第071話 渚さんと潰された足
「お邪魔します」
渚がそう言って家の中に入る。
リミナの家は村の比較的外周にあり、周囲の建物の中でもさらに堅牢な外観であった。だが内装はクリーム色をベースにした柔らかいもので、それはリミナ……というよりは娘のミミカのイメージにあっているように感じられた。
(片付いてるな)
『そうだね。けど、これはミミカがやってるんじゃないかな』
渚の心のつぶやきにミケがそう返す。
「ほら入った入った。あ、そこら辺とか動かさないでよ。ちょっと散らかすだけでミミカがうるさくてさ」
『ほらね』
リミナの言葉にミケがそう口にして渚が「あいよ」と返した。
それからリビングに案内された渚とリンダは椅子に腰をかけ、その向かいにリミナが座ると「それで、どうだい?」と興味津々という顔で尋ねてきた。
「狩猟者になって、早々に活躍してるんだって? 見る限りリンダとも上手くやれているようじゃないか」
その言葉にリンダは微笑んで頷き、渚も「リンダは良くしてくれてるよ」と笑って返した。
「けど、狩猟者ってのは忙しいな。テクノゲーターの巣を潰して休み取れたと思ったらすぐに次の仕事だしさ。まあ、今回は儲け話に乗っただけだけど」
野盗とやり合ったのは想定外だったが、今回の目的は天遺物内で売れるパーツを手に入れるための探索であり、それは強制されたものではなく自分たちの利益のために動いただけであった。
なお、天遺物探索については野盗が先んじて丁寧に探索して渚たちが持ち帰れる量程度はすでに所持していたし、野盗の移送もあったので野盗が探した分を狩猟者同士で分けるだけで終わっている。
「ああ、天遺物の探索だったっけ。ビークルに積んであるんだろ。大丈夫なのかい?」
「ここでも監視できるし、何かあったらすぐに対応できるからな」
そう言って渚が端末を取り出すと画面にビークル内を表示し、それに車内にいたミランダが気付いてピースをしてきているのも見えた。その映像にリンダが驚きの顔をする。
「ナギサ、これリアルタイムの映像ですの?」
「そうだぜ。ルークのくれたセンサーヘッドのおかげでな。瘴気がなけりゃあ、街中程度の広さなら普通に繋がるようになったんだよ」
「ルークのセンサーヘッド? ああ、あの遺失技術かい。売りたくないけど使い道もないってボヤいてたけど、見つかったんだね使い道」
リミナが納得したという顔をすると、渚が「売りたくない?」と尋ねた。センサーヘッドについてはルークからもらっただけで、どういう経緯でルークが持っていたのかまでは聞いていないのだ。
「そうさ。ま、言葉通りじゃないかい。便利だけどソロで動くことの多いルークにゃ使えないからね。かといってこういうのは売っちまうともう二度と手元に戻ってこないから、それなりの名のある狩猟者は金に困ってない限りはワケアリの品をため込むことも多いのさ」
「そっか。遺失技術な。今回、天遺物で手に入れたものはよく分からないもんばかりだけどな」
そう言って渚が端末のモニターに映っているビークルの後ろを指差した。そこに置かれているのは機械の部品類ばかりだが、そのほとんどは渚たちが使用できるものではない。それらはアンダーシティや機械人、または圏外で取り引きされるもので、渚たちにはそもそもそれが何に活用されるのかも分からないのだ。
「あっはっは。そりゃあ、私にも分からないものばかりだね。にしても、巣に野盗ねえ。ネズミだけでも厄介なのに、ここ最近は災難だね」
「そういやネズミ見たぜ。結構村の近くにいたけど、駆除にあたしら手伝った方がいいのか?」
スティールラットを村近くで見たことを思い出した渚の言葉にリミナが首を横に振る。
「いや。ルークと村長の話次第だろうけど、ヘラクレスが来てダンジョンが使えるようになったからね。集まった狩猟者の小遣い稼ぎにやらせることになると思うよ」
「ああ、なるほど」
渚がポンと手を叩いて頷いた。今はこの村に狩猟者は少ないが、アゲオダンジョンが使えるようになれば、再び狩猟者も村に戻ってくるのである。だから人手はこれから増えてくるはずであった。
それからリミナがリンダを見た。
「で、話は戻すけど……それで野盗だったっけ。連中、どこのもんなんだい?」
「オオタキ旅団ですわ」
リンダの即答にリミナの目が細められる。
その両者の空気の変化を微妙に察知した渚がリンダとリミナを交互に見ながら口を開く。
「なあ、そのオオタキ旅団だったっけ。埼玉圏の西にいるヤツらだってのは聞いてるけど、どういう連中なんだよ。あたしを狙ってるみたいなんだけどさ」
その言葉にリミナが少し驚き、どういうことかという顔でリンダに目を向ける。それにリンダがため息をついて口を開いた。
「事実ですわ。ナギサのマシンアームが狙いのようですわね」
「厄介だね、それは。それでリンダ……」
「分かっておりますわよリミナさん。ナギサには話すと決めました」
「そうかい。ま、それがいいね」
ふたりのやり取りに渚が首を傾げるが、リンダが渚の方を向くと口を開いた。
「ナギサ、オオタキ旅団はサイタマ圏最西端のオオタキ地獄村を根城にしている盗賊団です」
「それは聞いた。確か圏内の盗賊連中を仕切ってる元締めだってルークが言ってたよな」
「ええ。あの辺りは厄介な地形でして、それもあって圏内を統括しているコシガヤシーキャピタルの騎士団が何度か遠征に出ておりますが未だに成功しておりません」
コシガヤシーキャピタルは埼玉圏の首都であり、アンダーシティを含む埼玉圏全域を統括している組織だ。そしてリンダが口にした騎士団はコシガヤシーキャピタルの軍であり、それを退けているという点だけでもオオタキ旅団の力がうかがえるというものだった。
「それだけの力があるってことだよな」
「そうですわね。場合によっては彼らはコシガヤシーキャピタルに取って代わろうと考えているのかもしれません。実際、西地区では彼らの支配下になっている村や町もあります。表向きはコシガヤシーキャピタル傘下と言ってはおりますけどね」
そう言ってからリンダが自分の足、マシンレッグのヘルメスを見て、少し躊躇ってから自らの機械の足を指差した。
「それで、この足も連中にやられたものですのよ」
「お前の足もか?」
目を丸くした渚の問いに、リンダがコクリと頷く。
「わたくしの足も、お父様もお母様も、当たり前だった日常も全部ヤツらに奪われました」
そう口にしたリンダの瞳には黒い光が宿っているようだった。
「もう一年ほど前のことですわ。わたくしは両親と共にオオミヤアンダーシティに用があって外を移動していて、そこをオオタキ旅団に狙われましたのよ。両親は殺され、荷物は奪われ、わたくしの足は横転したビークルに挟まれて、潰されました」
【解説】
天遺物での拾得物:
渚のファングやルークのセンサーヘッドなど単独で扱える遺失技術とは違い、天遺物で手に入る多くのものは知識のない地上の人間にとっては用途不明の代物である。
アンダーシティではそれぞれのパーツごとにグレード分けして買い取りを行っており、狩猟者や探索者はリストと照合して集めて持ち帰っている。