第049話 渚さんと右腕と左腕
「よお、遅かったな。ていうか、なんだその荷物は?」
渚とリンダが家に戻ると入り口前で男がひとり待ち構えていた。
それはもちろん狩猟者管理局の施設で出会ったルークだ。
「あ、さっきのチャラい……ええと」
「ルークだ。ルーク。チャラいとか言うな」
渚の言葉にルークが肩をすくめる。そういうところがチャラいんだよなと渚は思ったが、TPOをわきまえている渚はそれ以上言葉を返さなかった。
「ルーク、随分と早かったですわね」
「16時は回っているし、そうでもないんじゃないか? それよりもナギサって言ったよな。なんというか、それ重くないのか?」
ルークがそう口にした通り、今の渚は2メートルはある鉄の棒を4本ひとりで担いで歩いてきたのだ。もっとも渚の顔は涼しいもので「ああ、問題ねえよ」と頷いて返した。
実のところ、渚が気軽に持ち抱えていられる理由は肩から伸びた補助腕が足代わりになって支えているためであった。
補助腕は渚の身体に接した形で動いているため一見すると渚が自分の力だけで担いでいるようにしか見えないためにルークも気付けなかったのである。
それから渚たちが到着してすぐに扉が開いて中からミランダが出てくると、渚はその棒をミランダに渡した。
「ミランダ、これをビークルの左右に取り付けておいてくれるか。何かあったらこいつに電流を流して追い払えるらしいぜ」
『はい。確かにあの腕だけでは多少不安がありましたし、防衛手段が増えるのはありがたいことです』
そのやり取りにルークがリンダに尋ねる。
「リンダ。お前、新しいバトロイド頼んだのか?」
「いいえ。あのミランダは渚所有のメディカロイドですわ」
「ハァ……なるほどなぁ。局長が言っていたのはアレか。なるほど、有望株だわな」
その言葉にリンダが「局長が?」と首を傾げた。ルークがライアンと会っていたのはリンダも知っていたが、そこで渚のことが話にあがっていたのだとまでは把握していない。
「まあな。そこら辺も話すから、まずは家に入れてくれないかリンダ。話さなきゃいけないこともあるんだよ」
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「それじゃあ、改めて紹介する。俺の名前はルーク・ロードラン。ゴールドランクの狩猟者だ」
「あたしは由比浜渚だ。渚でいいぜ。で、ブロンズランクの狩猟者って紹介すりゃいいのか?」
渚はリンダの家に入ると、ひとまずはリビングでルークと自己紹介を交わした。
「ああ。局長から話は聞いてるんだけどな。まあ、ナギサの腕前ならシルバーならすぐに昇格するだろうな。いい相手をコンビにしたなリンダ」
ルークの言葉にリンダがニコッとして頷く。
渚とのコンビを褒めてもらうことが嬉しいらしかった。
「で、ナギサ。お前のことは局長から大体聞いている。サイバネストでビークルとメディカロイド持ち。実績に関してもまだデビュー前にもかかわらず随分と活躍したそうだな」
「まあ、あたしひとりの力じゃないけどな」
「だとしてもだ。たとえすべてが運であったとして、名をあげられるヤツってのは何かしら持ってるもんだ。お前の場合は運だけではどうしようもない実績だけどな」
ルークがそう言いながら、懐から書類を出してテーブルに置いた。
「それは?」
「管理局からの指示書だ。お前らと組むように管理局から言われてる」
「ルークとですの?」
眉をひそめたリンダにルークが頷く。
「そうだ。ナギサ、お前あのライアン局長に随分と惚れ込まれてるな」
「え? マジで? でもさすがにおっさんはゴメンナサイだぜ?」
「ああ、いや……そっちの意味では、あのおっさんは既婚者で奥さん一筋だから問題はないぞ」
「ライアン局長が?」
渚が目を丸くする。それからリンダが少し苦笑をして「それはルークも一緒ですわよね」と口にすると、渚がルークを見てさらに目を丸くする。
「こんなにチャラいのに?」
「チャラいは余計だ」
「ええ、一見して女性に有害そうに見える外見ですけど、一応奥様もお子さんもいらっしゃるそうですわ」
