欲
楽しいなぁ、考えるって、そうは思いません?
楽にいきる場合即座に切り離さなきゃいけないんですけどね。
これなしの生活は、考えられません。
やりたいことがある。
「ならやればいいじゃない。」
でもできない。
「あら、何故?」
それをするには、柵が多すぎるからさ。
「あなたがそう感じているだけに過ぎないのに。」
だとしても、禁忌を犯すだけの覚悟は僕にはない。
「…そう。なら、造ればいいじゃない。」
もう既にコースアウトしている君が言うと説得力があるね。
「だって、人生は短いのよ?やりたいことやってなんぼじゃない。」
だからこそ失敗はできない。
「だからこそヒトは間違えて、」
つまづき、
「停まり、」
動かない。
「よく出来てるよねぇ、そう思わない?」
不完全であるが故の慢心っていうのかね。私は好きだよ。
「足りないならば補えばいい。」
うん。でも、最近は足りなければ足せばいい。が主流だね。
「ホント、困るよねぇ。」
人間はこれだから「不完全」なんだ。
高等学校、教室。横6×縦7の座席窓際と廊下側の一つずつがない40席。その前から四番目窓から三列目。この席に彼は座っていた。周囲の席の人物は彼を避ける。
曰く、嫌な感じだとか、キモいだとか、暗いとか言う理由で。
実際、彼は根暗だし、人嫌いだし、何より自分で自分を下の中と評価する。
しかし彼はこの状況になんとも思ってなかった。授業は滞りなく進められ、ペアは組まず、友人もいない。それでも彼は、表情一つ変えない。
例え学年一運動ができても、成績がよくても、誰も寄り付かないし誰も気にしない。
それが普通。それが標準。それが平常なのだ。
彼の趣味は人間観察。行動パターン、会話内容と抑揚、表情、目配せ、それらの情報から人となりを見極められる。一人にかけるのはおおよそ一週間。
好物も好みのタイプも気に入るものもない彼が唯一楽しめること。これも、マンネリ化しつつある。
「小灯君、これあげる。」
目をつむり周囲の会話に耳を傾ける彼の机に置かれたレジ袋。確認してみると中身はあめ玉。はっきり言っていらない。
視線を上に上げると人懐こい微笑みを浮かべた少女がこちらを見ている。
―めんどくさいな―
彼女は甘党でスポーツができて元気でアホだ。これ以上の説明はいらないだろう。
「あ、いらない?」
―わかっているならそれなりの行動をしろよ―
「いやぁ、だってこの間の小テスト、助けてもらったし、そのお礼にね?」
「…解った、貰っておく。」
そういうと彼女はご機嫌そうに自分の席に戻っていった。
一つ、言い忘れていたことがある。
「小灯の奴、なにやってんだ?」
「キモww」
「これだからww」
「俺らの愛ちゃんが…!」
彼女は紫藤 愛。この学年内で相当人気だ。恨みの矛先は当然こちらに来るだろうな。あと、適当に俺を貶したい奴。
醜い、本当に同じ人間なのだろうか。せめて表に出すなよ。
最近つくづく思う。どちらが人間『らしい』のかと。
気にしても意味がないし時間の無駄なので目を閉じて瞑想することにする。飛び交ってる情報もいかに俺を貶めるかとか、そんなんばっかだしな。
「でも人間って酷く自由だよねぇ」
たしかにそう思う。
「死ぬ自由生きる自由殺す自由生かす自由」
選択肢はYESかNOかしかないからな。
「どっちを選んでもいいっていうすばらしい文化があるしね。」
どれも各々の価値観や教養、信念で選択するものだ。
「歴史上の王さま方は頑張ったよ。」
そうだな。
「わざわざルールを作って守らせて、」
道徳と結びつけて宗教も使って、従わなきゃいけなくする。
「本当にとんでもないバランス感覚だよねぇ。」
一歩間違えば内乱反乱だからな。
「絶対退屈はしないと思うよ?」
楽しくはないと思うがな。
「それを損と取るか得と取るかは」
ヒト次第ってやつか。
放課後、下駄箱に手紙がある。開けて読む。
屋上に来い。
たったそれだけの事が長々と便箋二枚分に渡って憎まれ口と恨み言と憎悪で嵩ましされて書かれていた。
正直言ってめんどくさい。行かなかったら二倍めんどくさい。
一つため息を吐く。
この高校の屋上はそこそこの広さをフェンスで囲い、いい景色が眺められる。
現在は汚い笑みと、醜い嫉妬、検討違いな怒りしか見えないが。
「よう小灯。おまえ、愛ちゃんに手ぇ出したってなぁ?」
―言いがかりだ―
と言おうとした瞬間には周りの奴から罵声が浴びせかけられている。正直言ってイラつく。
