第032話 渚さんとバイク道
『ホッと』
渚の乗った一輪バイクが岩場をトントンと跳ねながら進んでいく。アクセルとブレーキを小刻みに操作しながら岩山を移動していく。
その後ろをマシンレッグ『ヘルメス』を高機動モードにしたリンダが続いているのだが、バイクのあまりの機動性に『器用ですわねえ』と呟きながら驚きの顔をしていた。
『ま、運動神経だけはいいからな。よっと』
渚はそう返すが、そのコントロールは運動神経だけで説明がつくものではなく、一輪バイクに搭載されている姿勢制御とチップによって表示されるナビゲーションの恩恵、さらには時折センスブーストを混ぜて操作することで可能としているものだ。
機械獣の巣に囚われた仲間の救出については協議の結果、隊長であるダンが承認したことで作戦は開始となり、救出組となった渚とリンダはアーマードベアの巣を回り込む形で移動を行っていた。
『ナギサ。その先、崖になっておりますわ。そのバイクでは』
『問題ねえよ』
リンダの忠告にそう返した渚はマシンアーム『ファング』を飛ばして向かい側の岩場を掴むと、繋がったワイヤーと遠心力を利用してバイクごとターザンのように飛び越えていった。
『そ、そんなこともできるんですのね』
リンダが目を丸くしながらも、自分もジャンプして崖を飛び越えていく。
『おお。やっぱり凄いな、その足』
『そちらの方が……というのは、まあ置いときましょう。このヘルメスはお祖母様が現役時代に使っていたものですから、それはもう強力なマシンレッグなのですわ。わたくしではまだまったく使いこなせておりませんもの』
『おばあさま? って……そういえばダンさんもそんなこと言ってたっけ。トリー・バーナムとかって』
リンダの祖母は、伝説的に有名な狩猟者だったとダンが先ほど口にしていた。そして、リンダも渚の言葉を頷いて肯定する。
『ええ、お祖母様はこのマシンレッグで狩猟者をして、数々の功績を挙げて上級市民にまで登りつめましたの』
以前に狩猟者から上級市民に上がった者もいるという話をリンダがしていたが、それは実の祖母のことだったようである。
『彼女は、そういう実績を持っている人物の孫か。なるほどね』
渚の背に張り付いているミケがそう口にした。
それは無論『フリ』であり、しかも渚にしか見えないものだ。
それからふたりはさらに先へと進んでいった。険しい岩場にはさすがのアーマードベアも見張りを置いておらぬようで、特に問題もなく彼女らは無事目的地へと辿り着いた。
『あれだな』
そして、巣まであと一歩というところで立ち止まった渚がそう口にする。
視線の先にあるのは塔のような建造物だ。肉眼では瘴気の霧によって影しか分からぬが、それは天遺物のひとつであった。
『この距離からでは入り口を確認できませんわね。一応、何か動いてはいるようですけれども』
リンダが双眼鏡で天遺物を確認しながらそう口にしたが、対して渚の方は霧の先まで見えていた。
『入り口にいるのは五体だ。他は離れたところにバラけてる。後、中に動体反応があるみたいだな』
『み、見えるんですの?』
驚くリンダに、渚がマシンアームからコードを繋げたままの端末を投げ渡す。
その端末をリンダが受け取って画面を見ると、そこにはドクロメットに付いている全天球監視カメラで撮影したものをフィルタリングして瘴気の影響を薄くした映像が表示されていた。
『これ見てんだよ。後、右側の天遺物の少し上。多分、開いてるぜ。入り込めそうだ』
『そのドクロメットの機能ですの? 眼爺みたいですわね』
『眼爺?』
ナギサが首を傾げると、リンダが目の伸びるようなジェスチャーをしながら口を開く。
『先頭を歩いている狩猟者がおりましたでしょう。こんな感じで目がウィーンて伸びていた』
『ああ、あの人か』
先ほどのスティールラット戦の際、ミケとほぼ同時に機械獣を発見していた狩猟者がいたのだが、それがリンダの言う人物のようであった。
『確か、ネズミもすぐに発見してたよな』
『そうですわ。マシンアイズ持ちのサイバネスト。眼爺は両目がマシンの狩猟者なのです』
『腕や足だけじゃなく……そういうサイバネストもいるのか』
『はい。彼とダン隊長と組んだ場合の生存率は、管理局の中でもトップクラスだと言われておりますわ』
リンダが己を自慢するかのように口にするが、その態度も長くは続かなかった。今回の事態により、その生存率も随分と下げられた結果となったのを思い出したからだ。
それでリンダは少しばかり無言になったが、すぐに何かを思い出したような顔で渚に口を開いた。
『そ、そうですわ。それにしてもナギサ。あなた、よろしかったんですの?』
『ハァ、何がだよ?』
