第089話 渚さんと消えた教団
『あいつ、いきなり!?』
渚がそんな声をあげ、強化装甲機の脚部ブースターを噴かしながら建物の裏手へと回り込んでいく。そこに無数のレーザーが追い続け、その攻撃に建物の一階が破壊されて柱を失った建造物が崩れていった。
それは区画入り口に突入した渚たちに対してスパイダーロードが仕掛けた攻撃だ。対して渚は瓦礫が崩れる中を予測回避しながら移動し、チップで敵の位置を計測させて死角を突く形でスパイダーロードへと近付いていった。
『やっぱり他の敵はいねえみたいだな』
『待機モードで待ち構えさせているかとも思ったんだけどねぇ』
渚の言葉にミケがそう返す。
ここに来るまでにも渚たちはスキャナーを使って敵の位置を把握していたのだが、実のところ活動を停止させるなどすれば探査から逃れることは可能なのだ。
だが実際に戦闘が始まってからも敵の増援が確認できないことから残りの敵はスパイダーロード一機なのであろうと渚は考えた。そして渚が瓦礫の山を抜けてガトリングレーザーで反撃を行おうとした次の瞬間、その場で白い煙が舞い上がる。
『おいおい、こいつは煙幕かミケ?』
『ああ、そうだ。不味いね。これじゃあレーザーは通らない。ルークだって狙いを付けられないだろう』
『ん、煙でレーザーって弱まるんだっけ?』
『水蒸気のことを言っているのかな。ガトリングレーザーはそれで減衰して通らないような弱い出力じゃあないから別の理屈さ。それであの中は、おっと!?』
ミケがそう口にしている途中で煙の中から機械の爪が振り下ろされる。もっとも爪が見えた瞬間にチップが演算して行動予測が反映されたことで、渚はとっさにそれをかわすことができた。とはいえそれも完全にとは言えず、爪が装甲をわずかに削って火花が散った。
『ミケ。予測が遅かったぞ』
『煙のせいだ。ジャミング効果も含まれてて……右だ!』
続けての警告を受けた渚が強化装甲機を一瞬でしゃがませると、今度は爪を掠めることなくかわしきった。
『うーん。あっちからは多分見えてるね。あの煙を透過できる機能でもあるんだろう』
『ずっこいな』
『言ってる場合ではないですわ。スパイダーの足は』
リンダの言葉に渚が顔を引き締める。
『八本だな。ミケッ、近接戦だ』
『分かった。チェーンソーを起動する』
渚が強化装甲機の腰部に装着されているチェーンソーを掴んで構える。同時にミケがチェーンソーを起動させると刃が緑色の光を帯びながら回転していった。
『ォォオリャアア!』
そして渚が追撃に来た爪を斬り飛ばすと、ニヤリと笑った。
『おお、スゲエ。オスカーのヒートチェーンソーみたいだぜ』
『威力は似たようなものさ。渚、それよりも』
『ああ、次が来るんだろ。一気に削るぜ。センスブースト!』
次の瞬間に渚の思考が加速し、低速の世界に入っていく。そして減速した用に見える爪に合わせてチェーンソーを渚が振ったのだが、それをスパイダーロードは爪を退かせて避けた。
(スカッた!?)
『今の動き、まさか相手もセンスブーストを?』
ミケが驚き、渚が(だったら)と心の中で叫びながら、強化装甲機を一歩踏み出させる。
(だったら倍率を上げてぇえ!)
そして渚のアイテールチェーンソーが相手の動きを追って爪を斬り裂いた。相手は倍率を上げた渚の反応にはついてこれなかったようである。
(おっし、やったぞミケ!)
