第321話 渚さんと潜入と蜘蛛
『おし、大丈夫だ』
渚が音も立てずに八本の補助腕を伸ばして複合構造の扉を器用に開くと、脱出通路からゆっくりと渚が、ミケが、リンダが、続いてハイエンド強化装甲機に乗ったルーク、ダン、オスカー、最後にオメガを含むメテオライオス三体が倉庫らしい部屋の中に入っていく。
『ナギサ、ここはどこだ?』
『地下都市の倉庫のひとつだよ。第一階層は商業区だから、そこらへんにあるのは店に並ぶ商品だ。アイテールじゃなかったからグリンワームには荒らされなかったんじゃねえかな? あいつら、有機物からアイテール作れないだろうし』
ダンの問いに渚が周囲を見渡しながら、そう返す。
それからいくつかの箇所に視線を向けると眉をひそめた。
『ただ、ここも安全とは言い難いみたいだ。ミケ、頼んだ』
『うん。分かったよ』
ミケの体が淡く緑に光って分裂し、ミケとは別に猫型の物体が三つ飛び出した。それはスーサイドキャットという、ミケが生み出した簡易分身体だ。そしてその能力は自殺の名が示す通りの自爆兵器である。猫型ミサイルと言ってもいい。
『おい、ナギサ、ミケ。何をするつもりだ?』
『まあ、ちょっと見ててくれダンさん。ミケ頼む』
『任せて渚』
ミケが首をクイっと振るとそれに応じるように三体の猫型はスタスタと動き出し、荷物やコンテナをトントンッと飛び越えながら、離れた場所の壁に設置された端末へとそれぞれが向かうと、その場で淡い光になって端末に吸い込まれたのとぼ同時にバチッと光って放電し端末を破壊した。
『なんだ? 何をした?』
『内部の監視装置にグリーンワームが三体侵食してたから、ミケが焼いて破壊したんだよ』
『連中、監視を仕込む頭はあるのかよ。面倒な』
『クキシティと戦ったのよりも経験値を積んでる分、成長してんのかもな。まあ、あたしたちは今もダミー情報を流し続けてるからバレる心配はないけど、ここを出た後に痕跡が見つかって脱出口が気付かれるとヤバイから処理しといたってわけだ』
渚がそう説明する。この脱出口がグリンワームに気付かれれば、地上部隊が背後から狙われる可能性もあるし、状況次第では退却用に再び使われるかもしれない。だから、この場を押さえておくというのは渚とミケにとっては当然の対応であった。
『了解だ、ナギサ。後何かをするなら可能な限り事前共有をしてくれ。こっちはこっちで気が気じゃないんだ』
『ごめんダンさん。まあ後は移動するだけだよ。見つからなければ……だけどさ』
それから渚たちが倉庫の入り口を開いて外に出ると、第一階層である商業区の姿が見えた。見た目はかつて文明が栄えていた頃のショッピングモールに近いが、辺りの店のショーウィンドウは軒並み破られ、場所によっては黒煙が上がり、火事になっているようだった。
『思ったよりも破壊されておりませんわね』
『グリンワームはアイテールを狙うからね。アンダーシティはアイテールを直接使わずに電力で都市内を動かしているから彼らの興味を惹くものは少なかったんだろう』
『そうですね。グリンワームはある種機械的ですから、無意味に荒らしたりするようなことはしないのでしょう。破壊の跡のほとんどは家探しと戦闘によるもののようです』
ミケとクロがそう口にし合う。また周囲にグリンワームの気配もないようで、わずかに何かが崩れる音や放電、火事などの音が聞こえるだけだった。
『もぬけの殻って感じだな』
『まあ、連中も数は限られてるから。地上の防衛用に集まってるし、他は第二階層に集中しているんだろ。一応、ジャミングはあたしがかけ続けておくけど静かにな』
その指示に全員が頷き、渚とミケを先頭にその場を動き出す。事前に入手した地図に渚のレーダーが察知した状況をリアルタイムで被せたものを元にルートを設定しているため、特に迷うこともなく一行は進んでいく。
『そういや、地下都市にアイテールがないってことは、グリンワームは地上の都市でしかアイテールを供給できてないってことだよな』
『そうだろうね。第一階層、第二階層のどちらにもアイテールが全くないわけではないだろうけど、攻め込まれる前に引き上げてはいるだろうしね』
『となれば長期戦はグリンワームにも不利に動く。だからグリーンドラゴンが来たのか……おっと、止まってくれ』
『どうした?』
ルークの問いに渚が道の先を指差した。
『この先が第二階層の入り口なんだけどさ。エレベーターは破壊されて多分、下まで隔壁もなく繋がってるっぽい』
『じゃあ問題なく進めるわけか?』
『いや、さすがにそう甘くはないみたいだ。グリンワームに寄生されたのが守ってる』
『あれは……』
渚のレーダーが検出した物体を各自のバイザーに表示させていく。
『スパイダーか』
多脚型機甲兵器スパイダー。軍用規格のアンダーシティを護る存在が五機、第二階層へのエレベーターの前に並んでいた。
【解説】
スーサイドキャット:
アイテールから作り出したエネルギー体。自身を爆破して敵にダメージを与える猫型エネルギーミサイルとも言える。なお淡く緑色に光らせることもできるし、環境迷彩にして周囲に溶け込むことも、ミケ本体と変わらぬ姿にすることも可能。