『だって、あなたはまだ狩猟者ではありませんし、このままアーマードベアと戦わずにクキシティに向かうという選択肢もあったでしょう』
唐突な言葉に渚が『はぁ?』と返す。
『今さら、何言ってんだよ。コンビになろうつったのはお前だろうが』
『むぅ、それはそうなのですけれど』
渚の返しにリンダは申し訳ないという顔をする。
その反応に渚は肩をすくめながら『問題ねえよ』と口にした。
『あたしは自分がやりたいことをやってるだけだから変な気を回すなっての。それに、リンダよりはあたしは自分の安全を考えてるぞ』
『うう、それは……返す言葉もないですわ』
『渚、地形データ算出したよ』
シュンとなったリンダの横でミケがそう言い、算出したという地形データが渚の視界とリンダの端末に表示される。その精緻なデータを見て、リンダがまた驚きの声を上げる。
『これ、どうやって?』
『えっとな。カメラとかで当たり付けて予測してるらしいぜ。で、オレンジの部分は周辺の情報から推測で出してるもんだから当てにすんなってさ』
ミケの説明を聞きながら、そのまま説明している渚が、たどたどしくリンダに説明し直していく。
ソナー探知もRNSも瘴気の霧の妨害で機能しないため、ミケはカメラの映像から情報を得て、予測を含めた形でマップを算出していたのである。そして渚が端末を指でツーっとなぞると、その動きに沿ってルートが表示される。
『で、ルートはこれで行こう。壁になるように岩が並んでて、これなら見つからないはずだ』
『確かになこれなら……凄いですわねナギサ』
『んー凄いのはあたしというか』
ミケが凄いのであって、自分ではないのだと渚は申し訳ない気持ちになる。それからチラリとミケを見た。
(なあ、ミケ。お前のことさ。リンダになら教えてもいいんじゃねえの?)
『うーん。渚は本当に彼女と組むつもりかい?』
少しだけ目を細めながらのミケの問いに渚が(反対か?)と心の声で返す。するとミケは、渚の予想と反して首を横に振った。
『いいや。彼女の実家はそれなりの地位を持っていて、それはリスクでもあるけど、今の僕らにとってはメリットのある話だとは思うよ』
そのミケの打算が多分に含まれた言葉に、渚は口を尖らせる。
(そういうのはともかくさ。ほら、やっぱり仕事仲間にするんならさ。おっさんよりは同い年の同性の方がいいだろ?)
それは渚の切なる本音であった。
アゲオ村やここまでに会った狩猟者の面々を見る限り、リンダのような少女の存在は希少であるらしいということぐらいは渚にも分かっている。
最初はコンビ結成時のリンダの喜びが分からなかった渚だが、今ではその気持ちが痛いほど分かった。狩猟者にはムサい男が多すぎるのである。
その言葉にはミケも同様の考えであったのか、特に迷うこともなく頷く。
『うん。君の貞操を考えてもそうだろうね』
(貞操って……お父さんか、お前は。それにいいやつだろ、リンダ?)
『この世界では甘いというのだろうけどね。君も他人を庇護どころか、自分の面倒も見ていられるとも思えないし』
(まあな。だからミケ、お前が二人分くらい面倒見てくれよ。あたしのナビなんだろ?)
そんな丸投げの渚の言葉に、ミケがやれやれといった顔をした。
『本格的にお父さんになった気分だよ。まあいいさ。さっきも言ったけど反対ではないよ。ただしリスクもある。注意は怠らないように』
(サンキュー)
『ともあれ、僕のことを伝えるのは落ち着いたときにしよう。今は混乱させたくない』
そのミケの言葉に渚は(あいよ)と心の声と手振りでミケに合図を送る。
『どうしたんですの?』
それを見たリンダが訝しげな顔をしながら尋ねると渚が笑った。ミケは渚にしか見えないのだから、それは明らかにおかしな行動であった。
『んー、いやな。ちょっと相談事を……今回の件が終わったら説明するよ』
『よく分かりませんけど? まあ、いいですわ。ともかくあれを見てくださいまし』
リンダの指差す先の空に、白い光が見えた。
それはたった今どこかで打ち上げられたものだ。
『あれが合図か』
打ち上げられたのは瘴気の中でも通りやすい光を放つ閃光弾であり、ダンたちが所定の位置についたという合図であった。それを見て渚とリンダは互いに顔を向き合ってから頷き合う。
『そうですわ。それでは参りましょう』
『いざ、敵の本陣へ!』
そして渚が一輪バイクのモーターを高回転させ、リンダがマシンレッグ『ヘルメス』を高機動モードに戻すと、両者は一気にその場から動き出した。
【解説】
閃光弾:
瘴気の中では、通信に必要なあらゆる手段が妨害されている。結果として原始的な手段に頼る形となっており、瘴気内でもある程度の確認が可能な閃光弾は重宝されていた。