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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第2章 ルーキーズライフ
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第063話 渚さんとパトリオット教団

「うう、クラクラする」


 VRシアターを出た渚は、地に足が付かないような、世界が回っているような感覚を味わっていた。そして施設に入る前にふわふわした感じで人が出てきたのを思い出し(あれってそういうことだったのか)と納得していた。


「ナギサそれは脳が現実に戻り始めているんですのよ。慣れればあまり感じなくもなりますし、しばらくすれば治りますわよ」

「ぅう、そう願うぜ」


 リンダの言葉に渚がそう返す。もっともナギサの千鳥足も起きてすぐの頃に比べれば随分と回復はしてきている。それからリンダが「それで、どうでした?」と渚に尋ねた。何についてかは言うまでもなく、渚は後ろにあるVRシアターを見ながら、口を開く。


「ああ、飯は美味かったな」

「そっちですか。けれどもそうですわね。VRシアターで出てくる食事は本当に美味しいです」


 渚が食べたのは、動物園内で売っていたアイスや帰りの駅のそばのラーメン屋のラーメンだ。いずれも記憶の中のものよりも妙に薄い感じはしたが、それでも現実の食事に比べれば雲泥の差であった。


「お腹は膨れませんけど、それでもこっちに来たときには何かは食べますわね」

「ああ、飯だけは本当に参ってたからなあ。VRシアターってすげえな」

『あれは宇宙を移動する際のリラクゼーション用の仮想空間だからね。基本的には君たちが満足いくようには造られてるよ』


 端末から聞こえてきたミケの言葉に渚とリンダが目を丸くする。


「宇宙? あれってそうなんですの?」

「ミケ、あの空間がなんなのか知ってたのか?」

『ついさっき知ったところさ。移動中にマニュアルデータを見たからね。VRシアターは惑星間を移動する際のストレスを解消するために用意された仮想空間で、本来であれば長期使用を目的としているらしいよ』

「長期というと一週間とか……そのぐらいですの?」

『いや、月単位から年単位かな。その間、肉体は冬眠状態で移動させるのだけれど……意識だけは仮想空間で活動させていたようだね』


 ミケの返しにリンダが「年単位って、そんなに?」と呟く。


『もっとも肉体管理の制御も一緒に行うはずなんだけど、この装置は仮想空間に入るだけの簡易なものになっているね』

「へぇ、宇宙か。そうか。昔、人間は宇宙にいってたんだな」


 そう口にして渚が見上げた空は、瘴気により薄暗い白であった。

 けれども朝方にはその霧もわずかに晴れ、青い空の中に天国の円環ヘブンスハイローがあるのが確認できる。それは、確かに人が宇宙にまで進出していたという証拠であった。


「まあ、それにしても凄かった。また来たいな。リンダ、これってタダなんだよな?」

「いえ。三ヶ月に一度配られる、無料電子チケットを今回使用したのですわ」

「え、三ヶ月?」


 渚が首を傾げるとリンダが頷いた。


「ええ。三ヶ月に一度、シティの住人や狩猟者ハンターには三時間の無料使用が提供されていますの」

「じゃあ、三ヶ月経たないとまた入れない?」


 がっかりした顔の渚に、リンダが今度は首を横に振った。


「いえ、無料電子チケットでなくとも同じく三時間なら五万円、十時間なら十万円での利用が可能ですわ」

「金とるのか。しかし、結構高いな。いや、アレなら当然なのか?」


 高いといえば高い気もしたが、この街には娯楽というものはほとんどない。であれば……と渚が悩んでいると、リンダが「安くはありませんわね」と言って苦笑した。


「けれども、それを払うだけの価値がある経験を得られるのも事実です。それに、このVRシアターってアンダーシティ内では禁止されておりますのよ。地上にこっそり来てやっている人もいるみたいですけど」


 その言葉に渚が首を傾げた。

 アンダーシティは、地上の人々の憧れであるはずの街だ。地下で命の危機に脅かされない生活が保障された楽園。けれども、そこにVRシアターはないという。


「なんでだ?」

「さあ? 地下にはVRでなくとも娯楽はあります……から、というような話を聞いてはいますがわたくしにもよく分かりません」

『アンダーシティはアイテールを受け取る側だからね。必要がないんだろう』


 ミケの言葉に渚が眉をひそめる。


「ミケ、どういうことだ?」

『対価としての娯楽の提供。外から持ち込んだアイテールを回収するためのシステムはアンダーシティ内には必要がないということさ。それよりも渚。ちょっと、あれを見て』

「話してる最中でなんだよ……って、あれは!?」


 ミケが前足を指した先、そこには人々に囲まれた一人の男がいた。そして渚の視線を追ったリンダがその男を見て口を開く。


「あら。あの方。パトリオット教団の方ですわね」

「ぱとり? なんだって?」

「パトリオット教団。先ほど話をしました森で暮らしている人たちですわ。時折、街に来ては物資を交換しておりますのよ」

『渚、分かっているね? 基地にいた男たちと同じ服装だ』


 ミケが渚にだけ聞こえるように頭の中でそう口にする。

 そこにいたのは星の柄をちりばめた青いフードをかぶった男だった。

 また、首から下は赤と白のストライプの柄をしたローブも羽織っている。


「あの方々が持ってくる野菜には黄金の価値がありますから。教団員になりたい方や野菜の融通を望む方が多いんですのよ。あれ、ナギサ? 聞いていますか?」


 そのリンダの言葉は渚の耳に入らない。

 ドクンドクンという自分の心臓の音がやけに大きく聞こえ、渚にはその先をどうするべきかという思考が出てこない。そこにミケが『落ち着いて』と声をかけた。


(ミケ?)

『リンダも言っていただろう? あの格好の者たちは時折街に来るんだ。あそこにいるのはそうした、いつも通りに来ている相手なんだろう』

(なるほど……じゃあ、放っときゃいいのか?)

『今回はね。相手の素性も分かったのであれば、後で調べることはできる。それに基地にいた人間は全滅しているはずだけど……念のため、近づかない方がいい。リンダを連れて、さっさとここを離れよう』


 こっそりと言うミケに渚は緊張した顔で頷き、それから訝しがるリンダには後で説明するから……と説得して教団の男がいる方向とは反対側の道を歩き始めた。

 だが背を向けた渚は、人々に囲まれている男の視線が己に向けられているような気がしてならなかった。そして男から離れてもなお、見られているという感覚は消えず、それがスッと消えたのはリンダの家に着く少し前であった。

【解説】

VRシアター無料電子チケット:

電子チケットは三ヶ月に一度支給され、それ以外では有料での利用となる。

結論から言えば、それはアンダーシティがアイテールを収集するためのシステムの一環であった。

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