第308話 渚さんとタコの踊り食い
『うねうね?』
『うねうねですわね』
渚とリンダがその迫る巨大な何かに警戒しつつ、そう言葉を交わし合う。
迫ってくる物体は確かにウネっていた。周囲は瘴気の霧に覆われているが、渚の各種センサーによって得られた情報により相手の詳細はおおよそ掴めている。ソレは全長5メートルを超え、うねる触手を八本生やし、妙なテカリのある装甲を持っていた。その姿を端的に言えばタコであった。
『でっかいタコ? なんだよ、ありゃ?』
『おい、ナギサ。そいつはマーダーオクトパスだ。東京産の厄介な機械獣だ』
ルークから通信が入り、相手の正体が告げられる。
『それ、どういう機械獣なんだよ? というか獣?』
『それは今更な話だろう』
これまでにも虫をモチーフとした機械獣とも相対しているし、軟体生物由来であっても基本的にはすべて機械獣に分類されるのである。
『ともかく、あれは東京砂漠の方に生息する大型機械獣だ。大型で、メテオライオスみたいに燃費が悪いから本来は埼玉圏にはいない個体なんだが』
『となれば、アレもグリーンドラゴンに引き寄せられたのだろうね。渚、僕がひと当てして動きを止めるよ』
『了解!』
オメガに乗り周囲警戒に当たっていたミケと渚のやりとりにルークが『ちょっと待った』と声をかける。
『なんだよ、ルーク?』
『悪いがそいつは俺らにもらえないか?』
『俺ら?』
ルークの言葉とともに、賢人護衛のマーシャル機と武装ビークルを操縦しているミランダの機体を除く、ハイエンド強化装甲機が次々と起動していく。そして高機動型のオスカー機が正面に出て、重武装型のダン機が続き、狙撃型のルーク機が大型狙撃ライフルを構えた。
『グリンワームたちで試運転は済ませているが、あの類の大型相手に対しての経験も積んでおきたくてな』
『了解。だったらミケ、今回は譲ってやろうぜ』
『そうだね渚。けど、壊さないようにね』
『ハッ、まったくだぜ。気をつけろよルーク、ダン』
『主に君に言ってるんだよオスカー』
呆れた顔をしたミケの呟きを無視してオスカー機がヒートチェーンソーを振り上げながら一気に加速する。高機動型であるオスカー機の足底部のローラーが勢いよく回転し、スラスターが緑光の火を噴くと瞬く間にマーダーオクトパスとの距離を詰めていく。
『ゲソ一本もらった』
『ゲソはイカな』
『うるっせぇよナギサ』
オスカーがそう返しながらヒートチェーンソーを振るうが、触手の一本がそらすようにヒートチェーンソーの刃を弾き、オスカー機が退けられる。
『ほら、外しちまったじゃねえか』
『人のせいにするな。あとよそ見もすんなっての』
『はっ、当たりゃしねえよ』
軽口を叩きながらオスカー機はギャリギャリとローラーを走らせ、攻撃に転じた四本の触手を避けていく。
『こいつは癖になりそうだな』
それは高機動型の機動力とオスカー自身の実力もさることながら、渚と共有している箱庭の世界による未来予測の力が大きい。
『ふむ、オスカーを追って触手が伸びきったか』
オスカーを追うマーダーオクトパスに対して重武装型であるダン機が攻撃を仕掛けていく。如何に攻撃と防御の双方に秀でた触手といえど、オスカーを追うことに集中している今の状態では多方面からの攻撃には脆い。そこに箱庭の世界の恩恵によってまるで乱れ撃つかの如き高速の精密射撃をダン機が行い、触手三本を破壊した。
『やるねえ』
『ナギサ、あれの表面はお前のビークルと同じく弾丸を弾く電磁流体装甲を使っているが、伸びきると結構脆いのさ』
『そんで、油断したところを俺が斬る』
ジャカッとローラーの音を立てながらスラスター制御によって高速でUターンをしたオスカー機がマーダーオクトパスへと近づき、迫る触手を二本、ヒートチェーンソーで斬り裂いた。
『チッ、相変わらず身を守るのはうめーんだな』
オスカーが舌打ちをする。あわよくば本体を輪切りにするつもりであったのだっが、それは触手によって止められた。この機械獣が厄介なのは触手による鉄壁の防御があるためだ。その上に、触手が半分以下になると逃げの一手に回ってしまう。
『おい、あいつ。逃げようとしてないか?』
マーダーオクトパスの逃走の動きを察知した渚の言葉にルークが『問題ない』と返す。
『触手は残り三本。だったらやれるさ』
大型狙撃ライフルを構えながらルークは誰に聞かせるのでもなく自然とそう口にした。すでにバイザーに映し出された照準は箱庭の世界によってこの先の未来までをも正確に表示している。
『未来予測、慣れてしまうと後が怖いな』
そう嘯きながらルークは途切れなく四度トリガーを引き、四発の銃弾が放たれた。
この世界で使用されている弾丸はかつての渚がいた世界のものとは違いロケット弾で銃も無反動銃に分類される。それ故に発射時の反動はほぼなく、生じたわずかなブレもルークが乗るハイエンド機がオートで調整をし、さらには渚の箱庭の世界と連動することで無慈悲なまでの精密狙撃が可能となっていたのである。そして防御に回った残りの触手三本が三発の銃弾によって弾かれ、最後の一発が本体を的確に撃ち抜くと、マーダーオクトパスの巨体がゆっくりと崩れていった。
『さすがだなルーク』
『俺の手柄を奪いやがってテメェ』
『はは、自分の腕によるものと誇れればいいんだがな』
ダンとオスカーの賞賛の言葉にルークが苦笑する。環境に恵まれ過ぎている。そう感じるのも無理はないが、それを生かせるのもやはり本人の技量があってこそではあるのだろう。
ともあれ、マーダーオクトパスは単独での行動が基本らしく、仲間の機械獣も存在しなかったために戦闘はこれで終了となった。
『しかし、東京産までこの埼玉圏に来るのか。危なげなく勝ったが本来はゴールドでも危険な相手だぞ』
『こんな相手がずっと来るようになったら……不味いですわよね』
ルークとリンダが物憂げな顔でそう言葉を交わす。自分たちならば対処はできる。けれども、それは他の埼玉圏民には当てはまらない。この付近にいるスケイルドッグなどとは脅威度は段違いであり、大概の者は遭遇すれば瞬く間に殺されてしまうだろう。
『なあミケ、どうしたらあいつらを退かせられるかな?』
『原因を排除するしかないだろうね。何もないと分かればアレらも引き返すしかない。元々埼玉圏で活動はできない種のようだしね』
つまりはグリーンドラゴンを排除せねばいけないということ。渚たちはさらなる決意を胸に秘め、再び移動を開始する。
なお、戦闘に参加できなかったミランダはションボリしていた。
【解説】
マーダーオクトパス:
八本の触手によって攻撃と防御を両立させた機械獣。
埼玉圏の隣の東京砂漠内にある東京湾に生息している。
その脅威度はゴールドクラスの狩猟者複数人が必要なほどだが、アイテールを多く貯蔵していることでも知られており、一攫千金を狙う中堅の狩猟者が挑んでは返り討ちにされるというケースが後を絶たない。
なお5メートルはある巨体の中にはアルケーミストが待機しており、マーダーオクトパスは自分のテリトリーである海中の有機資源を確保しながら、内部でアルケーミストにアイテールを製造させている。つまりはマーダーオクトパスの討伐はイコールアルケーミストの確保にも繋がるため、それもまた狩猟者が狙う理由のひとつとなっている。