第318話 渚さんと押したスケジュール
「ぐ、グリーンドラゴンが動いているんですか?」
騎士団のひとりが顔を青くして問う。そんなものがカワゴエシティに向かっているとなれば奪還の前提が覆る。グリンワームをどうにかしたとしても、グリーンドラゴンに到着されてしまえば勝利は無意味なものとなるだろう。
またここでは話されてはいないが、カワゴエアンダーシティを生贄に差し出して宇宙に出てもらう……という黒い計算も裏では行われており、今作戦が達成不可能になった段階でそれは現実となる予定だった。
「深夜に監視の団員から報告が入ってね。とはいえこちらの準備もあるからスケジュールを変えることはできないし、カワゴエシティ奪還作戦の予定自体は変わらない。カワゴエを取り戻し、グリーンドラゴンを空に返す。その流れは同じだよ」
ウィンドが若干疲れた笑顔を浮かべてそう返す。確かにその言葉の通りではあるのだが、果たしてそんなことが可能なのか……そんな思いがその場にいる多くの者を支配する。しかし、その中で茫然自失せず、冷静な表情で手をあげて質問する者もいた。渚である。
「なあウィンド姉さん。なんでグリーンドラゴンが動けるんだよ? あいつは確か宇宙船を吸収してんだよな?」
その疑問はもっともなもので、グリーンドラゴンは渚が目覚めた軍事基地の地下に眠っていた宇宙戦艦と融合しようとその場に留まっているはずなのだ。さらに今はアイテール狙いの機械獣と小競り合いの真っ最中である。
「それがね。宇宙戦艦の発射台を取り込み、地上に引き上げて移動開始したみたいだよ。発射台は本来地上に引き上げて使うものだし、無限軌道がついてるから移動は可能……だったんだろうねえ」
「なんでもありかよ」
「取り込み、進化する。それが機械種の怖いところだよ。多分帰還したグリーンワームから情報を得て、カワゴエシティに狙いを絞ったんじゃないかな?」
「帰還っていうと……クキシティではなく?」
渚がクキシティで逃したグリンワームは空を飛んで、恐らくはグリーンドラゴンの元に帰還したはずだった。
「そうだね。もしかすると情報はカワゴエの方が早かったのかもしれないし、クキシティから戻ったグリンワームは飛行型の機械獣に捕まったのかもしれない」
「そうか。そっちの可能性もあるのか」
「そういうこと。ま、グリーンドラゴンの判断材料は不明だけどね」
「まあ、あっちに向かわれるよか良かった……のか?」
「状況からすればそうかもしれませんけど、カワゴエの奪還後に即座にグリーンドラゴン戦ですの? これ、間に合いますの?」
リンダの焦りの混じった問いにウィンドが「狼狽えない」と言葉を返す。
「幸いなことにグリーンドラゴンの動きは鈍い。機械獣の猛攻により宇宙船を守るために思うように動けていないからね。それにだ。ヤマダくん」
「はい。すでに狩猟者管理局やマーカス元総団長たちにも連絡を飛ばし、協力を要請しています。西側の戦力もグリーンドラゴン戦には間に合うよう掛けあってますね」
(西? そういやあっちにも騎士団はいるんだっけか)
埼玉圏の西側はオオタキ旅団を始めとする野盗たちが多いために騎士団の全体数は少ないものの、協力関係にある街や村などに巡回はしている。
そもそも藻粥の配給なしでは野盗の生活も成り立たないのが埼玉圏の実情であり、村などを守るみかじめ料として野盗にも流されているし、それを騎士団も黙認していた。
騎士団と野盗は対立している関係だが、野盗もまた機械獣に対抗するための人類側の戦力であるのも確かなのだ。
「一先ずはカワゴエアンダーシティを優先する。短期決戦なら時間は十分にあるからね。そしてそこでは渚、君たちが頼りだ」
「少数精鋭ながらその戦闘力はコシガヤシーキャピタルを確実に超えています。それはオオタキ旅団との戦いで実際に共闘した者たちならば理解しているでしょう」
ウィンドとヤマダの言葉には集まった騎士団の団員たちも頷いている。その場にいる狩猟者たちも渚たちの評判は知っており、特に反対もなかった。
「奪還後、カワゴエシティをベースにしてかき集められる戦力を総動員して全周囲からグリーンドラゴンを迎え撃つ。そして渚たちがグリーンドラゴンと接触し、アレを宇宙に送り出す。それで万事解決だよ!」
【解説】
飛行型機械獣:
機械獣には少数ではあるが飛行型が確認できている。もっともその構造は脆く、また重量の関係でアイテールも大して運搬できないため、斥候として他の機械獣と組んでの行動が多い。なお瘴気によって索敵ができない埼玉圏において基本的に飛行型は存在しないが、埼玉圏外の脅威として広く伝わっているために飛行型がいるということ自体は知られている。
その他にフォートレスホエールのような巨大で長距離運搬用の機械獣も存在する。