第050話 渚さんと探索依頼
「そいつは……AIか?」
端末に表示されたミケを見てルークがそう呟くと、笑いかけるように画面の中のミケが頷いて口を開いた。
『ああ、そうだよ。はじめましてルーク。僕は渚のナビゲーションAI、ミケランジェロシリーズのミケだ』
その言葉に渚が眉をひそめながら口を開く。
「なんだよ、ミケ。隠れんのは止めたのか?」
『まあね。僕のような存在はそこまで特異なものではないとも把握できたし、行動を共にする相手であれば礼儀として顔ぐらいは見せておこうと思ったのさ』
ミケの言葉にルークが「なるほどな」と呟いて頷く。
「そういうことか。強力なサポートが一緒にいたわけか。こりゃあ、本当に有望だ。リンダ、お前も良い相手をコンビに選んだもんだな」
「ええ、ナギサはすごいんですわよ」
エヘンと胸を張ったリンダだが、それから何かを考えた後にルークに対して言葉を返した。
「ああ、けれどもルーク。そちらのミケさん、軍出身の方だそうですので素性に関してはノータッチでお願いしますわ」
「了解だ。これから組もうって相手のプライベートを暴くつもりはないさ」
『そうしてもらえると助かるよ。これでも制限が多い身でね。何かあれば端末を通して報告するから、その程度の相手と思っておいてくれればいいさ。それじゃあ、口を挟んで悪かったね』
そう口にするとミケの顔が端末の画面から消えた。
「おや、ミケは話に参加はしないのか?」
「ああ、あたしが判断するようなところではあまり口を挟みたくないんだと」
渚がミケの言葉を代弁すると、ルークが「なるほど」と頷いた。
「どうやら頼もしい仲間……というよりは保護者のようだな」
「まあな。ここまでずっと助けられてきている。ミケはあたしの大切な仲間だよ」
「そうか。なら結構。能力があるなら、それだけこっちも助かるってもんだ」
そう言ってからルークが渚とリンダを交互に見た。
「何しろ、今回のシャッフルの件で狩猟者の数は結構減っちまったし、それはこのクキシティに限らないはずだ。対して機械獣は活性化して埼玉圏内を闊歩している。だから俺らの仕事はこれからドンドン増えていくだろう。ライアン局長はそんな状況の中でお前らが潰れないように俺をあてがったわけだ。だからリンダ、お前も俺が仲間になることに問題はないな」
「ええ。ナギサがよろしければですけど」
「リンダがいいんなら、あたしも問題ねえよ。リンダはルークのことを信頼してるようだしな」
その言葉にはリンダも否定の言葉を返さない。
その様子にルークが「じゃあ決まりだ」と口にすると、自分のタブレット端末をバッグから取り出した。
「で、さっそくだが仕事も取ってきた」
「え、急過ぎません?」
驚くリンダにルークが苦笑する。
「忙しくなるって言ったろ。それにだ。ライアン局長から直の依頼なんて早々あるもんじゃないぞ」
「ルークはよく受けてるみたいですけど」
「こき使われてるだけさ」
そのルークの言葉に渚が目を細めた。
「てことはさ。そんなヤツと組んだら、あたしらもこき使われねえ?」
「残念ながらお前さんはどのみちこき使われるのが決定してる。言ったろ、局長にお前は惚れ込まれてるって」
「……マジかよ」
嫌そうな顔の渚を笑いながら、ルークが自分の金色のトークンを端末にかざすと画面に文面と画像が現れ始めた。それから、それを覗き込んだリンダが眉をひそめる。
「依頼書ですわね。依頼内容はハニュウルートのテクノゲーターの巣の発見? ハニュウルートに機械獣の巣があるんですの?」
随分と強張った声に渚が首を傾げる。
「リンダ、それって何かおかしいのか?」
「ええ、基本的にルートと呼ばれている道は周囲の巣を潰しているんです。まあ、私たちが相手にしたアーマードベアと同様にこのテクノゲーターもシャッフルで移動してきたのでしょうけど……それがハニュウルートとなると確かに急ぎになりますわね」
その言葉に再度渚が首を傾げると、リンダが説明を続けていく。
