第008話 渚さんと食事事情
『それでだ。先ほども説明したけれど、残念ながら基地とのリンクが切れた僕が保持している情報は少ない。別のライブラリーなどを見つけてデータリンクできれば拡張も可能になるんだけどね』
「ええと、つまり……そのライブラリーってのを探せばミケがより役に立つってことか?」
渚の問いにミケが頷く。
データが蓄積されれば、それだけミケの判断能力も増していく。それは自身の経験でなくとも、外部からのものでも良いのだ。
『有り体に言えばそうだね。もっとも、そう簡単にライブラリーが見つかるかが分からないし、発見できたライブラリーが有用なものかも状況次第ではあるけどね』
「確かに……なぁ」
料理大百科しか入っていないライブラリーを見つけても、料理のレシピしか手に入らない。そもそも現状で使い物になるライブラリーの探索が可能なのかも定かではないのだ。
「六百年前の化石みたいなデータってことだろ。骨董屋にでも売ってるのか?」
『さてね。けれど、あの基地にいた男たちは設備の操作はできたんだ。であれば、あるとみていいと思うよ』
ミケの言葉になるほどと渚が頷く。
『まあ、何にせよ、ひとまずは人のいる場所に向かうことを次の目的にして良いとは思う。それでね。次は別の問題についても話しておこう』
「別の問題?」
首を傾げる渚にミケが頷くと『つまり』と口にした。
『君にとっては一番の問題だ。今後の生活について。簡単に言うと衣食住をどうするかということだね』
「衣食住?」
ミケの言葉に渚が首を傾げる。
そのリアクションにミケが逆に不思議そうな顔をした。
『重要なことだよね?』
「いや……言われてみれば、そりゃあ確かにな」
改めて言われれば納得せざるを得ないが、ここまでの道中が刺激的過ぎて、身近な問題にまで話が落ちてきたことに対して渚の反応は遅れていた。
『まず住む場所だけど、それはこのビークルを利用すれば問題はないと思う。元の持ち主は自分たちの痕跡を消している。ということは僕たちが使っても確認を取れる相手はいないはずだ』
「それ、本当に大丈夫なのか?」
『絶対に……というわけではないけどね。ひとまずは問題ないと考えるしかない。もう彼らはいないんだから』
その返事に渚は基地のことを思い出す。
戦っている人間たちを映像越しで渚は見ていて、その彼らが突破されたからこそ機械獣に自分たちは襲われた。その上に幾度となく基地が爆発に見舞われているのだから、自分を生み出したという彼らが生き残っている可能性は低いと考えるのは自然であった。
「なあミケ。あいつらって……みんな、あそこで死んだんだよな?」
『そうだよ。基地を出た時点では生体反応はゼロだった。生きているとは考え辛いね』
あっさりと返される言葉に渚が息を飲む。直接見たわけではないから実感し辛かった事実を、渚は今改めて理解したのだ。
『君を再生させた彼らについては、ひとまず格好については記録してある。それを頼りに調べられたら調べてみよう。君を造った理由は僕も気になるから』
「そりゃあ、そう……だけどさ」
銃で武装しているような相手だ。先ほどは探してみようかと言った渚だが、ミケの忠告もあってもう近付こうとは思っていなかった。
『少し言い過ぎたかな。彼らに接触するのは慎重になった方が良いけど、自衛のためにもあちらの情報は掴んでおきたい。できれば先手を打って僕らの身の安全を確保したいからね』
その言葉には渚も素直に頷く。
訳が分からないことを訳が分からないまま放置され続けるのは渚にとっても気持ちが悪いことだ。
『それと、着るものについては車内に彼らのものがあるからそれを使おう。お古だからと贅沢も言っていられないだろう?』
「ああ、分かった」
その言葉にも渚は頷かざるを得ない。
今の簡易着のみでこの先ずっと過ごすのは当然無理な話だ。
『サイズの調整は必要だろうけど、実際に彼らがこの環境で使用していたものだから機能面では問題はないはずだ。あとで確認しよう』
「そうだな。贅沢も言ってられねえしな」
死体剝ぎのようで気も引けたが、渚はその気持ちを飲み込む。
今は非常時だ。渚も、不平不満で自身の命を危険にさらす愚は犯したくはなかった。
『よし。それで最後に食だけど、テーブルの上にあるピラミッドみたいに積み上がった小さなブロックをひとつ手に取ってもらっていいかい?』
