第072話 渚さんとアヴェンジャー
延々と続くかのようなひとりの時間。白い霧と荒々しい風。
その中でひとり取り残された。潰された足の感覚もなく、意識は薄れつつも防護服の補助機能で生かされ、両親の亡骸を前にして砂漠で泣き続けていたことを永遠に忘れはしないだろうとリンダは独白した。
「わたくしはあのとき、何が奪われたのかを知りません。クキアンダーシティから外に出たのは、積荷の解除認証にお父様の市民IDが必要だったからですわ。わたくしは外の世界が見たくてわがままを言って同行して、それにお母様も付き添ってくれたんですのよ。わたくしがわがままを言わなければ、母はまだ生きていたのだと思います」
それは、あまりにも重い話だ。
対して渚は言葉を返さない。ただ静かにリンダを見て、そしてリンダも話を続けていく。
「オオタキ旅団。ヤツらはお父様とお母様の亡骸を弄んで、動けないわたくしをあざ笑って去っていきました。あのときのことは今もこの目に焼き付いています。百目のロデム、あの男もその場にいましたの」
ヘルメスを掴んでいるリンダの手に力が入る。
「だからロデムの名を聞いたときに反応したんだな」
「はい、そうですわ」
「リンダはその後にやってきたルークに助けられたんだよ。あいつはオオタキ旅団の動きを掴んで動いていたらしいからね。結局、間に合わなかったけれども」
「間に合いましたわよリミナさん。ルークはわたくしを救ってくれましたもの」
リンダの小さな声に、リミナが「そうだね」と頷く。
「命が残っていれば、なんだってできる。だから、あんたはここにいる」
「そうですわ。足をなくそうとも立ち上がれるし、銃を握ってヤツらを追い詰めることだってできるんです。だからこそわたくしは狩猟者になった」
そう口にしてリンダが渚を見る。
その表情は懺悔を口にしようとしているかのような、苦渋に満ちたものだ。
「ナギサ、わたくしは以前にマシンレッグを付けたことで市民権を剥奪されたと言いましたわね」
「そう聞いたな」
渚が頷く。マシンレッグは兵器であり、それを装着したからこそリンダはアンダーシティから追い出されたのだと。
「マシンレッグ持ちは例外を除けばアンダーシティにはいられない。それは確かです。けれども別に足を失っただけであれば、サイバネストとなってマシンレッグを装着する必要もありませんでした。車椅子で過ごすのであれば……今のお婆さまのように……でも」
リンダが拳を握りしめ、ギリギリと音を立てて歯を噛み締める。
「わたくしはお父様とお母様の仇を討ちたかった。この手で彼らに報いを受けさせたかった。どうしても、だからこそこの足を貰い受けて、狩猟者になる道を選んだ。そうする以外にオオタキ旅団に直接手を下せる手段はなかったから……だから、全部を捨ててもわたくしは地上にあがった」
「……リンダ」
火を吐くかのごとき熱のこもった言葉は、これまでにも何度か見たリンダの独断行動を想起させた。オオタキ旅団への憎しみと共に、守れなかった両親への想いが、仲間を過剰に防衛しようとする行動に駆り立てているのだろうと渚は理解できた。
「お兄さまは反対しましたけど、お婆さまは賛成してくれた。それでこのヘルメスをいただきましたの。自分の分も……と、わたくしに託してくれたんです」
そう言ってリンダが愛おしそうにマシンレッグをさする。その機械の足は、ただの足の代わりでも、ただの兵器でもなく、祖母との絆であり、誓いであったのだ。
「分かったでしょう、ナギサ。わたくしにとって狩猟者なんてただの手段なんですのよ。仇が討ちたい。わたくしがここにいる意味はただそれだけ。そんなわがままにわたくしはナギサも付き合わせようとしてるんですのよ。失望……しましたわよね?」
泣きそうな顔でそう言い終えたリンダに、渚はためらうことなく首を横に振る。
「いんや。失望なんてしてねえよ。リンダがヤツらを許せない。そう思うのは多分間違いじゃないさ」
そう言って渚が自分の機械の腕を見た。
「あたしには記憶がない。けど家族がいて幸せだったのは覚えてるんだ」
その言葉にリンダは黙って聞き続ける。
「多分あたしはもう二度とそこに戻れないだろうけど……それでも記憶の中の家族が奪われたらと思えば、お前の気持ちは分かる。いや、分かったつもりなだけなんだけどな」
「ナギサ……」
頬に溜まった涙を拭いながらリンダが渚の名を呟き、それに渚は向き合った。
「それにさ。あまり自覚はないけど、あたしは記憶と一緒になんか色々とブッ飛んでるらしいんだ。敵だって思うと人間とか関係なく構わず、戦えちまう。殺すことだって躊躇えない……ってのもさっき知った。機械と変わんねえんだよな、実際」
『渚』
ミケが目を細めて渚を見る。
ミケとチップ、マシンアームに加えて、意識まで操作されている。それらは渚を生かすために必要なものではあるかもしれないが、今の渚という存在は人間という枠を超えた、ある種のシステムのようでもあった。
そのことを漠然と意識しながら渚が言う。
「けど、お前は自分の意志でそうしてる。あたしはそういうのは悪くないと思う」
「ただの復讐ですのよ?」
リンダの言葉に「あたしら、コンビだろ」と渚は笑って返した。
「相棒のわがままに付き合うのだって悪くはない。あたしもお前をそんな目に合わせた連中を許したくもない。まあ、ただ」
そう言って渚がリンダの肩を叩いた。
「あまり熱くなり過ぎんなよ。必要ならあたしがいる。ルークもいるんだ。お前はひとりじゃないんだから、飛び出す前にそいつだけは忘れんなよ」
渚の言葉にリンダが「はい」と笑って頷き、それをリミナも優しい笑みを浮かべて眺めていた。
パキ……
『ん?』
そして、そのやり取りの合間にミケは不意に何かの音を聞いたような気がした。
ただその正体にはミケは気付くことができなかった。それは外ではなく内側。ミケの認知外であるチップの中から響いた音だ。
実のところ、それこそが本当の始まりの合図ではあったのだが、ミケも、渚も、リンダやリミナも、この時点ではまだ誰もそのことには気付けてはいなかった。
【解説】
チップ:
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