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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第2章 ルーキーズライフ
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第078話 渚さんとお宝の価値

『おい、ちょっと待てミケ。それってのはつまり、今あたしの中にはエロい映像がいっぱい詰まってるってことなのか?』

『まあね。十万本だ。一本三十分としても6年近くは寝ずに見ていられる量だね』


 ミケが地獄のような話をした。


『アホか。捨てろ、んなもん』

『VRシアターでは制限がかかっているし、この時代では貴重なデータだと思うんだけど。このまま捨ててしまうのは勿体ないんじゃないかな?』

『勿体無いって……あのなあ』


 渚が苦い顔でミケを睨みつけると背後から『話は聞かせてもらった』とルークの声が響いてきた。


『は、ルーク? いつの間に!?』

『なぁに。姿が見えなかったから心配で探しに来たんだが、ナギサ。お前は今ミケと話していたな』


 ルークの言葉に渚が『お、おう』と少し引き気味に答えた。


『俺にはナギサの言葉だけしか聞こえなかったが、つまり今ナギサのマシンアームにはエロい映像がたくさん入っているという理解でいいのか?』


 正確には脳内チップの中なのだが、それは秘密なので渚はひとまず頷いた。それから端末からミケも『そうだよ』と返す。


『ま、百聞は一見に如かずというだろう。ほら、これだ』


 ミケは補助腕サブアームを使ってタブレット端末をルークに渡した。そして、そこに映し出されたものをルークが凝視する。


『これは……』


 何が映っているのかは渚には分からないが、ルークの鼻の下が伸びているのは理解できた。黒タイツ、先生……そんな単語がルークの口から漏れたが、それが何を意味しているのかまでは不明であった。


『なるほどな。こいつは悪くない。なあミケ。このモザイクのない映像、まさか複製できたりするのか?』

『うん。複製対策のプロテクトはかかっていたけど解除したし可能だね。無限に湧き出る泉のごとく、今の渚はエロ動画を提供し続けることができる。逆にプロテクトをかけ直すことも可能さ』

『嫌な言い方すんな。とっとと捨てろ』


 憤る渚にルークは『待てナギサ』と制止する。


『若いお前には分からないかもしれないが、それはとてもとても貴重なものなんだ』

『あん? 妻子持ちだろ、あんた』

『それはそれ。これはこれだ』


 ルークが真剣な顔でそう言いきった。


『いいかナギサ、残念ながらVRシアターではこういう映像を見ることや準じた行為を行うことは禁止されているし、大概の動画はプロテクトがかかっていてデータの吸出しもできないのが普通なんだ。そしてプロテクトを解除したフリーのエロ動画などほとんど出回っていないし、とても貴重なものなんだ』

『うるせえ。熱弁するな』


 ゴミを見るような目をした渚になおもルークは食い下がる。


『分かってくれ。女の子には分かり辛い感覚かもしれない。だが、それだけ重要なんだよ。お前の中にはそれだけの財産が眠っている。言ってみれば今のお前はエロスの神様だ』

『よし、消そう』

『待てぇぇえええええええ』


 決心が固まった渚にルークは頭を地面にこすり付けるように頼み込んだ。そのルークにミケが『それでお金にはなるのかい?』と尋ねる。

 ミケにはエロ動画に対する執着など当然ないが、金になる匂いを感じ取ってはいたのだ。収入が多ければ

それだけ渚の生活を助けることもできる。ミケにとって重要なのは、何はともあれ渚であった。対してルークも不敵な笑みを浮かべて端末に映るミケを見る。


『ミケ、プロテクトをかけ直して映像データを出すことは本当に可能なんだな?』

『可能だね』

『だったら大金が手に入る。裏を経由するが、そこは請け負おう』


 ルークがドンと胸を叩いた。どうやら自信はあるようだった。それを見てミケが渚を見た。

 少なくとも金になるという自分の意図は渚には伝わった。であればミケに無理強いするつもりはなく、後は渚の意思次第である。対して渚は『なんかヤダなあ』と年頃の少女らしく正常な反応をした。

 そしてルークには頭を下げるしかなく『頼む』と心から口にした。


『なんだか分からないですけど、こんなに真剣なルークの姿は初めて見ましたわ』


 そこに何事かとかけつけたリンダがそう口にして、渚が苦い顔をする。


『あーもう、分かったよ。見つけたのはミケだしな。あたしは見ねえけど、ミケとルークで好きにしろよ』

『ありがとう。これで埼玉圏の男たちの夢は守られた』


 清々しい顔でルークは感謝の言葉を口にしたが、その感謝にはちんまい少女の頭の中には保管された無修正エロ動画を裏ルートで売りさばかせてくれてありがとうという意味が込められている。


『で、なんの話ですの?』

『ナギサには夢が詰まっているってことさ』


 リンダの問いにルークはそう答え、対して渚は虫を見るような目でルークに視線を向けたが、すでにミッションを達成したルークはこれ以上の話が覆るのを恐れてスッと目を逸らした。

 その様子にリンダがますます意味が分からず首を傾げたが、渚は結局己がエロの伝道師になってしまったという事実をリンダに伝えることはできなかった。




**********




「あーあ。ヘラクレスも村の外にいっちゃったし、ナギサたちもダンジョンだし暇ぁ」

「ミミカちゃん。狩猟者ハンターさんたちだって忙しいんだから仕方ないって」


 そして渚たちが地下でエロ動画の扱いについて揉めていた頃、地上にあるアゲオ村ではミミカが友人たちと仲良く広場で遊んでいた。


「けどねえアンナちゃん。ミミカは早く立派な狩猟者ハンター探索者トレジャーになりたいんだよ。だから強そうな人をいっぱい観察して勉強しないといけないんだよねえ」 

「そっかあ。まあリミナさんの子供のミミカちゃんならきっとなれるよ」

「うん。頑張る。って、あれ?」

「どうしたの?」


 いきなり素っ頓狂な声をあげたミミカに、アンナが首を傾げる。


「今……人がいたような?」

「だーれもいないよ」


 アンナがミミカの見ている方に視線を向けてそう口にする。

 確かにアンナの言う通り、そこに人はいなかった。

 だがミミカには確かに誰かが通ったような気がしたのだ。それがミミカの遺伝子の中に眠る『とある因子』が偶然発動したために見えたものであったのだが、当然ながらミミカはその事実を理解してはいない。

 一瞬だけ星が描かれた青いフードの見知らぬ誰かを見た気がしたが、偶然はもう起こらなかった。


(うーん。気のせい……かな?)


 ミミカが見た先にはもう誰もいない。であれば、ミミカは自分の見間違いだったのだろうと思い直した。

 そして男がいたはずの、村の中心に向かう通路に誰もいないことを改めて確認すると再びアンナと一緒におままごとを再開したのであった。

【解説】

エロ動画:

 渚の頭の中に貯蔵されたエロ動画は未来のエロ動画であり、その多くはフィールドスキャナーを用いた空間自体を記録した映像となっている。

 本来であれば主観視点(男優女優ともに)、客観視点などの仮想現実体験も可能な映像データなのだが、それができる設備はこの時代では限られており、また視聴可能な施設であるVRシアターはそうした映像を閲覧すること自体禁止している。そのため発見した映像はタブレット端末などによるモニターを用いた、オートアングル機能による2D視聴がメインとなる。

 なお視覚に直接映像を映し出せる渚はフルモードでの視聴が可能である。

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