殿。今日の森林の禍護に感謝を」

 神偽官殿のふざけた様で畏まった声に視線を向けて赤面を外す。

 灰色の神官服に身を包んだ神偽官殿が、二人の神官技師を引き連れて歩いて来る。

「今日の森林の禍護に感謝を」

 赤面を胸前に添えて返礼し神威計測器から三歩離れると、二人の神官技師が神威計測器の点検を始める。

 それを監督する神偽官殿は私の隣に並んで立ち止まり、真面目な様でふざけた顔を私の耳元に近付けて囁く。

「相変わらず勇猛な印象の制服ですな。私の着る様な人皮で誂えた悪趣味な法衣と違って」

 神偽官殿が纏う神官服は人皮で作られている。

 その事を神官技師達は知らない。

 私は表情を固定しながら二人の神官技師を一瞥し、彼等の兜が神威計測器に接続されている事を確認してから口を開く。

「御戯れが過ぎます」

 接続中の神官技師は外界からの刺激を感知出来ない。

 そうであっても、その横で冗談にならない発言をする神偽官殿の神経は理解出来ない。

 だが、同時に納得はしている。

 真実を知って尚造られた勇者の成れの果てを信仰出来る程の気狂いだからこそ、薄氷の上に成り立っているこの世界で正気を保つのが精々であった修正局の職員には理解の出来ない心の有り様なのだろうと。

「彼らの様な敬虔な信者は数十人に一人なのですよ?」

 それでも咎める口調になってしまうのは仕方の無い事だ。

「あまり張り詰めていると、あっさり切れてしまいますよ? 少し弛んだ紐は多少揺らしても切れはしないのですから」

 神偽官殿は哀れむ様なふざけた顔で肩を竦める。

 我々は全てを知った上で偽っている。

 魔王が封印されているのは北の森林ではない。

 南殻土共和国との間にある森林地帯だ。

 北部自治領連と言う曖昧な組織だからこそ、集落の無い空白地帯を自然に作り維持する事が出来た。

 魔王を封印するのは魔王に対する揺るぎ無い信仰心だ。

 これは私見でしかないが、今は失われた魔法と呼ばれた技術体系の根幹は、この信仰心にあったのではないだろうか?

 秘匿文章――資料廟に奉納されている紛い物では無い――によると、魔王信仰の高まりと共に魔王は弱体化したと記録されている。

 魔法とは、信仰対象から力を奪って発動する技能だったのではないだろうか?

 事実記録に残る大きな災害は魔法で発展していた地域に起きる傾向があったらしい。

 全ては個人的な推測で確証は無い。

 だが、理屈や仕組みがどうであるのか以上に結果が重要だ。

 奴隷を誘導して確立した魔王信仰が規模を増す毎に、神威計測器はその色をより一層白くした。

 しかし、魔王信仰が高まるにつれて起きると想定された最悪の事態があった。

 それは魔王復活を望む声の発生と、その高まりが制御不能な領域に到達する事である。

 防止策として、神威計測器の針は逆さを示す。

 魔王は北に封印されている。

 奴隷共の間では、そう信じられている。

 神官技師。かつては奴隷の系譜として蔑まれて来た者達の末裔は、そう信じている。

 神威計測器と接続していた神官技師の一人が、耳から血を流して倒れた。

 その身体は小刻みに痙攣し、肌は土気色から蒼白へと変色した。

 そして歯を食いしばりながら吐血して、祈りの言葉を吐く。

「神臨、の、加、護に、感謝を」

 現存する希少な魔法具に全てを捧げた神官技師がこの後どうなるのかは二つに一つ。

 廃人となって生き残るか、神官服になるか。

 否、今組織されつつある復活魔王抑圧組織の装備になる可能性もあるのか。

「ああ、信仰心のなんと美しいことか。敬虔なる技師が神臨の奉護とならぬ事を」

 神偽官殿が胸前で聖印を切り、虚空に魔陣を描く。

 私はそのふざけた様で慈悲深い微笑みに底知れぬ嫌悪感を抱く。

 血が神威計測器に飛び散って、鮮やかな模様になった。

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