『うん。けど、相手も跳び下がった。不味い。追って。離れられたら一方的にやられるかもしれない』
『んじゃあ、突っ込むさ!』
渚が脚部の無限軌道を回転させ、跳び下がった方へと一気に突き進む。それに合わせてリンダが砲身を正面に向けた。
『正面ならわたくしでも当てられますわよ』
そして、リンダがレールガンを撃つと弾道に沿って煙が吹き飛んだ。残念ながら敵は直線に下がったわけではないようだった。
『当たりませんでしたわ』
『いや、リンダ。構わないから左右の砲身を少し離して撃ってくれ』
『え?』
ミケの言葉にリンダが首を傾げるが、渚が『ああ、そうか』と声をあげる。
『煙を払うってことかミケ?』
『そういうことだね。リンダ、レールガンの射出によるソニックブームで煙を散らすんだ』
『分かりましたわ。けど一応狙いますわよ』
リンダがそう言ってレールガンを再度撃つと、それも当たりはしなかったようだが再び煙が晴れてスパイダーロードの影が見えた。そして次の瞬間にギィンという金属音と共に爆発が起きた。
『あら、ちょいと遅かったですけどやりましたわ』
『いや、今のはルークの狙撃だね』
『あらま』
リンダが残念そうな声をあげた。煙の拡散によりわずかにスパイダーロードが見えたことでルークが狙撃を行ったようである。
『ふたりとも見て。ルークが撃ったのはミサイルランチャーだ。だから爆発したんだ』
『ああ、さすがルーク。いい仕事しやがるなあ。撃たれたらやばかった。それに目印にもなってる』
ミサイルランチャーが破壊されたことで、そこから火花を散って場所が丸わかりとなっている。それを見た渚が脚部のブーストと無限軌道を同時発動させて突撃していく。
『渚、ミサイルランチャーとの接続をパージした』
『もう遅えよ。タンクバスターモード・スーパーチョップ!』
強化装甲機を通し、渚のマシンアームが発動し、その腕に緑色に輝く巨大な手刀を出現させてスパイダーロードを水平に斬り裂き、胴を真横にスライスした。そして、スパイダーロードは緑色の放電を起こしながら崩れ落ちたのである。
『倒したか』
渚がそう口にしながらスパイダーロードを観察する。戦闘が継続できるようにも見えないし、動く様子もない。
『ナギサ、リンダ。教団の男はいないか?』
戦闘終了後、近くの建物の中で周囲の警戒をしているルークからの通信に『いないな』と渚が言葉を返す。ルークからも、スパイダーロードの前にいる渚とリンダからも教団の男の姿は確認できていない。
『渚、多分あの中だ』
『は? スパイダーの頭部? 前の二体よりはなんかでかいけどアレって』
『あれは搭乗型だよ。サイズから見て間違いない』
『マジかよ』
渚がそう言って、強化装甲機から出て、スパイダーロードの頭部へと近付いていく。それにリンダも続き、敵が渚に飛びかかる可能性を考慮して、少し離れた位置でサブマシンガンをスパイダーロードの頭部に向かって構えた。
それから渚がリンダと頷き合うと、ミケがマシンアームからコードを接続させてコクピットの入り口のドアを開けた。そして……
『なあミケ。なんか破片と服みたいのは散らばってるけどよ。人なんて乗ってないぞ』
中には教団フードらしき布とロウを固めたような破片が無数に転がっていたのだ。それにはミケも困惑した顔を見せる。
『うーん。これは……どういうことだろう?』
『どうだナギサ』
『駄目だ。逃げられたかも』
ルークの言葉に渚がそう答える。その話をリンダも周囲に教団の男がいないかと見回すが、やはりそこにいる気配はない。
『ふぅ。いったいどこにいったのでしょう……あら?』
『リンダ、何かあったか?』
コクピットの入り口からの渚の問いに、リンダは『い、いえ』と言葉を返した。
『気のせいだったと思います。ちょっと神経質になっているみたいですわね』
そう言葉を返すリンダは今何かが見えたような気がした場所をもう一度見直したがやはりそこには何もなかったので、気のせいだと結論付けた。
ともあれ、もし見えたのが教団の男やガードマシンであったのであればリンダも注意しただろう。けれどもリンダは自分が見たものを信じられなかった。何しろこんな場所で黒い猫が歩いているなど、ただの見間違えとしか……
【解説】
アイテールチェーンソー:
ヒートチェーンソーとの違いは出力に対して本体がコンパクトであるというくらいである。
なお、渚の強化装甲機が装備しているアイテールチェーンソーは携帯用であることもあり、オスカーの所持しているヒートチェーンソーよりも出力は低い。