第080話 渚さんと謎のメガホン
『んー、何にもないな』
カシャンと割れたガラスを踏みながら、ルークがそう口にする。
取引場所であったと推測されるボロボロの倉庫の中に入り込んだ渚たちだが、中の部屋には何もなく、閑散としていた。そこに置かれていたであろう荷物もすべて持っていかれているようで、周囲にあるのは瓦礫や埃だけ。その光景を見ながら渚が眉をひそめる。
『なあ、ミケ。これってもしかしてスカじゃねえ?』
『そうかもしれないね。まあ、仕方ないよ。こういうのは時の運だ』
ミケがそう返す。心なしかミケの声もトーンダウンしているようだった。
ともあれ見る限り、この場には何もない。ルークやミケが期待したレアものの物品やデータが存在している様子もなかった。それからルークが苦笑しつつも口を開く。
『まあ、一応探してみるか。こう何もないように見えて、実はどこかに何かが隠されてるって可能性もあるかもしれないし』
ルークの言葉に渚が頷く。
『そうだな。とりあえずあたしは、二階にあがってみる。屋根裏に何かあるかもしれないしな』
『であれば、わたくしは一階を一通り見てみますわ』
『じゃあ俺はちょっと倉庫の周囲を当たってみる。何かあるかもしれない』
三人がそれぞれ自分の探索場所を決め、その場で分かれて探索に当たり始めることにした。
とりあえず渚もミケと協力して二階を調べまわったが、いくら探しても何もない。屋根裏部屋も含めても本当に何ひとつとして見つからなかった。
『それにしても大掃除でもしたみたいに、なーんもないな』
『そうだね。荷物を全部運んだ引っ越し後みたいだ』
渚とミケがそう言い合う。周囲の倉庫に比べて、そこはものがなさ過ぎるように感じられた。それから1時間して再び三人は集まったが、最初に口を開いた渚の言葉は『なーんもなし』であった。それにルークも『こっちもだ』と言って苦笑する。
『周囲の倉庫はまだ手が付けられてないところがあった。これからそっちに向かってみるか?』
ここまで来て何もなしというのも……と思った渚がルークの言葉に頷いたが、そこにリンダが『ふっふっふ』とふたりを見て笑った。
『なんだよリンダ? もしかして、何かあったのか?』
『ええ、どうやら成果があったのはわたくしだけのようですわね。これをご覧くださいませ』
そう言ってリンダが取り出したのは薄汚れた小型のストレージだ。それを見てルークの目が光る。
『ほぉ、ストレージか。これはすごいお宝が眠っているかもしれないな。でかしたぞリンダ』
ルークに褒められたリンダが嬉しそうに笑う。
なお、ルークのいうお宝をエロ動画だと理解している渚は少しだけ口元を引きつらせていたが、純粋に喜んでいるリンダを前に嫌そうな顔もできなかった。
『これはですね。壁と壁の隙間の奥にありましたのよ。だから気付かれず持ち去られることもなかったのでしょうね』
『なるほどな。それでミケ、どうだ?』
ルークがそう言って受け取ったストレージを渚のマシンアームの手のひらに置き、ミケがコードを伸ばして接続する。それをルークとリンダ、渚が注目してミケの次の言葉を待ったが、出てきたのは『駄目だね』という返答だった。
『何がいけませんの?』
『このストレージの中身は壊れてる。多分だけどこの場のデータをまとめて処理するために、範囲指定型のEMPボムを使ったんじゃないかな』
『EMPボム?』
『電磁パルスで機械を破壊する爆弾だね。まあ、軍事兵器に該当するものなら大抵はシールド処理がされているから、戦争だと民間のインフラ潰しとかにしか使われないんだけど』
渚の問いにミケがそう返す。
それからリンダが『ダメでしたのね』と言って肩を落とした。せっかく発見したのに意味のないものだと言われては仕方のない反応だ。
『ものはない。処理もされてる。ということは、やっぱりここはすでに発見されて潰された場所のようだ』
『確かに、そんな感じだな』
ミケの推測にルークも同意する。
『それって、都市が崩壊する前にですわね?』
『多分だが、あの店のオーナーは捜査からは逃れていたんだろうなあ。ほれ。よく見れば、あの壁に設置されてるの広域スキャナーだぜ』
『広域スキャナー?』
渚がルークの視線の先にある、壁に付いている機械を見た。
『壁の向こう側でも接近した相手を把握できる機械ですわ。ここに来た者をスキャンして記録してたのでしょうね』
『そうだな。妙にゴツいし簡易式のスタンドアロンタイプだろう。近付いてきたネズミを探すためにアンダーシティのガードが付けたんじゃないか』
『へえ。面白いね』
端末からミケの声が響く
『どうしたミケ?』
『いやね。通常のあの手の装置は、オンラインで繋げてシステムは別個で持っているものなんだけどさ。今の説明からすると、どうもアレは違うようだな……とね』
『簡易式のヤツがか?』
『中身が簡易というわけではないんだよ。簡易に設置できるタイプなんだ』
『ああ、なるほどな。そういうことか』
そう言って納得した顔をしたのはルークだった。
そのルークに渚が訝しげな顔をした。
『ルークは意味分かったのか?』
『別に難しい話じゃないさ。要するにその簡易設置型の広域スキャナーはシステムも内蔵型だということだ。だからオフラインでも使用可能だってことだろ』
『近いが早くて助かるよ。ルーク、そのスキャナー取ってくれるかい?』
『ああ、分かった。けどミケ、お前にアレを使えるのか?』
そう言いながらルークがアイテールナイフを取り出して、広域スキャナーに近付いていく。
『それを確かめるのさ』
『ま、そうだな。なんだ。あんましっかりと設置してないんだな。ほれ、ナギサ』
広域スキャナーを壁から外したルークが渚に手渡す。
それは見た感じメガホンのようであった。それをシゲシゲと見ながら渚が『で、これをどうすんだ?』とミケに問う。
『ちょっと、待ってて。今繋いでみるから』
ミケの言葉と共にマシンアームからコードが伸びて広域スキャナーへと接続されていく。その様子に、先ほどのストレージのように三人の視線が集中される。
『ど、どうなんですの?』
『うん。ファングと同じ軍用規格だから、使用に関しては問題ないみたいだね』
『つまり、そいつは使えるってことか』
ルークの問いに端末の画面に映っているミケが頷く。
『多分大丈夫だろう。今作動させているところだけど、おや?』
『どうした?』
ミケの疑問の声に渚が首をひねる。それにミケが渚を、ルークを、最後にリンダを見回してから『ああ、困ったな』と口にした。
『ねえ、みんな。落ち着いて聞いてくれよ』
『お、おう』『なんですの?』『??』
何事かという顔をした三人にミケが告げる。
『このボロ倉庫、囲まれてるね』
『は?』
その言葉に全員目を丸くした次の瞬間である。
倉庫の窓ガラスが銃声と共に一斉に割れ、同時にミケが渚の腰に差しているショットガンを補助腕で撃つと三人の身体が散弾で破壊された床の中へと吸い込まれたのである。
【解説】
EMPボム:
EMP兵器とは通常電磁パルスを発生させて機械を破壊する兵器だが、この時代の軍用兵器はシールド処理がされているため効果はほとんど見込めず、そのため軍同士の戦闘で使用されることは少ない。作中でミケが指摘したEMPボムは効果範囲を限定した暴徒鎮圧用にカテゴライズされるものである。