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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
序章 再生の日
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第005話 渚さんと白紙の猫

「にしても異常にデケエぞ。何なんだよ、あいつ?」


 そこにいるのはあまりにも大きな生物だ。その姿に渚が呆気にとられた顔で見ていると、直後に緑色の光が見えた。


「なっ!?」


 光の出元は巨大生物のいる場所の下、つまりは地下基地からだ。

 続けて先ほどとは比べ物にならないほどの巨大な爆発が発生し、渚のいる場所まで衝撃波が走った。


「おい、ちょっとぉぉお!」

『渚ッ』


 そして小さな身体が木の葉のように吹き飛んで渚が宙に舞い、それにはさすがの猫も慌てた様子で声を上げる。


『いけない。センスブーストをかけるよ!』

(え?)


 猫がセンスブーストを発動させると、周囲の世界が減速していく。


(これ、さっきと同じ……)


 時間が遅くなっていくのを感じながら、渚が周囲を見回す。

 自分が宙を舞っている事態は変わらず、現実にはただ己が地面に叩きつけられるのが遅くなっているだけと理解はできている。

 だが、対処する時間は確実に与えられた。


『渚、右腕を飛ばしてあの岩に突き刺すんだ!』

(飛ばす? ああ、そういうこともできるんだったな)


 猫の言葉に渚が頷く。気付いてしまえば、使い方は分かる。

 それから渚は水中で動きを変えるように己の身体をくねらせて、見えた岩に腕から分離させた義手を飛ばす。


(ええと、ブースターで飛ばして掴んでワイヤーで近付けて。あ、刺さっちゃったぞ!?)


 渚は勢い余って岩へと突き刺さった鉄拳から伸びたワイヤーを引き戻し、爆風に揺られながらも自分の身体を岩場へと引き寄せていく。


(よし、着いた)


 そして、渚が岩に取り付いた途端に再び時間が元に戻り、同時に渚の頭が割れるように痛んだ。


「つ、頭痛いっ……てか、落ちる!?」

『渚、その義手のワイヤーを調整するんだ。また引き伸ばして下まで降りればいいんだよ』


 いつの間にか岩の上に乗っていた猫が指示を飛ばすと、渚が「あ、そうか」と頷いた。鉄拳を飛ばすことも、内蔵されたワイヤーを伸ばすことも、或いは引くことも、渚自身の意志で可能なのだ。


「おー。便利だな。これ」


 それから渚は一度は接続し直した義手を肘部分から再度分離させ、ワイヤーを引き伸ばしながらゆっくりと地面に降りていった。


「で、岩に刺さった拳はどうすんのさ猫って、うわ!?」


 再度の爆発の衝撃波に身体を持って行かれそうになるが、今回は岩場に抱きついたことで回避できた。


「まだ爆発すんのかよ?」

『そりゃあ、そうだろうね』


 すでに地面に降りている猫がそう言いながら、突き刺さった義手を見た。


『渚。外すにはバスターモードを使うんだ。出力は10パーセント程度でいいだろう』

「そうか。バスターモード……タンクバスターモードと違って、あの緑の光を、アイテールライトを出力させるだけのヤツだったな」


 渚が義手から与えられた知識を意識して力を行使すると、突き刺さった鉄拳は緑の光を発しながら岩を溶かして外れ、そのまま渚の腕へと戻っていった。爆発も岩場の陰に隠れたことでようやく凌げるようにもなっていた。


「すげえな。こっちの思うとおりに動く……けど、頭痛? これが負荷ってヤツなのか?」


 己の思うがままに動くことに感動しつつも、渚は頭の痛みが治まらないことに苦い顔をした。先ほどのセンスブーストで脳に何かしらのダメージを負っているのだろうと思い、渚は猫を見る。


『続けてセンスブーストを行ったんだから仕方ないよ。あ、腕の熱自体は生身の部分に到着する前に遮断されてるけど、熱いのは変わらないから触らないようにね』

「了解。くそ、イッてえなぁ」


 左腕で自分の頭を押さえるが、頭痛は止まない。


「右腕の方は……まあ、大体こう言うもんだってのは分かったけどさ。この時間が遅くなるヤツ。あれって、この腕の力じゃないよな?」

『センスブーストという、強化技術の一種だ。脳内のチップを介して君の感覚を増幅する。思考もチップの演算処理で加速をかけているから実際には感覚だけではないんだけどね』

