第082話 渚さんと愛国者
『へっへ、接近戦なら楽勝か』
最後の一体を破壊した渚の言葉にミケが『いうほど容易くはないけどね』と返しながら、補助腕で掴んでいるライオットシールドを見た。
『正直一枚だと弾丸がすり抜けないかが怖くてね。まあ、この盾結構軽いし二枚持ってこうかな』
『おいおい。それはさすがに邪魔じゃねえの?』
渚の問いにミケは『大丈夫じゃないかな』と言いながら、補助腕をさらに展開して八本のうちの二本を盾持ちに、二本を自重を支えるための足代わりに地面に付けた。盾の重さは補助腕が引き受けているので渚本体への負担はないのだが、妙に外見がゴテゴテしていることには眉をひそめた。
『うわぁ。なんかあたし、遠目には人間に見えねえ気がするんだけど。蜘蛛とか虫っぽくねえ?』
『外見はともかく僕が君の動きに追従して制御するから君の行動を妨げることはないと思うよ』
渚の言葉にミケがそう返す。それに渚が何か言葉を返そうとしたが通りの方からの銃声が耳に入ったことで意識を先頭に向け直す。外見の奇妙さは気になるが今はそれどころではないのだ。そして渚がルークと人型ガードマシンが撃ち合っているであろう通りに向かおうとすると背後からリンダがようやく追いついてきた。
『ナギサ、もう目も見えるようになりましたわ』
『ナイスタイミングだな。じゃあリンダ、あたしが突っ込むから牽制を頼む』
『また無茶を言いますわね。けど承知しましたわ。敵はこちらに引きつけます』
リンダがそう言ってサブマシンガンを構えたのを確認した渚は、人型ガードマシンが固まっているボロ倉庫に向かって一気に駆け出していく。
『さあ、こっちですわよロボットさんたち』
リンダが牽制の銃撃を人型ガードマシンに浴びせてライオットシールドを前に出させると、そこに渚がバーストモードのファングを振るいながら接近戦を仕掛けていく。
元より防御力は高くない人型ガードマシンたちだ。ライオットシールドを破壊されてしまえば、対装甲弾を防ぐすべもない。また倉庫内の人型ガードマシンを仕留めたルークも顔を出して戦闘に参加したことでさらに状況は渚たちの優位に傾き、瞬く間に人型ガードマシンたちは殲滅されていった。
『こいつで終わりだ!』
そして、渚が緑色の輝く手刀で最後の一体を貫いて破壊し戦闘が終了する。
『あー、疲れた』
『動き回ったからねえ、渚は』
ミケの言葉に渚は『まあなあ』と返すとその場でしゃがんで一息ついた。
センスブーストも交えての人型ガードマシンとの乱戦である。実際の時間としてはわずかではあったが、渚にとってそれは非常に神経を使う戦いであった。
それからもうひと息吐いた渚が周囲を見渡す。
『で、なんだったんだよこいつら? ここまで相手したガードマシンとはなんか動き違ったよな?』
渚の疑問には、近付いて来ていたルークとリンダも頷いて同意する。
『ああ、こちらを発見して攻撃を仕掛けてきているなら分かるが、取り囲んでこの場で待っていたというのが分からないな。あいつらなら踏み込むか外から警告するのがいつもの流れなんだが』
『そうですわね。基本ガードマシンはスタンドアローンであって、このような組織的な動きはあまりしないはずですのに』
そう言い合うふたりの言葉に渚は眉をひそめる。狩猟者の経験浅からぬルークですら疑問に感じるということは、やはりかなりイレギュラーなことが起きているのだろうと渚も理解したが、渚たちが状況を整理しようと頭を動かそうとした直後に『渚、増援だ』というミケの警告が飛んだ。
それに渚だけではなく、リンダやルークも反応する。増援はもう彼らに見えるところにまで迫っていたのだ。
『ちょっと、何ですの!?』
