第074話 渚さんとガードマシン
「おお、かなり広いな」
巨大で分厚い鋼鉄の扉を越えてダンジョンの中へと入った渚が最初に見たのは、いくつものエスカレーターが並んだ都内の駅の改札口のような場所であった。もっとも内部は広いが、シャッターや防火壁が閉まっていたり、瓦礫によって塞がれている通路も多い。
それは以前にリンダが語った地殻変動によって内部が崩壊して、その後に放置されたのだろうことをうかがわせる光景であり、今となってはこの場にいる命は渚たちしか存在しない。どことなく、そうした空気をしんみりと感じた渚が気分を切り替えるように口を開いた。
「なあ、ルーク。入り口ってここだけなのか?」
「いや、他にもいくつかあるが、基本的には閉鎖している。勝手に入られても困るし、場合によっては村を奇襲する手段にも使われかねないからな」
その言葉に渚が「へぇ、なるほどな」と口にして頷く。いかに鉄壁で村を囲もうとも、内側から攻められては意味がないのだ。
「昔はアンダーシティ同士が地下通路で繋がっていたらしいけどな。クキアンダーシティやオオミヤアンダーシティにも移動できたって過去の文献には書かれていたそうだ。今は崩落して埋まっているが……む、上?」
ルークがそう口にして普段使っている狙撃銃ではなく、ライフル銃を天井に向けた。『動体反応だ、渚』というミケの警告を受けた渚も同時に銃口を向け、遅れてリンダがサブマシンガンを持ち上げた。
そしてみっつの銃声がその場に響き、音が止むと蜘蛛のような足を付けた金属のポッドが穴だらけになって床に落ちてきた。
「これがガードマシンか。それで……まだいるな」
全天球監視カメラで常にミケが周囲を警戒しているために渚には基本的に死角はない。
渚は続いて奥の通路から何かが飛んで来たのを感知し、マシンアームの自動防御によって飛来物を弾いた。
「おっと」
接触した瞬間にバリっと放電が起きたが、マシンアームには影響はなく、地面に細い針がカランと転がった。それが飛んで来たもののようだった。
「針? 電撃?」
『テーザーガンだ。威力はそこそこあるから、防護服に刺さると怖いね』
ミケがそう口にしている間にも、リンダがサブマシンガンで電気針を撃った相手を破壊した。渚には何が起きたのかが分からなかったが、すぐさま何もない空間にノイズが走って、その場に先ほどと同じ姿のガードマシンが転がっているのが見えた。
「なんだよ、これ?」
「光学迷彩だ。装備しているガードマシンは少ないが地味に怖い。それよりも次が来るぞ。ここは開け過ぎていて場所が悪いし、あの通路に篭って入って来たヤツから破壊する」
ルークがそう支持しながら先にある通路へと走り、渚とリンダも迫るガードマシンたちを撃ちながらルークの後ろを続いていく。そしてガードマシンとの接触から五分、二十近い数を破壊したところで動くガードマシンはなくなっていた。
「結構出てくるが、機械獣に比べると鈍いし脆いな」
「低層のガードマシンならあんなものですわ。深い階に降りるほど、強力なガードマシンが湧きますのよ」
渚の言葉にリンダがそう補足する。それから渚たちはガードマシンのめぼしいパーツを抜き取ると、さらに先へと向かい始めた。なおガードマシンは電力で動いており、アイテールは入っていないとのことであった。
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「うし。後ろから来てんのはいないな。あんな感じのが今後も続くのか?」
「そんなわけありませんわ。入り口であんな数に遭遇するなんて流石に厳しすぎますわよ」
渚の言葉にリンダ少し疲れた声でそう返す。
少なくともリンダにとって大量のガードマシンの出現は予想外であったようである。そのやり取りにルークが笑う。
「ははは。ヤツら、ヘラクレスを追って待機していたのかもな。まあ、ああいうのを事前に潰して欲しいから村長からも依頼がかかったわけだし、片付けられたんだから順調といえば順調さ」
「ならいいけどな。お、エレベーター発見」
通路を抜けた先の小部屋に入った渚が、地下に降りるエレベーターの姿を見つけてそう声をあげた。
「こいつに乗って降りるのか?」
「いや、そいつは電気が通っていないから動かないんだ。降りても取り尽くしてるエリアに出るしな。下に降りるには別のルートを使う。こっちのな」
ルークがそう言ってエレベータールームを抜けた細い通路を指差して進んでいく。
そして、その先に進んでいき、しばらくすると巨大な穴のある部屋に出た。
「ここは?」
プールほどもある上にかなり広い穴を前に渚が眉をひそめた。
「ここはだな。ほら、こいつを見てくれ」
そしてルークが自分の端末を取り出して何かしら操作をすると、端末から立体映像が浮かび上がった。
「おお、こんなこともできんのかよ。これは何だ?」
「発見されたアゲオアンダーシティの全体図だ。今いるのはここだな」
ルークがそう言って立体映像の上の方を指差す。それから先ほどのエレベーターのあった小部屋を、さらにはその下のエリアを指差した。
「で、こっちの赤いのは以前に探索されて掘り尽くした区画だ。もう何も出ないって結論付けられてるから行く意味はあまりない」
アゲオアンダーシティはもう何も出ないからと一度閉鎖され、新しい区画が発見されたことで探索が再開されたという経緯があるダンジョンだ。
「こっちの青いのが新しく見つかった区画だ。この穴の下は元々崩落した瓦礫で埋まっていて何もないと思われてたんだが、この立体マップが発見されて、それに従って掘ったら未探索エリアが発見されてそうだ。で、ダンジョンとしての価値が戻ったってわけだな」
「へぇ。なら掘り出しもんがあるかもな。それに上、光が射してる」
渚が上を見ながらそう口にする。
巨大な穴の上部には、瘴気の影響で淡くではあるが日の光が射していた。
「排気口だから外に通じてる。ここからナノミストが外に散布されて、村の瘴気を払ってくれているってわけだな。まあ、排気口はここだけじゃあないが」
「しかし、デカいな」
巨大な機械獣でも素通りできてしまいそうに大きな排気口だ。
そんなアンダーシティの巨大な構造に渚が感心していると、ルークが「さて」と口にした。
「入り口のガードマシン破壊については一旦時間を置いてまた戻って確認するとして、これから俺たちは少しダンジョンを潜ってみるか」
【解説】
立体映像:
比較的ポピュラーな技術のひとつであり、映像の空中固定はナノマシン技術によるものである。