「それは義手ではなく、頭の中にあるヤツの能力ってわけか」


 渚が義手を見ながら、そう口にする。

 センスブーストと呼ばれるものの使い方も『なんとなく』ではあるが、渚にも分かるのだ。ただそれは義手とは別のカテゴリーであるように感じられていたのだが、その認識は間違いではないようだった。


『今回は連続使用で少々負荷がかかり過ぎた。けれど、便利ではあるだろう?』

「そうだな。怖いぐらいに使える能力だとは思うよ」


 渚がそう言って、素直に頷く。義手の力も相当だが、センスブーストという能力も渚の理解を超えた強力なものだ。


「たださ。そんな力が頭の中のチップにあんだろ? なんでこんなことになってやがるんだよ。大体、こんな格好で砂漠にいるなんて死ぬぞ、あたし。結構マジで」


 そう言いながら渚が起伏の少ない小さな自分の身体を見る。

 彼女が現在身に付けているのは簡易服のみ。靴もその場にあった簡単なスリッパのようなものだ。

 それに最初に外に出たときほどではないにせよ、先ほどから喉も全身も妙にヒリヒリとしていて、この場が何かしらよろしくない場所だとは渚も体感的に察していた。岩場に隠れられて凌げているが、爆発で舞い続ける砂煙もひどいのだ。


『そうだね。正直、今この場所は……あ』


 そして、猫が話している途中で基地側からさらに大きな爆発が起こった。


「おい、猫?」


 同時に、彼女の前にいる猫にノイズが走ったのが見えたのだ。

 それからさらに砂が舞って、渚が岩にしがみつき、状況が落ち着いたときには猫は変わらぬ姿でそこにいた。


「あークソ、洒落になってねえ。頭から砂被ってるし。シャワー浴びてぇ。それにお前、大丈夫なのかよ猫? 今なんか変な感じだったぞ」


 渚の言葉に猫は『ふむ』と言って、霧に包まれた上空を眺めた。


『まあ、大丈夫といえば大丈夫だけど……あまりよろしくもないかもしれないね』

「どっちだよ!?」


 思わずツッコむ渚に、猫が右の前足を上げてフリフリと振った。


『まあまあ。簡単に言うと今の爆発で基地の機能が完全に落ちたんだ。だからデータリンクが途切れたんだよね』

「データ? 切れ? つまり、どういうことだよ?」


 首を傾げる渚に、猫がなんとも言えない顔で毛繕いをしながら口を開く。


『実はね。僕も先ほど起動したばかりなんだ』

「何の話だよ?」

『君の腕が潰されてからすぐに起こされたんだよ。知っての通り、わずかな差でカプセルが瓦礫の下敷きになっていただろう? ああなる前に僕は君をカプセルから外に出さなければならなかった』


 その言葉に渚が先ほどの状況を思い出し、顔を青くする。

 確かに数秒遅ければ渚の身体は潰されているはずだったのだ。それを防ぐためというのならば、猫は確かに成し遂げていた。


『緊急事態だった。けれども僕自身を正常起動させてから君を起こして行動させるにはあまりにも時間がなかった。だから本来取るべき様々な手順をスキップして、僕は基地のデータとリンクして機能を代用させながら活動していたんだよ。並行作業は行っていたから一応のスタンドアロンでの動作条件を今はクリアできているけど』

「なるほど、分からん。ということはなんなんだ? 馬鹿なあたしにも分かりやすく言ってくれ」


 首を傾げる渚に、猫が仕方ないという顔をして口を開いた。


『要するに今の僕の頭の中はほとんど白紙なんだ。簡単に言えば、君と同じぐらいにしか今の状況が分からないのさ』

【解説】

センスブースト:

 その呼び方は厳密に言えば正しい意味ではないが、感覚の加速を促す強化プロセスの名称である。

 ブレインアプリなどによるソフトウェア処理やチップなどによる外部装置に依存した処理など使用方法は多岐にわたり、使用方法によって加速倍率、持続力、負荷率などが変わる。

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