「リンダ、お前もひどいこと言うな。お兄さん、悲しいぞ」
「奥さんに嫉妬されるからコンビは組めないって断られたことは忘れてませんわよ、わたくし」
リンダがプイッと横を向いた。どうやらリンダは元々ルークとコンビを組もうと考えていたようである。
「仕方ないだろ。ほら、俺は帰郷することも多いしさぁ。新人のお前をコンビにしてすぐにひとりにさせるわけにもいかないだろ」
少し焦った顔で言うルークに渚が「帰郷?」と首を傾げた。
「ええ。ルークは地元に奥さんたちを置いて出稼ぎに来ているのですわ。けれど、結構な頻度で帰郷するのでこの街にいないことも多いんですのよ」
「その間はダンに面倒頼んだりしてやったろ。まあ、今はナギサがコンビになったんだから俺がいなくなっても問題はないだろ」
「そうですわ。ナギサがいればルークなんて必要ありませんわ」
その言葉に苦笑しながらルークが渚を見た。
「ははは、お兄さん。嫌われちゃってるな。でさ、ナギサ。ひとつ尋ねたいんだが、その右腕のマシンアーム、ハンズオブグローリーシリーズだよな?」
その言葉には、横で黙って聞いていたミケの耳がピクリと動いた。
「ルーク、あの腕を知ってるんですの?」
「ああ、リンダは知らなかったのか?」
ルークが目を細めて、探るような顔でリンダに尋ねる。
「ナギサから聞いて初めて知りましたわ。メディスン系統だと聞いていますが、有名なものなんですの?」
「そう……か。知らなかったか。いや、メディスン系統というと違うな。それは俺たちの使うマシンアームとは違う、遺失技術のひとつなんだよ。俺も左のものしか見たことはなかったけどな」
「左の?」
その言葉に渚は基地にあったファングの元の持ち主を思い出した。
このマシンアームと共に左腕もその場にあったはずだが、渚がなくしたのは右腕のみだったし、基地の爆破によってもう破壊されているはずであった。
「右は近接戦を目的としたものだけれど、左は射撃用のギミックが仕込まれていてドラグーンって言うんだ。ああ、そうだ。ハンズオブグローリーはアイテール変換機能が付随しているはずなんだが、ナギサはその機能を知っているのか?」
「本当ですの?」
リンダの表情も驚きに染まったが、その反応には渚の方が逆に「あれ?」という顔になった。
「ああ、そうだけど……それって、驚くところか?」
「驚くさ。通常、アイテール変換装置はアンダーシティ管理だ。個人所有を認められていないわけじゃないが、高額で取引されて回収されることが多いからな」
「そうですわ。それを売るだけでもしばらく遊んで暮らせますわよ」
その言葉に渚が自分の右腕を見る。もちろん売るつもりもないが、どうやらファングは自分が思っていた以上に価値のあるもののようだった。
「でも、これ。水とエーヨーチャージしか出せねえよ?」
「それだけでも十分だ。な、リンダ?」
ルークの言葉にリンダが頷く。
「アンダーシティと違って、地上ではアイテール変換のレシピも制限されておりますのよ。エーヨーチャージはその中でも嗜好品として許されるものでは上位のものなのですわ」
「そうなのか?」
渚にはいまいちピンと来ないが、ルークとリンダの反応からそういうものらしかった。
「ああ、うちらの主食は首都であるコシガヤシーキャピタルが生産している藻粥だ。まあ、エーヨーチャージを個人で楽しむ分には問題ないが、アイテール変換装置のことはなるべく伏せておいた方がいいと思うぞ」
「そうなのか?」
ルークの忠告に渚が首を傾げると『そうだね』とタブレット端末から声は響いてきた。
「え、ミケ?」
『希少性が高いということは狙われやすいということだ。制御できるかは別にして、売れば金になると考える者がいればそれを狙おうとする者もいるだろうね』
突如としてタブレット端末の画面が起動してミケの顔が表示された。
そして、驚く渚とリンダの前で、ミケがルークを見て口を開いた。
【解説】
狩猟者管理局からの指示書:
強制力はないが「従わないとどうなってるか分かるよな?」という意味合いも強いため、大抵の狩猟者はよほど命に危険がない場合には従うことになる魔法のアイテム。