第043話 渚さんと合格の面接
「でだ。一応聞くがお前さん、狩猟者になるんでいいんだな?」
「ああ。そうだよ。どのみち、他に道はないって聞いてるけどな」
サイバネストは半ば強制的に狩猟者にさせられるのだという話だ。そして、その認識はライアンも同じようで「そうだ」と返して頷いた。
「この街でサイバネストができる仕事はこれ一択だ。当然だな。力を持っているなら使ってもらう。ナマケモノを許容できるほど、この世界は余裕がないからな」
「分かってるよ。だから受けるさ。あたしに向いてるっぽいし」
ここまでの機械獣の戦いで、自分が機械獣を狩ることに向いているというのは実感できている。危険は確かにあるが、それでもやっていけるという感触はあった。
「で、ライアン局長、あたしが狩猟者になるにはどうしたらいいんだよ? リンダはここで登録することになるとか言ってたけどさ」
「ああ、そうだな。ま、登録自体は大したことじゃねえさ。何せ明日には死んじまう連中ばっかで人手はいつだって足りない。人手が増えるのは大歓迎だし、だから難しいことはせずにサクッと登録させちまう」
その言葉に渚が眉をひそめると、ライアンが意地の悪い笑みを浮かべて渚を見た。
「ビビったかい? けど、ここはそういう世界だ。その上にサイバネストであるお前さんは逃げることも許されない。それにな。報告通りであればシャッフルが起きて埼玉圏内の機械獣の生息域は変わっちまった。人の手が本当に足りないから、俺たちはお前の力を強く欲している」
その言葉には冗談めいたものはなく、表情は真剣そのものだ。
今まさにライアンは失った戦力を増やさなければならない立場であり、それはおそらく埼玉圏全土で同じ状況のはずなのだ。有望な人材を逃す気などライアンにはなかった。
「しばらくは忙しくなるぜ。例えばな。報告にもあったが……お前ら、この近くでスケイルドッグに襲われただろう?」
「ああ、アレはちょっと危なかったな」
街に着く直前の、岩がゴロゴロとして隠れる場所で渚たちはスケイルドッグに襲われていた。以前はミケも動体反応で気付けたが、今回は完全な待ち伏せであり、把握できていなかった。眼爺がいなければ間違いなく被害が出ていたはずである。
「アレが街を襲いに来る可能性があるんでな。そうなる前にさっさと巣を潰さにゃならん」
「街には来ないんじゃないのか?」
機械獣は都市を襲わないとは聞いていた渚が怪訝な顔をするが、ライアンは首を横に振った。
「基本的にはそうだが、昨日は市外住人が喰われてる」
「マジかよ?」
渚が眉間にしわを寄せて尋ねる。
「事実だ。市外住人の連中、仲間が持ってかれたって昨日から騒いでいるしな。確かにアンダーシティがある場所には機械獣は基本近付かん。けれど餌があると知れば、学習して何度だって来るようになる。街の近くでお前さんらを襲ったのも昨日の味が忘れられなかったヤツらかもしれないんだ。早めに対処しないと色々とマズいことになる」
「そりゃあ……そうだな」
「というわけで、お前さんが来てくれたのは大歓迎。さっさと働いて欲しいってわけだ。で、登録に必要なのはこれだ」
そう言いながら、ライアンが懐から銅の色をしたワッペンを取り出した。
「それは?」
「ブロンズランクのワッペン。実績に応じてシルバー、ゴールドにプラチナまでランクが分かれてる。お前さんは実力はともかくとして、実績がないから今はブロンズ。すぐにシルバーにはなれるだろうが……しかし、リンダも付けてたんだが分かんなかったか?」
「どうだろうな。なんか、見た気はするけど?」
渚が首を傾げる。リンダや他の狩猟者の右肩にも似たようなものが付いていたような気がしたが、みんな付けてたからそういうものなのかと思っていたのかもしれない。
「覚えてねえのかよ。まあ、こいつを防護服の肩ンところにでも付けておけ」
「んー、これをか」
そのワッペンを受け取った渚が手にとって眺めるとブゥンという音がして、ワッペンがわずかに振動した。
「お、なんだ? これ、番号が表示されたけど?」
「ちゃんと機能してるな。そいつはお前さんの生体認証キーだ。後で受付に番号と名前を報告しろよ。それで登録は完了になる」
「なんだよ。そういうのは先に教えてくれよな。ていうか、本当に随分と簡単なんだな」
渚が驚きながらブロンズ色のワッペンを見たが、ソレ自体が何かの装置のようであった。
「そいつは施設の装置を使用するためのトークンとしても使えるし、シティガードにも融通が利くようになる。銃器類を持ってても咎められなくなるしな」
「普通は咎められるのか?」
「当たり前だ。街中で物騒なもんをそうそう持ち出させるかよ。けど、同時にワッペンを持っていると誰だかはすぐに分かる。下手なことすればブチ込まれるのは忘れるな。まあ、良い子そうなお前さんには心配ないだろうが」
「別に率先して捕まるようなことをするつもりはねえよ」
口を尖らせる渚にライアンが「ま、そりゃそうだ」と言って笑う。
「後はそうだな。こいつは自分たちを狩猟者ですよって誇示するためでもある」
「誇示ね」
ドヤ顔はしたくないものだなと常日頃思っている渚としてはあまり嬉しくない話だが、ライアンは「必要なことだ」と返した。
「俺たちは暴力を糧に生きてるんだ。舐められちゃあいけねえ。でなきゃ、アイテール欲しさに背中から撃たれかねんのが現実だ」
「嫌な話だな」
「まったくだ。実際、被害もある。だからそのワッペンを付けたヤツを敵に回すのは付けたヤツだけじゃねえ。狩猟者管理局そのものだって相手に伝えることが重要なのさ」
そう言いながらライアンは立ち上がった。
「と、まあ……俺からの話は終了だ」
「もういいのか?」
目をパチクリとさせる渚にライアンが頷き、それから手を広げて笑った。
「さっきも言ったように、後は受付でナンバーとお前さんの名前を登録すれば完了だ。それじゃあ狩猟者の世界へようこそナギサ。今後の活躍を期待しているぜ」
【解説】
ワッペン:
狩猟者管理局から支給される狩猟者の証。
ワッペンは初期設定時に所持者の生体情報を記録し認証キーを発行する。それを用いて管理局のデータベースに登録された者が狩猟者と呼ばれるのである。またワッペンは管理局で閲覧できる端末用のトークンでもあり、狩猟者登録されることで管理局が収集した情報の閲覧をする権利も与えられることになる。
なお、瘴気の届かぬ都市内部では通信機器の阻害がない。シティガードなどはこのワッペンの座標探知と個人検索を行う権限を持っており、犯罪捜査などに使用もされている。つまるところワッペンは都市内に存在する危険人物の監視装置としての役割も兼ねているのである。