『おいおい、待ってくれよ。なんでアレがここにいやがる!?』
『八本足の機械? なんだよ、あのデカイの!?』
『ミリタリーガードだ! なんであいつが動いている? チッ、とりあえず隠れるぞ』
ルークの言葉と共に全員が駆け出して、近くの倉庫の裏側へと回る。
『おい、ルーク。ミリタリーガードって、あれが閉鎖の原因になったヤツか?』
『ヘラクレスが倒したのはもっと危険なタイプだ……が、あれはあれで強力だぞ』
ルークが苦い顔でそう答える。
『市街地専用の多脚型機甲兵器。装備しているのはレーザーガトリングと鎮圧用のグレネードランチャー。催涙弾は防護服があるから問題ないが捕縛弾と閃光弾も撃ってくるはずだ。その上にやたら硬い。このまま逃げられるなら逃げたいが』
『それは難しいね。今スキャナーを限界を超えて使ってるけどね。周辺は囲まれてる』
『おいおい、そんなのまで分かるのか?』
ルークの問いにミケが『まあね』と返す。
『このスキャナーは軍用の予備だよ。それに僕の演算能力なら性能限界を超えて使用もできる。見てよ。ミリタリーガードは三機いて、僕たちの来た道も塞いでいる』
ミケが端末に周辺地図と敵の配置を見せるとルークが唸った。
『ミリタリーガード一機が出口を塞いで、二機と人型ガードマシンが軍隊のようにこちらに向かってきているだと。まさかさっきのやつら、こいつらが来るのを待っていたのか?』
ルークがさらに困惑顔になる。何が起きているのかが彼の経験からも導き出せないようである。だが、事態はそれで留まってはくれない。
『それにだ。渚、ここに君ら以外の人間がいる』
ミケが続いて口にした爆弾発言は、渚たちにさらなる混乱をもたらす。
『え、わたくしたち以外にもここに来ている方がいるんですの?』
『そうだ。しかも光学迷彩を使ってる。こっちを監視しているのかな?』
『おい、ミケ。そいつ、今どこにいる?』
その問いにミケは指定のポイントを渚の視覚に表示した。それを確認した渚がホログラフィックで表示された『目標』を見て、悲鳴のような声をあげる。
『ざっけんな。あいつ、こっちにグレネードランチャー向けてやがる!?』
『センスブースト! 渚、撃てッ!』
迷う時間はなかった。渚は一瞬で静止した世界に飛び込むと構えていたライフル銃を弾道予測線に沿って撃ち放つ。そのわずかな迷いもない一撃が相手が放った対装甲弾頭と空中で衝突し、直後に爆発が起きて爆風が舞った。
『あいつ、パトリオット教団か?』
光学迷彩の効果を持っているのであろうマントがその場で舞い上がったことで、相手の姿が渚にも見えた。距離は離れていたが、相手は非常に分かりやすい格好をしていたために何者であるかはすぐに分かった。その人物は星の柄の入った青いフードをかぶり、赤と白のストライプのローブを纏っていたのだ。それはリンダに聞いたパトリオット教団の衣装の特徴と一致している。
『間違いないね。あのクキシティにいた男だ』
また確認できた顔から過去のデータと照合したミケがそう断言する。
クキシティで見かけたパトリオット教団の男がこの場にいる。パトリオット教団は渚を生んだ男たちの所属している組織だ。その事実に渚は背筋が凍るような嫌な予感を感じていた。
そして男は渚を見て、一言こう呟いた。
「ああ。ようやく見つけたぞ『竜卵』とその『苗床』よ」
【解説】
竜卵:
とある組織が所有している遺失技術で、形状は小型のチップの形をしている。
その役回りは『名前通り』のものであり、余剰の領域だけでも高性能な演算を可能とするチップとして使用することができる。なお、余剰領域にインストールされたAIはその事実を把握していないし、知るすべも存在しない。