「お前ごときにはもったいないからよぉ、俺がもらってやるわww」
ピキリ、首筋から変な音がした。周りの奴らはもう全員が下卑た笑いへと表情を変えている。
よく見たら全員が何かしらで武装しているじゃないか。
カッターにハサミに木刀竹刀モップの柄バット。よくもまぁ集めたもんだ。
「紫藤さんは別に俺のではないんだが。」
気持ち悪い。さっさと終わらねえかな。
「あぁ?嘘つくなよ。お前がいちゃついてるのは見てたんだよ。」
また周りの奴らが騒ぎだした。五月蝿いな。
「話がそれだけなら本人に話しかけてみろとアドバイスぐらいはしてやる。帰っていいか?」
本人の意思に関係なく本人の身柄の引き渡しとか嫌だからな。
「だめに決まってんだろ!おい!逃がすな!」
おや、逃げ場がなくなってしまったなーどうしようかなー。
「お前がそう言うんなら別に構わないぜ?ボッコボコにしてやるだけだからよぉ!」
「ダッサ」
あっ、思わず口が滑った。まいったな。最近俺の口が俺の言うことを聞いてくれなくてね。
おや、皆顔が赤いぞ?照れてるのかな?
「小灯の分際で…ブッコロス!」
ま、ですよねー。
無造作に振られる鈍器なんか恐くないね。ただ手を抑えて軌道を反らすだけでいい。ついでに足を蹴れば完璧だな。
相手は走っていた。足をかけられた。さぁどうなる?こたえはかんたんだ。つまり盛大にこける。
「弱」
あっ、また言っちゃった。なんてね。わざとわざと。
ほら、皆来てくれる。刃物は大きめに回避して手を取って振り回す。モップの突きは受ける。めちゃくちゃ痛いけど耐えられないわけではない。そのままつかんで引き寄せて手を取って投げる。
竹刀とかはうでを斜めにして受ける。たぶんアザになるけどなんとかなる。そのままつかんで投げ飛ばす。
総勢52人。結構多かったな。
でも、たのしかった。
今も心臓が高鳴ってる。息は荒いし、体が熱い。どうせもうこいつらには俺をどうこうする手段はないので帰ることにする。
「力ってさぁ、すごいよね。」
そうだね、単純なのに複雑なところとかね
「あれば強い。でもあるだけじゃ弱い。」
強さそのものが力とか言うけど絶対嘘だね。
「うん。負けても強い奴とかいるもんね。」
私が思うに、力って、信念の強さなんじゃないかと思う。
「何、精神論?」
違う。重要なのはいかに折れないかだと思うんだ。
「あー、うん、そうだね。たしかにそうだ。負けなければいつかは勝てる。」
そういうこと。最近の人間はそこがなっちゃいないね。
「確かに、すぐ群れて強者を落としにいくもんね」
真に強き者はよき友に恵まれると思うんだ。確かに数は少ないかもしれない。でも数じゃ計れない何かがそれらにはあると思うんだ。
「ロマンだねー、漢だねー」
女性にも同じことが言えると思うんだけどね。
「ちょっと難しいなぁー。」
昨日家に帰ったら腕の皮膚が裂けててグロかった。包帯とか使ったから問題は無いだろう。
というか学校到着直後に生徒指導とはこれいかに。
あのなぁ小灯、という切り出し。
「別に問題があったわけではないんだ。ただ」
「生徒の親から連絡が来たというわけですね?」
先生が驚く。いや、分かるよそのぐらい。当事者だもの。
ズキリと痛む腕に顔をしかめながら話を聞くに52人全員が親に泣きついたらしい。しかも結託してネットワークを繋げて話を大きくして。
「下らな。」
昨日あったこと、手紙、腕の傷を見せたら顔を青ざめさせて赤くして最後には黙ってしまった。一応いじめられてるわけではないんだが。先生の表情がそれを見る顔だよ。ちくしょう。
昼に教室に戻るとビビられた。昨日の今日でこれか、しかも一部絶対ふざけてるよな。席について、普段通り瞑想をしようとしたらここで登場紫藤さん。新明な顔ですよ。ちょっと腕はやめて、着いてくから、解った解った痛い痛い。
「小灯君。皆に暴力振るったって本当?」
おや。何を言うかと思えば。
「理由がなきゃしないよ。そんな意味のないことなんて」
「じゃぁ何で?」
泣いているのか。
「殴られそうになったから投げた。それだけだよ。」
ダサかったし弱かったと付け加えておこう。治療費がわりだ。
よかったと呟いたあと彼女は笑顔で
「小灯君が優しくてよかった」
と言った。いってる意味がわからない。
イヤ、言ってることは分かる。ただ、わからない。
こんな人間観察を趣味にするような冷たい人間のどこが優しい?
