第057話 渚さんと掴み取る勝利
『おい、アイツ何やってんだ!』
渚がそう叫んだ。
オスカーがバイクに乗ってひとり駆け出していくのが見えたのだ。
その様子に渚は思わずオスカーが自棄にでもなったのかと疑ったが、後ろからルークが『大丈夫だ』と声をあげた。
『リンダ、ナギサ。オスカーをフォローしてくれ。ランドゲーターはあいつにやらせる!』
『どういうことだ? 何かあるのか?』
ルークが止めずに狙撃銃でオスカーの援護をし始めるのを見て、渚は何をするつもりなのかと眉をひそめた。その様子にリンダが頷く。
『ええ、そうですわナギサ。オスカーさんはクキシティの管理局でも隊長を任せられている四人のうちのひとりです。ダン隊長のスコーピオンバズーカと同じように、あの人自分の特別な装備を持っていますのよ』
『特別な装備?』
首を傾げる渚の視界に、オスカーのバイクが小さな砂山に乗り上げて宙に飛んでいくのが見えた。そして、異変は空中で起こった。
『は? なんだ、ありゃ?』
その様子に思わず渚が叫んだ。
空中でバイクが変形し、それは巨大なチェーンソーとなってオスカーの右腕に接続されたのだ。同時にチェーンソーから出現したブースターを噴かせると、一気にランドゲーターへと突撃していく。
『強化武装『ヒートチェーンソー』、オスカーさんが保有する遺失技術ですわ』
『あれで、あのデカいワニを斬ろうってのか。お、尻尾が斬れた!?』
その言葉の通り、オスカーの振るう赤く光っているヒートチェーンソーがランドゲーターの尾を斬り裂いた。その後すぐにランドゲーターが身を捻って尾を振ろうとしたが、すでに切れて短くなっているためにオスカーには届かない。
『あれなら勝てるか?』
オスカーとランドゲーターの戦いに近付こうとするテクノゲーターを破壊しながら、渚がそう口にする。ヒートチェーンソーには渚のファングと同様にブースターが付いているし、移動にはバイクのタイヤが地面について回転しているため、あんな巨大な姿をしていてもオスカーは機敏に動くことができるようだった。
『いいや、厳しいね』
しかし、ミケがそう評する。その言葉にナギサが眉をひそめた。
『どういうことだよミケ?』
『言葉通りの意味さ。基本性能の違いだ。彼女だけではランドゲーターに抗せない。ほら、見なよ』
ミケの言葉を証明するかのように『クソッタレ』というオスカーの罵声が飛んだ。ブースターによって加速する刃は目にも留まらぬ速さだが、ランドゲーターはそれを見切って顎を振って弾いたのだ。
『咥えこめや、このワニ野郎が』
オスカーは続けてマシンレッグから対装甲弾頭を撃って攻撃し、それにランドゲーターも弾き飛ばされる。もっともその至近距離からの一撃は、周囲を覆うアイテール結晶の装甲の一部を剥ぎ取れたものの、本体にまでダメージは通っていない。
『ナイスだオスカー』
だが、破壊されてアイテール装甲が欠けた場所に爆発が起きて、ランドゲーターが転げていく。それはルークが放った狙撃用の対装甲弾であった。
『チィ、それでも動きは鈍らないか』
オスカーが舌打ちする。今の攻撃でもランドゲーターを仕留めるどころか、動きを鈍くすることすらもできていない。
それからランドゲーターはすぐさま動き出してオスカーの次の攻撃を避け、さらには装甲から緑色のスパークを放って攻撃をして、オスカーも後ろに退がるしかなかった。
『やりやがるな。普段ならお前みたいの相手は楽しんで戦うんだが、けどテメェがウチのキャラバンを襲った。俺はそのケジメを付けなきゃいけねえんだよ』
そう叫んでオスカーがヒートチェーンソーを振り上げて突撃する。
対してランドゲーターも顎を振るい、放電を放ち、反撃する。
けれども、最初に尾を斬り裂き、ルークの攻撃がヒットした以外でのクリーンヒットはなく、ランドゲーターの機敏な、まるで攻撃を読んでいるかのような動きにオスカーは攻めきれないどころか、追い詰められてすらいた。
リンダの口にしていた古老級という言葉は決して伊達ではないようだ。
『あのままでは難しいですわね。ナギサ、わたくしが道を作ります。オスカーさんに合流してください!』
その言葉に渚はリンダとルーク、それにオスカーやテクノゲーターを見回していく。天遺物からはまだ何体ものテクノゲーターが出てきている。このままではジリ貧で終わりかねない。そう判断した渚はリンダに頷いた。
『分かった。リンダ、無茶すんなよ』
『ナギサに言われたくはないですわ』
そのリンダの返しに渚は笑うとその場に迫るテクノゲーターをショットガンで破壊したのと同時にオスカーとランドゲーターの元へと駆け出した。そこにテクノゲーターが迫ってきたが、リンダとルークがそれぞれに撃ち落とし、渚の道を作っていく。そして渚が近付いてくるのを見て、オスカーが『ガキンチョか』と声をあげた。
『渚だ。覚えとけ』
