第090話 渚さんと今後の方針
「こりゃあ……随分と大物を手に入れてきたもんだね」
「ああ、予想外にな。全くしんどい探索だったぜ」
スパイダーロードを倒し、これ以上の追撃がないのを確認した渚たちが地上に帰還するとその場にはリミナと村の警護隊が待っていた。リミナたちは渚たちがダンジョンに入ったことで、中からガードマシンが飛び出てこないかの監視をしていたのである。そして待機していた彼らの目に飛び込んできたのがサイタマシーキャピタルの騎士団のものと同型の強化装甲機なのだから、リミナたちが驚くのも無理はなかった。
「軍用区画に入ったのかい。バルザが苦い顔をするよ」
呆れた顔をするリミナにルークは肩をすくめる。
「重要区画ではなかったから、まあ見逃してくれ。やむを得ない事情もあったしな」
「事情?」
その問いにルークが肩をすくめる。
「ああ、スパイダーにいきなり襲われてな。対抗手段を得るために一か八かで軍用区画に入って武器を取った。で、それがこいつだ。まあ、追撃は来なかったから以前のようにはならんだろうよ」
「ならいいけどね。まったく、強化装甲機の姿が見えた時には肝が冷えたよ。ナギサもリンダも災難だったね」
「ああ、疲れたよ」
「そうですわねえ」
渚とリンダがそう返す。疲れたのは事実だ。帰りにもガードマシンが襲ってきて、強化装甲機が燃料切れで止まったり、地上に上がるための排気口を登るのにも苦労した。
とはいえ成果は上々だ。軍用区画で得た強化装甲機とガトリングレーザー、レールガン、アイテールチェーンソー、レーザー狙撃銃。それにライオットシールドを二枚と広域スキャナー。十万本のエロ動画。また教団の男がいたらしいコクピット内からは光学迷彩マントと何かしらの装置が残されていた。
ミケが言うにはそれで指令型のスパイダーロードを経由してスパイダーやガードポリスを操っていたらしいのだが、残念ながらミケでは使い方が分からないとのことだった。
「にしてもさミケ。あいつ、結局なんで死んだんだろうな?」
ルークがリミナと話している横で渚がミケにそう尋ねる。渚たちは、スパイダーロードのコクピット内にあった破片が再生機能を担っていたナノマシンが破綻して崩壊した人間だろうというミケの予測を聞かされている。ただ、その理由までは不明であった。
『多分だけどね。元々再生機能が限界だったんだろう。途中でセンスブーストを使ったような気配があったし、負荷をかけ過ぎたんだ。まあ、どうしてそんな状態でこちらに挑んできたのかまでは分からないけど』
ミケがそう返す。結局渚は今回の件ではパトリオット教団と己の関係を知ることも、ヒントになりそうなものも手に入れることはできなかった。
「ともかく、今は一旦ビークルに戻ろうか。強化装甲機だって運ばないといけないからね」
それからミケの言葉で渚とリンダは荷物を運ぼうと動き出したが、ルークはリミナに村長のところに連行され、それからしばらくして渚たちのいるビークルに戻ってきた時にはグッタリとしていた。
**********
「はぁあああーーーー、お前ら一休みはできたか」
「ああ、ルークの方はできてないみたいだけど。大丈夫か?」
「村長にコッテリしぼられてな。まあ、それはいいんだ。教団のことも何とか誤魔化せたし、問題はとりあえずクリアだ」
「そりゃあ、私の厄介ごとなのに悪いな。全部押し付けちゃって」
その言葉にルークは肩をすくめながら「気にするな」と返す。
「村長相手にボロが出なそうなのは俺だけだったんだから仕方ない。俺たちゃチームだからな。仲間が困ってたら助け合う。狩猟者ってのはそういうもんさ」
『素晴らしいお言葉ですね。はい、冷たいお水です』
「サンキュー。ミランダ」
ルークがミランダからコップを受け取り、グイッと水を飲み干す。それからルークが渚を改めて見た。
「で、ナギサ。あの強化装甲機は所持しておくんだな?」
「おう。便利だしカッコいいからな。ビークルの上に乗せて移動すりゃあ問題ないだろ?」
「それなりに重量はあるんだがな。まあ、そうそう使うこともないだろうが……あれはミランダでも乗せられるからな。ミランダ、何かあったらお前が操作して戦闘に参加してもらうかもしれない」
『はい。お任せください。ただ私、戦闘用ではありませんのでどの程度お役に立てるか分かりませんが』
そんな少し自信なさげなミランダの言葉に反応したのはミケであった。
『ミランダ、それについては僕がどうにかするよ。強化装甲機のマニュアルデータはあるからね。基本的なことはできるようになるはずだ』
『そうですか。それではお願いいたします』
ミランダが端末に映っているミケに頭を下げるのを見たルークは、その話題にひと段落ついたのを察して続けての話を振った。
「さて、今後の方針だが……とりあえず、入り口のガードマシンの掃討依頼は完了したし、明日は休んで、明後日には一旦クキシティに戻るぞ」
「まあ、元々は知らせに来ただけですものね」
「そうだったな」
リンダの言葉に渚が思い出したように頷いた。ダンジョン探索は当初の予定と違って、相当な厄介ごとのオンパレードであったので、何をしにきたのかも渚は忘れていたのだ。
「そんで教団については俺が情報屋を使って探りを入れてみようと思う。狩猟者管理局に頼むとこっちの腹を探られるかもしれないしな」
渚とパトリオット教団との因縁。そしてグリーンドラゴンやシャッフルの原因など。それらが漏れれば渚に対して良い影響を与えないことは明白であり、外に漏らすことをルークとミケは渚とリンダに禁止していた。
「調査局も駄目なんだな?」
「むしろ一番危ない。グリーンドラゴンに関する事項はコシガヤシーキャピタルに必ず報告が入る。そうなると事態がどう転ぶか想像もできない。少なくとも状況を把握できていない状態では秘密にしていたミケの判断は正しい」
その言葉に渚は頷く。それからルークが「ただな」と口にした。
「ただ守りに入るだけでも芸がない。こっちも交渉材料のひとつも欲しい。だから、ひとまず探してみないか緑竜土?」
【解説】
光学迷彩マント:
パトリオット教団の男は光学迷彩フィルムと呼んでいたが、その形状はフード付きマントの形をしている。光学的に姿を消すだけではなく、機械獣などの認識を誤魔化すジャマーフィールドも発生させているため、ある程度の遮音性能もあるようである。