第075話 渚さんとフォールダウン
「おぉおお、こりゃあ面白え」
渚がそう言いながら、スルスルとロープが巻き付いたリニアウィンチの回転を調整しつつ滑り降りていく。
『リニアウィンチ』。それはルークが持ってきた、ロープを巻きつけて昇降する拳大ほどの機械だ。それこそが排気口を降りる手段であり、渚は防護服に装着したリニアウィンチを器用に使いこなして排気口を降りていた。
そして、その上ではリンダと、一輪バイクも一緒に結んで降りているルークが続いている。
「ナギサー。早すぎですわよ。危ないですわー」
「あーあ。もうあんなところまで降りてるな。さっきまでリニアウィンチの存在も知らなかったくせになんて適応力だよ。おい、ナギサ。ガードマシンがいるかもしれないから周囲は警戒してろよ」
「あいよー」
渚がそう返し、降下しつつ周囲を見渡す。
排気口には幾つもの柵がついている横穴も存在し、確かに場合によってはガードマシンが出てきてもおかしくはない構造になっていた。
(ま、だったら余計に早く降りたいけどな。こんなところで狙い撃ちされても困るし)
『そうだね。にしてもこんな機械もあるんだね』
(お前も知らなかったのか?)
渚の言葉にミケが『まあね』と返す。
『小型なのになかなかパワーがあるし、かなり頑丈に造られている。アイテールによって小型、高出力が可能になったからできるシロモノだね』
そうミケが言う通り、本体は拳ほどの大きさしかないリニアウィンチだが、ルークとバイクを同時に支えても壊れないだけのパワーと頑丈さがあった。
これまでは砂漠の移動が主であったために必要のなかったシロモノだが、ルーク曰く高低差の多い天遺物やこうしたダンジョンなどを巡る際には必需品であるとのことである。もっともいざ使い始めると渚はそれをすぐに使いこなしていた。
「おっと、到着だな」
渚はそう言いながらカシャンッと音を立てて着地する。床は網になっていて、さらに奥底から風が流れてきているのが感じられた。
それから渚はライフル銃を構えて周囲にある瓦礫や入り口へと銃口を向けるが、特に何かがいる気配はない。
「ガードマシンはいないよな」
『多分ね。ただ油断はしないで。あの光学迷彩は正直厄介だ』
そのミケの言葉に渚が首を傾げる。ミケの弱腰な態度を珍しいと感じた渚だが、ミケは特にいつもの調子を崩さずに話を続けていく。
『アレは僕らのような機械などを相手にしても身を隠せるようにと作られたものだからね。持っている監視カメラの精度の問題もあるけど、僕は別に解析専門のAIではないからアレを認識するのが難しい。正直に言うと肉眼で見た方が判別しやすいくらいなんだ。だから渚も警戒を怠らず、経験者であるルークの言葉には従った方がいいよ』
「んー、そうか。了解」
渚がミケにそう返している間に、ルークと、一緒にロープに結び付けられた一輪バイクも排気口の底へと辿り着いた。
「ようやく降りられたか。おいリンダ。焦るなよ」
「わ、分かっていますわよ。ふう、これで到着ですわ」
続けてリンダも降り立つのを確認してから、ルークが渚を見た。
「ナギサ、何か話してたようだがミケ相手か?」
「ああ。光学迷彩相手だと発見し辛いから当てにすんなってさ」
渚の返しにルークが「む、そうか」と口にして頷く。
「確かにアレは面倒だけどな。眼爺はすぐに発見するぞ」
『僕が見ているのはあくまで普通の監視カメラだからね。まあ精度の高いカメラと専用のプロトコルが入ったライブラリでもあれば対応できるようになるとは思うけどさ』
「だ、そうだ」
端末から発せられたミケの言葉に、渚がそう言って肩をすくめる。
「それでロープで降りたここは平たいけど、周りの積み上がった瓦礫の圧迫感がすげえな」
その渚の言葉の通り、周囲には瓦礫の山が積み上げられており、今にも崩れそうな怖さがあった。対してルークも「そうだな」と返す。
「最初はここらの入り口も埋まってたんだ。強力なマシンアーム持ちが複数人がかりで時間をかけて瓦礫を破壊して、周囲に寄せたんだよ。で、そこにロープを上から垂らしたんだから、降りた先が開けてるのは当然ってわけだな」
「なるほど」
「で、ひとまずはここが入り口だ。それなりに階層も深いし、ここらのガードマシンは上のより強力だ。警戒を怠らずに俺に続いてくれ」
そう言ってルークがライフル銃を構えながら排気口を出る通路へと向かい、渚が左右を、リンダが背後を警戒しながら続いていく。そしてそれなりに距離のあった通路を抜けると、巨大な空間が渚たちの前に現れた。
「こりゃあスゲエな」
渚があっけにとられた顔をしている。
そこは地底に作られた巨大な街であり、高層ビルが並び立っていた。それらは天井と繋がっていて、地下都市を支える柱としても機能しているようだった。もっともいくつかのビルは折れていて、また奥の方は土砂崩れで埋まっている。そんな光景を見ながらルークが口を開く。
「なかなか見栄えのある光景だろう。あの崩れた先にはすでに掘り尽くされたエリアがあるんだ。で、こっちのエリアはまだ結構な場所が手付かずで残ってる」
「そうなのか。にしても……なんか、この辺りすげえぶっ壊れてんな」
ナギサが周囲を見回しながらそう口にした。
排気口に続く通路を出た周辺の荒れ様は酷いものだったのだ。
「以前はここもこんなに壊されていなかったんだがな。壁が熔けてる後もあるし、戦闘で光学兵器を使用したんだろう。多分だが、ここでヘラクレスとミリタリーガードが暴れたんじゃないか」
「あのおっさん、凄いんだな」
渚の言葉にルークが笑う。
「一度一緒に戦ってみるといいぞ。ナギサ、お前とは相性が良さそうだ」
その言葉に渚が首をひねるがルークは特に説明することもなく、先ほど見せたアゲオアンダーシティの立体地図を再び取り出して、それからとある場所を指差した。
「じゃあ、これから向かうのはここだ。商業区画。あまり荒らされてないこの区画を今日は探索するぞ」
【解説】
アンダーシティ:
それは巨大な地下都市であり、渚が見た街並みも一部でしかない。
アンダーシティはいくつもの区画に分けられており、最深部は機密エリアでミリタリーガードによって護られている。