「ナギサ、ハニュウルートの先にあるハニュウシティは圏境に隣接しているんですのよ。機械獣はその先の森の中からやってきますから、ハニュウシティは機械獣狩り最前線に向かうための中継地点のひとつでもありますの」
「その上に、あそこは群馬圏民の侵攻を防ぐための防衛拠点でもある」
群馬圏民の侵攻? こいつは何を言ってるんだろうかと渚は思ったが、ルークは渚の反応を気にせず話を続けていく。
「ただハニュウシティの地下都市はもうほとんど機能していない。補給のほとんどは外部に頼ってる状況だ。そこで……」
「ああ、分かった。つまり重要なところってことだな」
なんだか難しいことを言われたので、渚は要点だけを口にする。
「まあ、そういうことだ。そこに通じる道が危険な状態にあると理解できれば状況は簡単だろう。だから、さっさと安全を確保しないといけないってわけだ」
「ああ、そうだな。で、その巣を潰す……じゃなくて、依頼は発見なのか?」
渚の問いにルークが苦笑する。
「さすがにこの人数でテクノゲーターの巣ひとつを潰すのは無理だ。アーマードベアだってお前たちだけではどうにもならなかったろう? 今回のテクノゲーターはアーマードベアと同じか、それ以上に厄介な相手だぞ」
「あいつらとかよ。となると、確かにそうだな」
ルークの言葉には、渚も素直に頷く。
アーマードベア戦ではダンたちが囮を請け負い、岩場まで引き連れてくれたおかげでまとめて破壊することにも成功した。だが、また同じことを行うには必要な前提条件が多過ぎるのは渚にも分かる。
「素直でよろしい。それに相手はオスカー隊を壊滅させている」
「オスカーさんの?」
リンダの顔が強張り、その様子に渚は眉をひそめた。
「リンダ、知ってる相手なのか?」
「ええ、クキシティの狩猟者管理局ではダン隊長と並ぶ狩猟者のひとりですわ」
「そういうことだ。そもそも俺がクキシティを出ていたのはオスカー隊の捜索のためだったんだが、発見できたのは破壊されたビークルが転がる戦場跡でな。見た限りは全滅したとしか思えないし、残念ながら生き残りの連絡もない」
「となると、すぐにでも出立したほうがよろしいですわね」
そう言って立ち上がろうとしたリンダにルークは首を横に振る。
「いいや、行くのは明日からだ。お前たちは昨日に戻ってきたばかりだし……いや、そういうことを考慮しなくてもこの時間からじゃあ遅過ぎる。無駄に危険に晒されるだけだ」
「……でも」
身を乗り出すリンダを諭すようにルークは話を続ける。
「確かに、時間が経てば経つほどに状況は悪化するだろう。あいつらは生産体制を整え始めるだろうし、被害も増えるかもしれない。だが俺たちが無茶をして失敗をすればもっとひどい状況にだってなり得る。そういう事態を避けるために俺がお前たちに付けられた。今回もダンに注意を受けたお前ならその意味は分かるなリンダ?」
ルークの言葉にリンダは何か言葉を返そうとして、それを飲み込んで頷いた。
再三に言われていることだけにリンダも自覚はしていた。
「分かりましたわ。ひとまず今日は休んで明日早くに街を発ちましょう。ハァ、明日はナギサとVRシアターに行くつもりでしたのに」
「それはすまなかったな。まあ、そこらへんは戻ってきてからの楽しみにしておいてくれ」
「ん、VRシアター? なんだ、それ?」
渚が聞いたことのない言葉に首を傾げると、リンダとルークがニヤリと笑った。
「こいつ、アレを知らないのか?」
「ええ、そうなのですわ。まあ、ナギサもルークがおっしゃった通りに戻ってきてからのお楽しみにしておいた方がいいですわよ。すごいですから」
そんなことを言い合って笑っているふたりの顔に渚は眉をひそめつつも、ひとまずは何か楽しいもののようだとは理解しそれ以上は尋ねなかった。
そして渚たちは翌日の準備を整えると早く寝て、早朝にはビークルに乗って街を出たのであった。
【解説】
ルート:
公開されているルートは埼玉圏内における比較的安全な移動経路ではあるが、道路が舗装されているわけではなく、また周辺に巣がなくとも群れで移動する機械獣と遭遇する可能性はある上に場合によっては野盗や野生の獣などに襲われることもある。