渚はそう返すと、オスカーの横を通り過ぎて、ランドゲーターへと攻撃を仕掛けていく。そして、弾道予測線を見ながらライフル銃とショットガンを撃ち、どちらも装甲を抜けない事実に眉間にしわを寄せた。
『こりゃあ、厄介だな。ルークの言う通りに硬い』
ライフル銃は元よりショットガンでも貫通するには至らない。
オスカーのヒートチェーンソーは無数の刃を高速回転させて攻撃する武器だからこそ尾の破壊はできたのだ。その事実を渚は理解し、横を走るミケに声をかけた。
『なあミケ、オスカーの武器なら倒せるんだよな?』
『そうだね。あの装甲は構造上、連続でのダメージには弱いようだし』
ミケの言葉に渚が自分のマシンアームを見て、それからランドゲーターを思考する。
ランドゲーターの動きは素早い。電磁流体装甲によって砂漠を滑って移動するために、巨体であるにもかかわらず異常な機動力を有しているのだ。
その上にこちらの行動を予測して動く頭もある。実際にオスカーも最初の不意打ち以外にランドゲーターへのクリーンヒットはない。
弾丸は弾かれ、ヒートチェーンソーの攻撃も動きに翻弄されて当たらない。
だからこそ渚は考え、その提案が可か不可かをミケに問うと、ミケは頷いた。
『可能ではある。けれど渚、一応言っておくけど一発勝負だ。失敗したら二度目のチャンスはない。その場合は、オスカーを置いてでも撤退するよ』
ミケがそう口にすると、渚も『分かってるさ』と返してランドゲーターを睨みつけた。失敗する気など毛頭ない。
『オスカー、私があいつを止める。あんたがトドメを刺してくれ』
『あん? どうやって……』
『あんたにチェーンソーがあるように、あたしにはこの腕があるんだよ』
渚がそう返して右腕を天に掲げて、タンクバスターモードを発動させる。
そして右腕のマシンアームの拳が緑色に輝き、アイテールを変換して光り輝く装甲が組み上げられていく。
『なんだ、そいつは!?』
その光景にオスカーが驚きを露わにし、ランドゲーターも警戒するようにわずかに退がった。また、それは離れた位置にいるルークとリンダも目撃していた。
『リンダ、あれはなんだ?』
『タンクバスターモードですわね。ナギサの切り札です。けど、あれは一度使ったらしばらくは……あら、以前のときよりも大きく?』
目を見開いたルークに説明をしようとしたリンダも、前回とは違う状況に眉をひそめる。何しろ今の渚の拳は、アーマードベア戦のときに見せた岩を斬り裂いたチョップよりも随分と大きくなっているようだった。そう、その巨大な拳こそが今回の渚の切り札であった。
『渚、形状維持ギリギリだ。これ以上は拡大できない』
『問題ねえよ。行くぜ』
渚はそう叫んでブースターを噴かせて正面から突撃する。
対してランドゲーターは危機を感じたのか逃げようと動き出したが、渚が左手に持ち替えていたライフル銃に付いたグレネードランチャーから対装甲弾頭を射出して牽制する。無論、それで倒せるわけではない。実際に対装甲弾頭はランドゲーターに弾かれて明後日の方へと飛んでいったのだが、それで問題はなかった。
弾くためにわずかにランドゲーターが身体を捻ったことで、わずかな隙が生まれたのだ。
そして、渚はランドゲーターを巨大化したマシンアームで掴み上げる。
『おいおい。こいつはとんでもないガキンチョだ』
オスカーがあっけに取られた顔でその光景を見る。
それこそがタンクバスターモード・ファイナルロック。スーパーチョップとマックスパンチに続く、渚の新たなる必殺技である。
『悪いがオスカー、これ保たねえ。拳ごとで構わねえから早くぶった斬ってくれ』
肥大化しすぎた装甲にはもうすでにヒビが入り、形状の維持自体が困難なようだった。故に渚は焦りを感じながら叫び、対してオスカーは笑いながら飛びかかった。
『任せなナギサ。これで仲間の仇を』
オスカーは突然の襲撃に仲間を皆殺しにされ、己も足を失った。
それでもオスカーはクキシティまで生き延び、そしてここまで戻ってきた。
アンダーシティに移住することも捨ててサイバネストになり、遂げられぬであろうと分かっていた復讐を果たすために、半ば死ぬためにここまでやってきていた。
『討ってやらぁああああ!!』
だが、栄光の手と呼ばれる巨大な拳がオスカーの願いを叶える。
そしてオスカーは咆哮しながら真下から斬り上げランドゲーターの身体を裂いていき、アイテール装甲を粉々に砕きながらついにはその巨体を真っ二つに破壊したのであった。
【解説】
ヒートチェーンソー:
オスカーの所有する強化武装。
遺失技術のひとつであり、機械人でもメンテナンスこそ可能だが、生産はできない。またバイク形態は運搬用の仮初めの姿であり、本来の姿は巨大なチェーンソー。そもそもこのヒートチェーンソーは武器ではなく宇宙での使用を前提にした工具である。
アイテールを直接エネルギーにはせず、電力に変換して使用しているためチェーンソーの刃は緑ではなく赤く輝くのだが、これはアイテールが希少な存在で軍のみで使用されていた頃の名残であると言われている。