第088話 渚さんと裁定者
準備は整い、アゲオアンダーシティ内部の通路を渚たちが乗る強化装甲機が駆け、それにルークが乗るバイクが並走して移動している。
なお、渚の目にはバイクに乗っているルークの背に三毛猫が一匹乗っているのが見えているのだが、それは渚にしか見えない幻覚であった。
そして、移動する彼らの向かう先はこの区画の入り口だ。そこには今もスパイダーの一機が待ち構えているのがスキャナーによって判明している。
『さて、状況を再確認だ』
移動しながらルークが渚たちにそう声をかける。
『リンダ、レールガンの弾丸は残り十発。間違いないな?』
『はい、左右それぞれ五発の十発ちょうどですわ』
リンダが即答する。ガレージ内に置かれていたレールガンの弾頭はそれで全部だ。
どうやらあの場所は以前にかなりの数の武器が持ち出されていたらしく、残された武器はそう多くはなかったのだ。なお強化装甲機が残されていたのは、単純に操作法が分からなかったか、持ち出すには何かしらの不都合があったためだろうと思われた。
『十分だな。で、そいつは室内で穴を開けないように自壊システムが入っている特殊弾だ。勿体無いがまあ、こんなところでもないと使わない弾丸だし遠慮なく全部撃っちまえ』
『はい。ですわ!』
ルークの言葉にリンダが滑舌良く返事を返す。
『で、ナギサの強化装甲機とレーザーガトリング、それに俺のレーザー狙撃銃はアイテールを使う。むしろこっちの方が厄介だな。残量があまりない』
『そうだなあ』
先の戦闘で元々残っていたアイテールはほぼ尽きかけている。今も倒したスパイダーからアイテールを回収させて保たせている状況だ。そもそも、ダンジョンを潜る際にそれほどアイテールを持ち込んでもいなかった。このような状況でなければ、それでも全く問題ではなかったのだが。
『ガードマシンがアイテール持ってればなあ』
『シティ内では基本的にミリタリークラスでもなければ、アイテールを使ったマシンはありませんから』
リンダがそう説明する。そのためスパイダーはアイテールで動いており、ガードポリスたちは電力で動いていたのである。
『まあ、ないもんは仕方ねえ。それでさっきと同じようにあたしとリンダは直接攻撃をして、ルークは狙撃で援護ってことでいいのか?』
『ああ、それがベストだろう。このスキャナーも持たせてもらってるしな。教団のやつがいたら狙い撃つ』
ミケが使えるようにした広域スキャナーは現在ルークの手にあり、それは有線で接続されてマシンアイを通してルークの視界に直接映し出されるように調整されていた。
『で、ミケの方は何かあるか?』
『いや。できれば教団の男は生かしてもらって、情報を入手したいところなんだけどねぇ。まあ、できればで構わないよ。君たちの命には変えられない』
『ま、それはやっぱり状況次第だな』
ルークがそう返す。ここまでの状況から、生かして捕らえられるならそれが良いのだがミケの言う通り、それは自分たちの安全の次の考えるべきことだ。今の状況でルークとミケのやり取りに否と答えられるほど渚とリンダも事態を甘く見てはいない。現在進行形で自分たちの命は狙われている。殺らねば殺られる状況は継続している。
『じゃあ、覚悟も決まったところでそろそろ到着だ。行くぞ』
『おう』『はいですわ』
ルークの声に渚とリンダが返事をし、そして彼らは区画の入り口に向かって加速していった。
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『もうじき来るみたいだよ』
一方で渚たちの向かっている区画入り口では、都市部内の監視カメラをハッキングしていた黒猫のクロがそう口にした。渚たちの動きは現在もクロによって監視されていたのである。そしてクロの言葉に、その場に座っていた教団の男が「そうか」と返す。
「あの苗床があそこまでの性能を発揮するとはな。4000年前のただのガキと聞いていたし正直ハズレを引いたとしか思っていなかったが、どうやらウチの苗床は当たりだったか」
『君の基準では……ね。『平和な時代の人間の裁定』を望んだ上層部からすれば、あんな過剰な戦闘能力を持っていたというのは外れだったんじゃないかな?』
クロの言葉に男が笑う。
「かもしれないが……まあ、どうでもいいだろう。元々放逐させて沙汰を待つ……というのが上の基本方針だ。もっともあくまで基本であって、判断はチップを受け取ったチームごとに委ねられていたわけだが」
『そうだね。で、今は君のチームは君ひとりだ。仕上げ、やるの?』
「まあ、私ももう保たないしな。アレが死んだらチップはお前が回収しておけ」
『もちろん。けれども、どうしてもやるのかい? 正直、僕には君の行動が理解できないのだけれどね』
「ふん。結局、私は自分が何を残すのかをただ知りたいだけなんだろうさ。で、これしか知らん」
男が自分の腕を見た。その腕はまるで蝋で固められたような質感をしていて、しかも無数のヒビが入っていた。それはチップによるナノマシン治療の限界を超え、ひとまずは形成維持のために硬度だけを優先したが故の状態だった。
『そうかい。まあ、君の判断だ。僕は止める権限を持たないし、好きにするといいさ』
「そうさせてもらう。で、お前はどうする?」
男の問いに黒猫は肩をすくめた。
『どうしたものかな。この廃都市に住み着くのも悪くないが、まあとりあえずは君を見届けてから考えることにするよ』
「悪いな」
『気にしないでケネディ。まあ、あの再生体の現状の結果だけを考えれば僕たちの行動は正解だったと言えるのではないかな。変革をもたらす力の宿主として、判断を下すまで生きるための生存能力の高さは必須だろう。せめて君の死が彼女の糧になることを僕は祈ろう』
その言葉に頷きつつも、男は渚たちが来るであろう方角を見て目を細めた。
「判断、変革……世界を壊すか、再生させるか……竜の卵の中身に色をつける者。苗床、裁定者。再び人の世の復興を……黒き雨を殺す力を得るか否か」
それは彼らにとって、人類にとっての悲願だ。
その大義を為すための彼は彼の意志で今ここにいる。
『来たよ』
「それを見定めさせてもらおうか」
そして、男の乗る機体が動き出した。
その機体の名はスパイダー・ロード。それは自動制御のスパイダー二機を従える、搭乗型であるスパイダーの上位機種であった。
【解説】
レールガンシェル:
現在渚たちの搭乗している強化装甲機のレールガンに搭載されている弾は自壊システム付きの特殊弾ではあるが、レールガン用の通常弾であれば実のところ機械市場などでも手に入る。
なおレールガンはアイテールの消費量を考えた場合、大型の機械獣以外での使用にはコストパフォーマンスが悪く、強力ではあるが需要はそれほどないようである。