第070話 渚さんとプラチナ男
「ん、なんだか盛り上がってるな」
渚たちがアゲオ村に辿り着き、駐車場へとビークルを置いて村の中へと進んでいくと、そこには以前に来たときよりもずいぶんと村人の表情が明るく、活気が満ちているような雰囲気があった。
「何かあったんかな?」
「なんでしょう。シャッフル後ですし、そんな明るい話なんてないと思うのですけれども」
村の様子に渚が首を傾げ、リンダやルークにしても原因は分からず眉をひそめながら道なりに進んでいく。
どうやら何かしら良いことがあったらしいのは確かなのだが、それを渚たちが誰かに確認する前に原因となる人物が姿を見せた。
その人物は渚たちが向かう先の道から村人たちと共に歩いてきたのだ。それを見てルークが「あ!?」と声を上げ、渚が目を細めてやってくる男を見た。
「やたらゴツい兄ちゃんが囲まれて歩いてるな。ルーク、あいつ知ってんのか?」
「ああ。ヘラクレスだ。プラチナクラスのうちのエースだよ」
ルークがそう返すとヘラクレスと呼ばれた男も渚たちに気付いて、手を振りながら近付いてきた。また、一緒にいる村人の中にはリミナとミミカの姿もあったのを渚は視認した。
『へぇ。凄いね、あの人』
また、近付いてきたヘラクレスの姿を見てミケも驚いているようだった。何しろヘラクレスの全身のほとんどは機械であり、まるで渚が最初に基地で見たウォーマシンにも似た姿をしていたのだ。
そして渚たちの前に立ったヘラクレスが視線を向けたのはルークだ。
「よぉ、ルーク。久しぶりだな。元気にしていたか?」
「半年ぶりか。こっちはボチボチだよ。あんたの方も変わらずだな」
その言葉にヘラクレスが「ははは」と笑い、それから渚とリンダを見てからニヤリとした顔をルークに向けた。
「で、お前はそのチャラい自分の姿に合わせてようやく女の子をはべらせ始めたのか。それにしても若い子ばかりだな」
「勘弁してくれ。嫁さんに怒られる」
ルークが苦い顔をして肩をすくめると、ヘラクレスを見て尋ねた。
「それで、アンタがここにいて盛り上がってるってことはさ。始末は終わったってことか?」
「そういうことだな。ミリタリーガードは仕留めた。もうアゲオダンジョンに入っても問題はないぞ」
「アゲオダンジョン?」
「地下にあるアゲオアンダーシティのことですわ」
聞き覚えのない言葉に首を傾げた渚に対し、リンダがそう説明する。
「ああ、あれか」
渚は、以前にこの地下にあるアゲオアンダーシティの廃墟内で軍用ガードマシンが動き出して入れなくなっていると聞いていたことを思い出して頷いた。つまるところ、それをヘラクレスは始末したということのようである。
「で、仕事を終えた俺は今帰るところで、村の人に見送りをしてもらってるってわけだ。お前たちも時間があるならアゲオダンジョンの探索をしておいてくれ。ガードマシンがそこそこ増えているからな。そっちの駆除も必要だ」
「そうかい、ご苦労様。時間が取れれば行ってみるよ」
「頼んだぞルーク。それと、たまには前線に来い。お前の目は頼りになる。そっちの嬢さんがたも気が向いたらおじさんを手伝ってくれると助かるぜ。それじゃあな」
そう言ってヘラクレスは笑いながら村の入り口へと去っていく。そしてヘラクレスを追って村人たちも立ち去り、その場に残ったのは渚たちとリミナだけであった。
「よぉ、リミナさん久しぶり」
「久しぶりっていうほどじゃないと思うけど。ナギサにリンダ、それにルークも一緒なのね」
リミナの視線にルークが頷く。それからリミナが渚を見た。
「それとそのワッペン、無事に狩猟者になれたってわけだ。おめでとうナギサ」
「おう、サンキューリミナさん。まだブロンズだけど、なったぜ狩猟者」
渚が肩に付けたブロンズ色のワッペンをグイッとリミナに見せる。
その横でリンダが苦笑しながら口を挟む。
「リミナさん。ナギサったら、デビュー前と後でアーマードベアとテクノゲーターの巣を潰して、今回も野盗を捕まえての大活躍でしたのよ。シルバーになるのもすぐですわよ」
「そりゃあ、まあ……ずいぶんと頑張ってるねえ」
その言葉にリミナが若干引き気味に言うが、渚は「まあなぁ」と笑って返した。渚は褒め言葉を素直に受け取る良い子であった。
それからリミナが三人を見てから、口を開く。
「それで、あんたらがこの村に来たのは何か用があったんじゃないかい。ただあたしに会いに来てくれたってわけじゃないだろ?」
その問いにルークが「まあな」と口にして頷く。
「さっきリンダが言った、捕らえた野盗ってな。実はついさっきアーマードベアの巣での話なんだ」
「そりゃあ、穏やかじゃあないね」
リミナが険しい顔をする。自分たちの生活圏の近くで野盗の姿があったのだ。それは村の防衛を任されているリミナにとっては聞き捨てならない話であった。
「まったくだ。それで聞くまでもないが、村に野盗は来てないよな?」
「まあねぇ。襲われでもしてたら、こんな和やかにヘラクレスの見送りなんざしてないさ」
「そりゃあ、そうだ」
そう言葉を交わしあってリミナとルークが互いに笑うと、それからルークが渚とリンダへと視線を向けて口を開いた。
「それじゃあ俺は村長に話をしてくるからお前らはリミナと一緒に……そうだな。今日は泊めてもらってもいいか?」
「ナギサとリンダなら歓迎。アンタはダメ。けど……ナギサはいいのかい?」
そう言ってリミナが渚を見た。以前に渚はビークルを気にして、リミナの誘いを断っていたのだ。もっとも以前と今とでは渚の周りの環境も違う。
(ミランダ。任せて大丈夫だよな?)
『はい。ビークルは私が見張っていますので問題ありません』
渚の心の声にミランダの返答が返ってくる。
それはチップを通しての通信だ。ビークルにセンサーヘッドが装備されて遠距離通信が可能になった為にできるようになったことであった。
「ん、今はミランダが留守番してるし問題ねえよ。リミナさん、お邪魔してもいいか?」
「ああ、歓迎するよナギサ」
リミナが微笑んで頷く。そして渚たちはルークとその場で分かれると、リミナの家へと向かうこととなった。なお、ミミカはヘラクレスに付いていったらしくその場にはいなかった。
【解説】
センサーヘッド:
ルークが所持していた機械の頭部。
各種センサーや通信機能の増幅などが可能であり、瘴気の霧の中でも近い距離でならば無線通信が可能となっている。瘴気のない街の中であれば通信距離は街中の全域に及ぶが、アンダーシティ内などはシールドが張られているため繋がらない。