第044話 渚さんとその後の予定
「登録完了しました」
ライアンとの面接を終えた渚は一階に戻り、言われた通りに受付嬢にワッペンを渡し名前を告げるとすぐさま返答が返ってきた。
「あれ、もう? こんな簡単でいいのか?」
見たところ、端末にワッペンを差して渚の名前を入力しただけだったのだが終了のようである。
「はい、問題ありませんナギサ。生体情報が登録されれば偽装はできませんし、登録した本人であることは正しく認識できますから」
住所登録や年齢、性別など色々と記入するものだと思っていた渚にしてみれば拍子抜けだが、ともあれ終わったのであれば問題はない。
「あ、ワッペンはキチンと見える場所に付けておいてくださいね。それはあなたが狩猟者である証となりますので」
「ああ、聞いてるよ。これでいいんだろ?」
そう受付嬢から言われてワッペンを返してもらった渚が、すぐさま自分の防護服の肩にワッペンを付ける。だが、それを見たリンダが「曲がってますわよ」と言って少しだけ角度を変えた。
「ん、サンキュー」
「コンビですから」
リンダがそう返して笑う。それからふたりは一旦外に出ようとしたのだが、その前にダンが管理局の中に入ってきて渚たちの姿を認めると近付いてきた。
「おう、お前ら」
「ダンのおっちゃんか」
「ダン隊長。パーツは全部運び終わりましたの?」
リンダの問いにダンが「まあな」と返す。
それから渚に顔を向ける。
「ああ、そうだナギサ。回収している局員がアーマードベア・アンサーの腕を見て欲しがってたぞ」
「やらねえよ」
渚が口を尖らせてそう言う。
すでに腕とミランダとの同期も戦闘レベルにまで調整を完了しているし、アレのためにアーマードベアの他の素材の取り分も諦めているのだ。その渚の反応にダンは肩をすくめて苦笑する。
「ま、そう言うとは思っていたさ。局員には無理だと伝えておこう。それでパーツについての案件は全部終わりだな」
「ダン隊長。それで、これからどういたしますの?」
リンダがそう尋ねる。
街には着いたし、パーツは管理局に渡し終えたが、買い取りの査定には時間がかかる。
パーツの数が少なければ当日中でも査定は完了するが、今回のアーマードベアとの戦いなどで得たパーツ数では一日はかかる。なので登録も終えたのであれば、ここでやれることはもうないはずだった。
「素材の換金については明日には用意できるそうだ。俺は一度局に出頭して、今回の強行隊やアーマードベアの巣の駆除の報酬について掛け合う。事後報告だが、結果は後のお楽しみと言うところだな。他の狩猟者らは今日は休むか酒場で打ち上げだ。が……お前らには酒場はまだ早いか」
「ルークに止められていますわねぇ」
リンダの言葉にダンが再び肩をすくめる。そのやり取りの中で渚はルークという人名をどこかで聞いた気がするのだが、特に思い出せなかった。
「ただ査定については問題が起きれば後日回しにされる可能性がある。一応それは頭に入れておいてくれ」
「問題?」
首を傾げる渚にダンが頷く。
「うちら同様に戻ってきてない隊が二組あるらしい。それに個人での狩りの未帰還者は把握すらできてないそうだ。今、都市部内のワッペンの信号と狩猟者登録リストを洗って確認しているそうだ。何かしら分かれば救出に動く可能性はある」
ダンが眉間にしわを寄せながらそう口にした。その様子に渚が口を挟む。
「そりゃ、シャッフルとかいうのの影響なんだよな?」
「そうだ。シャッフルは埼玉圏内全域で機械獣が大移動をして生息域を変える現象だ。獲物が去ってボウズで帰ってきた連中は残念だったなで済むが、移動に巻き込まれてた場合にはもう生きてる可能性は薄いな」
渚は先ほどライアンにも似たようなことを言われていたのを思い出し、難しい顔をする。
「ああ、ライアン局長がそれで忙しくなるって言ってたな」
「局長が? 確かにその通りだが……ま、お前も狩猟者として登録されたんだ。さすがに最前線ということはないだろうが、登録早々にこき使われるのは覚悟しておくんだな。そんなことを話したってことは局長に気に入られたんだろ?」
その言葉に渚が首を傾げる。あの局長に気に入られたのかは正直渚には分からない。ただ……と思うことはある。
「どうだろうな。けど、やれることはやるさ。これからお仲間になる相手がピンチだってんならすぐにでも駆けつけるから何かあったら遠慮なく声をかけてくれよおっちゃん」
その渚の言葉にはリンダも頷くと、ダンが「頼もしい限りだ」と口にして笑う。
「とはいえ、よほどのことがなければ、あのアーマードベアの巣の駆逐クラスの仕事はないだろうけどな。打ち上げにいかないんなら今日はゆっくり休んでくれ」
その言葉に渚とリンダが頷く。そのふたりに頷き返したダンは、それから思い出したと言うように渚に尋ねる。
「そうだ。それでナギサはこれからどうするんだ? ここに来たのが初めてなら、宿についてはまだ決まっていないんだろう」
その言葉に渚も少し考え込む。
「ああ、そうだな。どうするかはまだ決めてないけど、ただビークルから目を離すのも怖いし、どっかに停めて中で寝るかなぁ」
そのやり取りにリンダが手を挙げて口を挟む。
「あ、あの……ナギサに問題がなければ、うちに住むというのはいかがでしょう? ビークルも停められますし」
「え? リンダの家か。それはありがたいけど、いいのか?」
渚の問いにリンダが「はい」と返す。
「外に出るときはわたくしもビークルに泊めてもらうわけですし、持ちつ持たれつでいきましょうよナギサ。それにビークルも街の駐車場に止めておくには不安が残りますし、その中で寝るというのもね。一日二日ならまだしも、あまり続くと狙われますのよ」
「ああ、そういうこともあるのか。じゃあ、お願いしてもいいか? 迷惑かも知れないけど」
「いえいえ、コンビですから任せてくださいな!」
リンダが嬉しそうな顔でそう返すと、ダンが「羨ましいことだ」と口にする。
「バーナム家の持ち家ならセキュリティにも不安はないな。ビークルもミランダも安全だろう。じゃあ、明日の午後にでもここに集まってくれ」
そう言うとダンはふたりから離れ、局の中へと入っていく。
それから渚とリンダは外に出て、共にここまでやってきた狩猟者たちと挨拶を交わしてから狩猟者管理局をビークルで出ていく。そして向かう先はクキシティ中央にあるリンダの家であった。
【解説】
狩猟者管理局員:
局員はクキシティの住民で構成されており、引退した狩猟者も少なくはない。また現役の狩猟者と局員を兼任している者もおり、強行隊の隊長を務めていたダンもそのひとりである。