ヒトを攻撃して高揚するような奴のどこが優しい?
自分を蔑む奴を蔑み返すような奴のどこが優しい?
「俺は優しくなんて」
「いいや、優しいよ。」
どこか確信を持ったように彼女は話す。たまたま目に入った俺に勉強を聞いたときの教え方、仕草。普段の表情、視線の先、会話しているときの仕草。今話しているときの表情。
普通ならここまで我慢はしないよと。悲しげな表情で彼女は話す。
「君は、どこまで俺を知っている?」
「まだなんにも知らない。でも優しいことだけなら分かるよ。」
優しいヒトってなんなんだろうね?
「んー、わかんないや」
厳しい優しさとか優しさに見せかけた甘さとかあるけど、どう定義すればいいんだろうね?
「…たぶん、他人を思う心が重要なんじゃないかな」
でも、優しいヒトに限って自分の優しさを自己満足だって言うんだよね。
「あー、それは、あれだ、自分の背中を掻くのと優しくする行為が同じだからだと思うよ。」
全然共通点が見えないんだけど。
「両方とも解決しなきゃ気持ちが悪いでしょ?」
あぁ!見えてきた!そういうことか。
「日常を誉められても『いや、普通だし』ってなるのと一緒なんだよ。」
うんうん!なるほど!長年の悩みが一つ解消されたよ!
「でも偽善者って優しくすることが普通って言うよね」
こんがらがってきた。
なぜだろう、無性に帰りたくなって先生に言ったら普通にOKが出て帰宅。家族には体調不良で帰ってきたと言ったら妙に納得された。
顔が熱い。頭がボーッとする。でも妙に冷静だ。
俺が優しい?無い無い無い無い。絶対無い。有り得ない。
俺で優しかったら世界人口の9割が優しいぞきっと。
というか紫藤さんって微妙に汗の臭いと石鹸の臭いが混じったいい臭いがするんだな。
「何を考えてるんだ俺は…?!」
あかん、いかん、悪寒。あ、おかん。え、なに?うるさい?ゴメン。
怒られてしまった、取りあえず明日に向けて寝よう。
と思って寝たんだが、早く起きてしまってやることがない。というか学校行ったら紫藤さんいるのか。妙に照れるな。
いや、気にしたら敗けだ。飽くまで堂々と、普通にいつも通りいけばいい。
「小灯君。昨日どうしたの?」
と思ってはいたけども、やはりきつい。
目を会わせた瞬間に心臓が跳ねる。息を整えて短く返すのが精一杯で、でも目が離せなくて、苦しい。
もっと会話したい。さらけ出したい。歩くリズムに合わせて揺れる短めの髪、その隙間から見えるうなじ、からのびる肩、胸、腕、唇、脚。触りたい。でも、自分の中の何かが押さえ付ける、これは理性。好意をもって近づく彼女を失わないように。きつく、苦しく、己を縛る。
「最近目が合うね。」
俺が見るようになったから。彼女は?もとからこちらを見ていた?いや、気にしてはいけない。
これ以上は、もう、耐えられない。
「人間の三大欲求ってあるじゃん。」
おお、あるな。
「食欲、性欲、睡眠欲の三つなんだけど。」
おお、そうだな。
「じゃぁ、何で欲をテーマにしたら、4つ5つに別れるんだろうね?」
うーん、わからん。
「嫉妬、怠惰、強欲、傲慢、色欲、暴食、他にもたくさんあるよね。」
あぁ、そうか、わかった。
「?」
成長するにつれてできることが増える人間が退屈しないように、原動力足る欲を増やしてるんだ。
「へぇ、面白いね。」
だってそうだろ?欲を叶えたら新たな欲が生まれて、エンドレス。しかも人間は成長する。
「そこで増えるジャンルってことか。」
そう!それ!どう?