「いいけどさ……長四角いブロックが紙に包まってる?」
『その包装紙を開けてみてくれるかい。そうだ。それが食料だ』
さっそく包みを取った渚が、ミケが食料と呼んだものを見た。
それは四角く、若干黄色がかったブロック型の何かだった。
「なんか、美味しくなさそうな……携帯用のクッキーっぽい感じのヤツだな。ボソボソしてそうなんだけど」
『エーヨーチャージと言ってね。一食2ブロック、三食6ブロックで一日の成人男性一人分の必要な栄養素が摂取できるように作られてる。ほら、食べてみてよ』
ミケに催促された渚が、微妙な顔をしつつブロックを口にする。
カリッと嚙み砕き、ポリポリと口の中で咀嚼されたソレは、ひとまず食べられる味はしていたが、美味しいと言えるものでもなかった。
「う、ううん。思ったほどボソボソはしてないけど、微妙? チーズっぽいけど、なんかボヤけた味だし……」
渚が顔をしかめる。納得いく味ではなかった……という表情をしている。
けれどもそんな渚の反応を見て、ミケが口にしたのは『食べられるなら問題はないね』のひと言だった。
『ひとまず見渡す限りで二ヶ月分はある。水もあるから、ここにあるのだけでしばらくは保つだろう』
「オイ……こんなもんをずっと食べ続けろと?」
渚が口を尖らせる。
なんとか食える程度のものをこの先も延々と食べ続けなければならないと思うだけで気分が落ち込んでいく。その渚にミケが仕方ないという顔で助け舟を出した。
『一応ね。その右腕に記録されているレシピを使えば、他のバリエーションのエーヨーチャージは『造れる』よ。ここに置かれてるのはプレーン味のみのようだけど』
「右腕で造る?」
渚が自分の義手を見てから首を傾げたが、ミケは話を続けていく。
『百聞は一見に如かずだ。右手の指を広げてみてもらえるかい? 実際に出してみよう』
「こうか。お、ワイヤーフレームが空中に出た」
渚が指を広げると手のひらの装甲が開き、その中に内蔵されていたレンズの上で突然、ゲームなどで見るワイヤーフレームと同じような、ブロック状に形作られた無数の線のホログラフィーが表示された。
『座標を定めるための誘導ワイヤー表示だよ。プログラムしたアイテールを気化させ、空中でこちらの指定した固体へと再構築させていくんだ。ほら、見てごらん』
ミケの言葉と共に、レンズから輝く緑色のガスのような、モヤのようなものが出て、それはワイヤーフレームの形に沿って集まって行き、そのまま長四角いブロック状になった後、輝きが消えると共に、茶色のエーヨーチャージがそこにはあった
『できたよ。ココア味だ』
ポンと義手の手のひらに茶色のエーヨーチャージが落ちた。それを見た渚が目を丸くする。
「こ、ココア味か? マジで? お、味もココアだ!」
さっそく渚がポリポリと食べると、納得のココア味だった。少なくとも、チーズ味よりはマシだと感じられた。それからひとつアイディアが浮かぶ。
「ちょっと待てよ。これお湯に溶かしたらココアになるんじゃねえの?」
『さあ? あくまでココアの味に似せているだけの代物だけど、試してみたらいいんじゃないかな。同様に水も造れるよ』
「マジかよ。万能過ぎねえ?」
渚の驚きように、ミケが首を横に振る。
『そうとばかりも言えないんだけどね。コストパフォーマンスはまるで見合っていないし、普通に水があるならそっちを使うべきなんだよ』
「そういうもんなのか?」
その渚に問いに『そういうものさ』と言ってミケが頷く。
『で、こうして水も食料も解決できる手段があるにはあるけど、そのために必要なものがあるんだ。それがないことには、何もできない。で、渚。それが何かは分かるかな?』
その言葉に首を傾げる渚に、ミケがやれやれという顔で口を開く。
『アイテールだよ。すべてにおいて、それが必要になるんだ』
【解説】
エーヨーチャージ:
日持ちが良いため保存食としても優秀であり、味は多種多様だがいずれも6ブロックで成人男性一日分の栄養摂取が可能なように調整されて作られている。
アイテール変換効率も重視された設計をしていて、水と共にほとんどのアイテール変換装置のレシピに標準セットされているほど。もっとも、味についての評価は決して高いとはいえない。