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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
終章 終末の世界で謳う猫
315/321

第315話 渚さんと安全地帯

「渚、渚。大丈夫? 生きてる? おっぱい揉んどく?」

「姉……き? いやウィンドさんか。どこに揉めるおっぱいがあるって」


 スパコーン……と頭を叩かれた渚が五体投地の形で床に倒れた。


「いってぇ。アレ? どこだ、ここ? あとなんで今あたし倒れたんだ!?」

「ふ、目覚めたようだね。どこも何も、場所は変わってないよ。倒れたのは意識が覚醒し切ってなくて足がもつれたからだね。危ないね。気をつけて?」


 ウィンドの言う通りに、その場は先ほどまで渚とウィンドが話していた部屋の中だった。そして目が覚めてから倒れるまでに何かがあった気がする渚だが残念ながら思い出すことはなかった。


(姉貴といた場所は……ああ、確か仮想空間だったな。姉貴がこいつを通してあたしに話しかけてきたってわけか)


 渚の手にはアイテール結晶のペンダントが握られている。それを目を細めて観察しながらウィンドが口を開いた。


「そのペンダントのアイテール結晶が光って渚の全身を覆ってね。で、光が消える今まで渚は止まってた」

「マジか。それで、あたしはどれくらい止まってたんだウィンドさん?」

「大体20秒くらいかな」


 実際の時間は大して経過していない。けれども仮想空間の中では時間を加速することも減速することも可能だ。だから20秒しか経過していないと言われても特におかしいものではないと渚は理解している。


「そっか。なあ、ウィンドさん。あたし姉貴と会ったよ」

「アウラと?」


 ウィンドの問いに渚が頷く。


「うん。この宝石は姉貴の大元をダウンサイジングしたコピーが入っているらしい。姉貴が言うにはドローンのミケに近いんだって話だけど」

「それはつまり……本当のコミュニケーター……か」

「何だって?」


 ボソリと呟いたウィンドに渚が眉をひそめる。

 けれどもウィンドは答えずに、目の前のアイテール結晶をジッと見る。

 その結晶内の淡い光は意志があるかのように絶えず動いていた。それは恐らくウィンドが生まれた本来の目的が形となったものだ。


 アウラという超越存在と意思疎通を図るためだけに生み出された、交信装置。


 それは神降ろしや神託をシステマチックにしたものに近い。

 それは神と同期し、神の一部となり、神の言葉を告げるスピーカーと、人の言葉を神に届けるマイクと翻訳する演算装置としての役割であり、ウィンドが必要とされたのはそうしたもので、高出力の意志を持つ超越存在と数度繋げられればいい……という程度の消耗品としてウィンドは生を受けた。けれどもそれにアウラは興味を示さず、想定通りの機能を発揮できなかったウィンドは理不尽に捨てられた経緯もある。


 無論、そうした不条理を彼女はすべて『喰い破って』ここにいる。


 ウィンドを生み出した者たちは知らなかった。過去に幾度となくウィンドと同類の再生体は造られたが、それらは『ただひとつの例外もなく』製造した組織を瓦解、或いは変質して乗っ取っており、良性のガン細胞などと揶揄されることもあった。そして同様のことがここでも行われたことは現在のウィンドの立場を見れば明らかだろう。

 ウィンドは無責任に自身を生み出した者たちにすら託されてここにいる。己の意志で託された命を育み続けている。


「なんでもないよ」


 少しだけ寂しそうに笑ってからウィンドはそう答えた。

 自分の生まれた意味……コミュニケーターの完成形がそこにあるのだ。思うところがないはずはない。けれどもウィンドの心に陰は差さない。それは彼女が己の生きる目的を自身で定めているが故であった。誰かの望んだ『モノ』でなく己が望んだ『者』となったが故にウィンドの心が折れることはない。


「これがミニアウラってことか。それであの引きこもりはなんか言ってた?」

「ええと……姉貴は姉貴であたしは妹でいいんだって……って感じ?」

「なるほど?」


 なんかいい感じのことを言ったのだろうとウィンドは理解する。


「そう。助け舟を出してくれたりとかそういうのはなかったんだね?」

「ああ、逆に埼玉圏がヤバいことになるから無理だって言われたな」


 それは別れ際にアウラが言った言葉だった。

 グリーンドラゴンは機械種。本来であれば地球圏内で活動すること自体に制限が課せられるほどの超兵器だ。それがアウラと激突した場合、その被害は計り知れない。


「あと自分の上にあるコシガヤシーキャピタルの安全は保証するって言ってたぜ。姉貴が動かない限りはグリーンドラゴンもここだけは狙わないってさ」

「それはありがたいね」


 そうは言うもののウィンドの表情は明るくはない。

 アウラの保証は元々予測できていたものだ。グリーンドラゴンにとってアウラは格上の存在。宇宙に出るという目的を持っている以上、絶対に激突してはいけない相手だ。

 だからアウラ側から動かない限りはグリーンドラゴンも下手なことはしないだろうが、逆に言えばそうした事態に陥った場合、埼玉圏内の人類の滅亡は確定する。


(最悪を回避するにはアンダーシティのいくつかを生贄にすることになるか。けれど、その場合は……)


 ウィンドが眉をひそめる。

 埼玉圏内で得られる食料は限られている。コシガヤシーキャピタルもこれ以上の避難民の受け入れは不可能で、それは生き残った他のアンダーシティも同様だろう。

 状況が悪化すれば瘴気のタイムリミットを待たずに人間同士の殺し合いで埼玉圏はその歴史に幕を下すかもしれない。


(いや、そんなことはさせない)


 ウィンドの瞳に強い光が宿る。

 すでに流れは自分たちにある。渚たちが合流し、更なる戦力の補充のために西に使いも出した。カワゴエアンダーシティの奪還とグリーンドラゴン排除の目処はたったのだ。


「それにしても」

「うん?」

「引きこもりはやっぱり役に立たないね」

「姉貴はちゃんと自宅警備員してくれるって言ってるじゃん!?」


 渚は抗議したが、ウィンドはやれやれと肩をすくめるのみであった。

【解説】

ウィンドと同類の再生体:

 過去の事例を紐解けば100パーセントの確率で造った方が困ったことになっているようである。当人たちはそれぞれが己の望むままにやった結果なのだろうが、いつの時代においてもエンジョイ&エキサイティングをモットーとする彼女の進む道を止められる者など存在しなかった。

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