「んーまぁ、いいか。」
煮えきらねえな。どうした?
「何でもー。」
ついにやってしまった。どうしてあんなことをした。
女性の体にさわるなんて、初めてだった。でも、あんな形にしたくはなかった。
会話中にほほを撫でるとか、変態か俺は。相手も驚いてたな。すぐ謝って事なきを得たけども、これ以上は、もうだめだ。危険すぎる。
もう、関わらないようにしよう。この日から授業以外は教室に残ることなく校内を散歩しよう。
「のはずがなぁ。」
先回りされている。なぜかはわからない。せいぜい5分程度席をはずすだけなのに、なぜ来るのか。
幸いこの学校の廊下は人が少ない。
「いやー、なんか新鮮だね。」
「そうだな。」
横から話しかけられる。確かに新鮮だ。悪くない。
「最近調子悪いよね、小灯君」
「…そうだな。」
「何か嫌なことでもあった?」
「別に。」
紫藤さんが原因だなんて言えない。だってこの人は、好意を持って近くにいてくれる。何より、見てると癒される。
「何か言いたいなら、言ってもいいんだよ?」
心配そうな顔がこちらを見つめる。斜め下から。見上げるように。
突然の不意打ちで驚いたが特に問題ない。顔は赤くなってないし息も乱れていない。この早鐘を打つ鼓動を聞かれさえしなければばれない。
昼休みの昼食は屋上で摂った。紫藤さんも一緒だ。俺なんかと一緒でいいのだろうか。
「私ね、言いたいことがあるの。」
ドキリとする。警鐘が鳴り響く、心臓が尚速く拍を打つ、汗が吹き出て息が荒れる。
「私、小灯君が、――」
あれからどうやって家に帰っただろう。未だにからだの調子は戻らない。心も乱れたまま、でも酷く冷静で、あの時を思い出す。
優しいと言われた日、勉強を教えた日、観察してた頃の友人と話していた日、どれを思い返してもどうしてこうなったのか、見当がつかない。
紫藤さんは俺の自由にしてくれといっていたが、俺の内面を知ったら、嫌がるだろう。とするならば、答えは当然NO。
でも
だけど
心のどこかで引っ掛かる。それは言うなれば本能。心の奥底、根底にあるもの。
そういえば、なぜ俺は人間観察を始めたんだっけ?
なぜ俺は、最近人間観察をしていない?
一つの答えにたどり着く。
『見つけるため』そしてそれはもう既に『見つかった』
なんだかひどい遠回りをしたような気がする。だけど、この遠回りは必要なものだった。
俺は、紫藤愛が、欲しい。
「愛って、どの欲に分類されるんだろうねぇ?」
色欲じゃないか?
「それじゃ性のはけ口にしかならないじゃん」
じゃあ物欲?
「女は物じゃないと思うよ。」
うーん、なら、なんだ?
「んー」
むーん
「あ、」
お?
「愛欲、何てどうかな。」
おぉー、うまい。
「食べちゃいたいくらい好きで、誰にも渡したくなくて、お互いに求めあいたい。そんな欲?」
あぁーいいねぇ。
「あぁ、スッキリした。ありがとね、相談乗ってくれて。」
いやいや、かまわんよ。むしろ一杯相談してくれ。
「じゃあ今度は宿題の解き方を聞きに行くね」
もう少しましなのは無いのか?
「無いね!一番知りたかった事が知れたから。何より、知らないことはまず自分で考えなきゃでしょ?」
そうだな。宿題もまず自分の頭で考えろよ、哲人。
「うん、そうする。じゃぁね論人。」
…おい、いつまで見てるつもりだ?
なに?相談事がある?仕方ないな。
いくらでも付き合ってやるよ、旅人
欲、誰もがもつ指向性の引力。
人はその向き方に名をつける。
人が人へ向けると、それは、いったいなに?
性欲?物欲?所有欲?独占欲?
いいえ、愛欲です。